第78話 もう一度ここから
こうして、メガロスパイダーというこの世界に来て二体目となる大型の魔物の討伐は完了したが、生き残った冒険者による報告は残酷なものだった。
森の入口付近で俺たちを逃がすために盾となってくれたテオさんだが、やはりというか冒険者たちが到着した時には既に亡くなっていたようだ。
しかも、魔物たちによって食い荒らされてしまったため、遺体の損壊が激しく、持ち帰って来られたのはテオさんが愛用していた斧の破片だけだった。
エイラさんの死体も同じように食い荒らされて原形を留めておらず、持ち物もその殆どが壊されていたという。そんな中で持ち帰って来られた物は、エイラさんの名前が刻まれた血塗れの金属のプレート一枚だけだった。
その事実を聞かされ、血で汚れたプレートを渡された俺は、傍から見て相当に酷い有様だったのだろう。
そんな俺にジェイドさんは、色々な手続きや大事な話を全部後回しにするから今はとにかく体を休むようにと、街の入口近くの宿屋の一室を用意してくれたのだった。
「…………」
「…………」
「…………」
その日の夜、俺たちは用意された宿屋の部屋の中で、それぞれのベッドの上で誰一人として口を開かず、沈黙を貫き続けていた。
思い思いの姿勢で体を休める俺たち三人の格好は、この世界に召喚された時に着ていた魔物たちの血で汚れた服から真っ白なバスローブに着替えていた。
といっても、用意されたバスローブはビジネスホテルなどにあるような柔らかい生地で作られた肌触りの良い上質なものではなく、ゴワゴワとして硬く、快適と呼ぶには些か不満が残るものだった。
だが、バスローブの着心地などどうでもよくなるぐらい今の俺にとってありがたいことがあった。
どうやらこの世界には、一般人でも風呂に入るという習慣があるようで、宿の共同風呂で三日ぶりに体を洗うことができたのだ。
「………………はぁ」
以外にもしっかりとスプリングが効いたベッドの上で、俺はもう何度目になるかわからない溜息を盛大に吐く。
正直に言って、エイラさんとテオさんの二人の死を上手く受け止めらていない。
今でも頭の中は自責の念が渦巻き、気を抜くと思いっきり叫びたい衝動に駆られてしまいそうになるが、それでも風呂に入れたことで多少は落ち着くことができた。
それでも出された夕食を口にするほどの元気はなかったが、いつまでもこのまま落ち込み続けるわけにはいかないだろう。
何をどうやっても亡くなってしまったエイラさんたちが返ってくることはないし、俺たちは今後もこの世界で生きていかなければならないのだ。
その為にも、今後の方針を今夜中にある程度決めてしまいたいと俺は思っていた。
「…………なあ?」
俺はベッドから身を起こすと、横になったまま呆然としている二人の親友に話しかける。
「…………今日のジェイドさんとクラベリナさん、凄かったな」
「えっ?」
「何ですか急に……」
いきなり振られた話に、二人が驚いた様子で起き上がりながら俺を見る。
ようやく目が合った二人に、俺は今まで考えていたことを話す。
「いやさ……あのメガロスパイダーの戦いを見て思ったんだよ。あれこそが、本物の戦士だってね」
自分の倍以上の大きさの魔物相手に全く臆することなく、たった二人で正面から正々堂々と立ち回って圧倒してみせたジェイドさんとクラベリナさんの戦いは、正に圧巻の一言だった。
その動きは、正にグラディエーター・レジェンズのアバターのキャラクターと遜色ないもので、まるでゲームの中のキャラクターがそのまんま表に出てきたかと紛うほどであった。
いや、もしかしたら実際にゲーム内のキャラクターは、彼等のような戦士を参考に創られたのかもしれない。
「この世界に召喚された時にあれだけの力があれば……」
そう言いながら俺は大きく嘆息する。
これがないものねだりだというのは重々承知している。
だが、それでも……それでも俺は今、この時ほど自分の無力を呪ったことがない。
この世界に召喚された時、グラディエーター・レジェンズのアバターと同様か、それに近いレベルの力が与えられていれば、エイラさんを助けることができたかもしれないのだ。
ジェイドさんとクラベリナさん、二人の本物の力を目の当たりにしたからこそ、俺は本物の力が欲しいと思った。
彼等のような本物の戦士から戦い方を指導してもらえれば、俺たちもいつかはあの領域に辿り着くことができるのだろうか?
そんなことを考えていると、
「……俺、あの人……ジェイドさんみたいに強くなるよ」
俺と同じようなことを考えていたのか、決意の眼差しをした雄二が絞り出すように話す。
「今回のことで、俺は自分の考えが甘かったと再認識した。今のままじゃ伝説になるどころかいらない犠牲を生むだけだからな。これからキチンと訓練して、今度こそ誰かを守れる強さを身につけるよ」
「僕も……同じ気持ちです」
すると、雄二に引き続いて泰三も静かな声で自分の決意を話す。
「クラベリナさんの動きを見て思いました。僕もあれだけ素早く動ければ、ディメンションスラストと合わせてより確実に魔物を倒せるって……そしたらより確実に生き残れると……一人でも多くの人を救えると思いますから」
「…………ああ、そうだな」
二人の決意を聞いた俺は深く頷いて同意する。
「やろう。俺たち三人ならどんな困難も乗り越えていけるさ」
俺がそう言うと、二人の親友は力強く頷いてくれた。
奇しくも俺たち三人、殆ど同じことを考えていたようだった。
それだけ今回のことは……エイラさんを守れなかったことは、俺たち三人にとって歯痒く、許し難い出来事だった。
この世界に来る時、命の危機に陥る可能性があるという警告文を読んではいたが、俺たちはその意味を真に理解していなかった。
ノルン城の中で自分たちがいかに弱いかを思い知った時も、与えられたチートスキルを駆使して切り抜けることは考えたが、自分自身を強くするという考えには至らなかった。
だが、ここに来て俺たちは初めて強くなろうという意思を示した。
その道は決して平坦ではなく、数え切れないほどの苦労を伴うかもしれないが、是が非でもやり遂げてみせる。
この時の俺はそう強く思っていた。
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