第85話 ロキの正体!?

「何処、何処にいたんだ?」

「早く教えてください」

「お、押すなよ……ほら、あそこだって」


 興奮する二人に圧される形で、俺は人影が見えた方を指差すが、


「…………あれ?」


 俺が指差す先には、既に人影の影も形も残されていなかった。

 すると、当然ながら雄二たちの不満そうな視線が俺へとビシビシ突き刺さる。


「おい、浩一。本当にいたのか?」

「何かと見間違いしたとか言う可能性はないんですか?」

「お、おかしいな、確かにいたと思ったんだけどな」


 ジト目の二人に睨まれ、俺は気まずそうに目を逸らす。


 異世界に来たら、人間以外の種族と触れ合いたい。

 その想いは当然俺も持っていたが、同じくらい二人も強く願っていたことで、その念願が叶うと思ったらガセでしたと言われたら、思わず冷たい眼差しになってしまうのも仕方がない。


 でも、確かに小さな人影の背後に、ふさふさと揺れる可愛らしい尻尾を見たような気がしたのは確かだ。

 本当に見間違いだったのだろうか。

 俺が橋から身を乗り出して見失った人影を探していると、


「……なあ、もしかして浩一が見つけたのってあれじゃないか?」


 何かに気付いた雄二が俺の肩を叩いて川岸の一部を指差す。

 その声に導かれるようにしてそちらを見やると、巨大な黒い影が見えた。


「あれは…………ロキ?」


 そう、それはクラベリナさんに仕える黒い巨大な狼、ロキだった。

 昼の陽気に誘われて日向ぼっこに来たのか、ロキは川縁に大きな体を投げ出して大きな口を開けて欠伸をしていた。

 雄二は目を三白眼にすると、呆れたように俺に尋ねてくる。


「まさか、あれを見て獣人だって言ったんじゃないだろうな?」

「い、いや、まさかそんなはずは…………」


 ない。と言いたいところだが、それを完全に否定する材料もない。

 まさか、本当にロキの後ろ姿を見てありもしない獣人がいたなどと思ったのだろうか。そう思っていると、


「…………もしかしてですけど、あの狼、女の子になったりするんじゃないですか?」


 泰三の灰色の脳細胞が素晴らしい閃きをみせる。


「考えてみて下さい。あんな大きな狼が街中にいるのに、誰も驚いていたり、怯えている様子がない……ということは、あの狼は実は人間の女の子になれる特技があったりすんじゃないですか?」

「泰三、お前……」

「天才か!?」


 実はロキは、人間の女の子に化けることができる。もしくは、普段は人間姿をしているが、戦闘時に狼になる。そう考えれば俺が見た人影の説明も成り立つし、休むために狼の姿になったと考えれば、急に姿を見失った理由も説明がつく。


「そっか、ロキはメスらしいからきっと可愛らしい女の子になるんだろうな」

「狼の女の子ってことは、きっとワイルドな見た目に違いないぜ」

「今度、改めて女の子のロキを紹介してもらいたいですね」


 優雅に寝そべっているロキを見ながら、三人でそんな妄想を呟いていると、


「お前たち……馬鹿か?」


 後ろから呆れた声が飛んでくる。

 振り返ると、明らかにドン引きした様子のブレイブが冷や汗を浮かびながらこちらに軽蔑の眼差しを向けていた。


「あの獣が人に化けるとか、常軌を逸した想像がよくできるな」

「えっ、違うんですか?」

「当たり前だ。それに、例えそんな特技があったとしても、中身が獣だとしたら仲良くふれあおうという思考が信じられん。お前たちの世界では、そんな変態思考がまかり通っているのか?」

「へ、変態って……」


 ケモナーは確かに特殊な性癖と言われるかもしれないが、そこまで軽蔑されるものではないと俺は思います。

 だが、こうなると俺が見たものが真実だったのかどうかを確かめないわけにはいかない。


「あ、あの……ブレイブさん。一つよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「この街に獣の耳と尻尾を持つ獣人みたいな種族っていたりするんですか?」

「何だと?」


 俺の質問に、ブレイブの表情が明らかに不機嫌なものへと変わる。


「何を馬鹿なことを言っている。この街にそんな下賤な輩がいるわけないだろう」

「……ということは、他の街ならいるかもしれないということですか?」

「知らん。そんなことよりこれ以上私の手を煩わせるなら、首の根を引っ張ってでも無理矢理連れて行くことになるぞ」


 そう言いながらブレイブの手が腰の剣に伸びるのを見た俺は、


「わ、わかりました」


 これ以上は本当に斬りかかられる可能性があるので、おとなしく従うことにする。

 だが、


「……チッ、うるせぇな」


 相変わらずの横柄なブレイブの態度に、雄二が不満そうな声を上げるので、俺は慌てて雄二を肘で突く。


「おい、雄二!」

「だって……」


 あいつの態度、ムカつくんだよ。言外に雄二の顔がそう言っていた。

 正直なところ俺も同じ気持ちだが、ここで面倒を起こしたくないので、俺は雄二にブレイブに聞こえないように耳元で囁く。


「気持ちは分かるが今は抑えとけ。もし、ここで働くことになったら、あいつが上司になるかもしれないんだぞ」

「うげ……そうなったら俺、この街から出ていくまであるわ」

「だから、そういうこと言うなって。文句なら後で好きなだけ言えるだろ? 今はとっとと貰う物をいただいて、自由のなるべきだ」

「…………まあ、わかったよ」


 俺の必死の説得に、雄二も多少は腹の虫が治まったのか、渋々ながら頷く。


「おい、何をコソコソ話している」


 すると、泰三を引き連れて先に言っていたブレイブの我慢ならないといった声が聞こえる。


「余りモタモタしていると、私が直接手を下してやってもいいんだぞ?」

「はい、すみませんでした。今すぐ行きます」


 そう言って俺は駆け足でブレイブに追いつくと、足を動かしたままできるだけ低姿勢で話す。


「さあ、行きましょう。今すぐに……さあ!」

「う、うむ……わかればよろしい。後、別に走る必要はない。クラベリナ様の前に出た時に汗だくだとそれだけで部屋の空気が淀むからな」


 傲慢なだけでなく潔癖症なのか、ブレイブは鼻を摘みながら手で周りの空気を仰ぐ。

 そのあからさまな態度に、俺の中で何かがキレそうになるが、理性を総動員してどうにか抑える。


「わかりました。では、歩いていきましょう」

「ああ、今度は無駄話はせずに黙って付いてくるのだぞ」


 そう言うと。ブレイブは先頭に立って周りを威嚇するように肩を怒らせながら歩き出す。


 その横柄な態度に、街の人々が何事かと怪訝な顔をしながら距離を取るが、それをどう捉えているのか、ブレイブはさらに見せつけるように大股で闊歩する。

 その背中に付いていかねばならない俺たちは、必然的に肩身の狭い思いになる。


「…………」

「…………」


 だが、流石にこれ以上のお喋りをすると、本当に奴に殺されかねないので、その代わりにと俺と雄二は揃って中指を立てておいた。

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