第42話 ないものねだり

 次に目を覚ました時、俺の目に飛び込んできたのは茜色に染まった夕焼け空だった。

 異世界でも夕焼けの空は赤いんだな……そんなとりとめのないことを考えていると、


「おう、浩一。起きたか?」


 何やら大量の木材を肩に担いでいる雄二と目が合った。

 俺は目だけを動かして雄二を見ると、真っ先に思いついた疑問を口にする。


「……俺、どれぐらい寝てた?」


「ほんの二、三時間だよ。お前は十分仕事をしてくれたんだ。休んでいたって誰も文句言わないぜ」

「……助かる」


 それでもこのまま寝ているのは何だかばつが悪いので、俺は足を振り上げて勢いよく起き上がる。

 すると、体中のあちこちからバリバリと何かがひび割れる音と共に、バラバラと何かが地面に落ちる。


「な、何だ……」


 俺の顔からも同じようにバラバラと落ちる黒っぽい何かに、俺は警戒しながらも、雄二たちがそのままにしておいたのだから害はないだろうと判断しておそるおそる手に取る。

 黒い塊だと思ったそれは、指で触ってみると中から紫色の結晶が現れ、それを見て俺はこれが何かを理解する。


「そうか……これは奴の血か」


 そう言えばサイクロプスの首筋にナイフを突き立てた時、しこたま返り血を浴びたことを思い出した俺は、改めて自分の姿を確認する。


 それは一言で言うならば、酷い有様だった。


 着ている衣服は、シャツのあらゆるところに血が付着して固まっており、触るとバリバリと音を立てながら落ちるが、繊維の中まで入り込んでしまった血はいくら拭っても落ちることはなく完全にシミとなっており、洗濯しても落ちるかどうかは微妙だった。

 ズボンは上半身ほど酷くないので、気にはなるが我慢することにするが、首から顔にかけてついた血は乾いてしまって表情筋を動かす度に非常に不快で、髪の毛はキューティクルが完全に死んだのかと思うくらいカピカピに固まってしまっていた。


「……風呂に入りたい」

「ああ、だろうな」


 俺の呟きに、雄二から思わぬ一言が告げられる。


「浩一がそう言うだろうと思って、俺と泰三で風呂の準備をしてある」

「ほ、本当か!?」

「本当だ。幸いにも大量の水が手に入ったから、これを使わない手はないと思ってさ」


 雄二によると、サイクロプスの棍棒によって壊れたと思っていた噴水から大量の水が噴き出したので、近くの部屋から引っ張って来たバスタブに水を張ったのだという。


「後は火を熾せば、風呂を沸かすだけでなく、飲み水も手に入れられるぞ」

「そうか……それで、火は熾せたのか?」

「…………」


 俺の問いに、雄二は気まずそうに目を逸らす。


「おいおい、雄二……まさかそこまで期待させといて……」

「し、仕方ないだろ! ライターもマッチもないのに火を熾す方法なんて知らねえんだよ! やり方はまちがっていないはずのなのにどうしてだよ……」


 雄二は悔しそうに肩を落としながら「あのアニメでは……」と小さな声でブツブツと呟く。

 昨今の漫画やアニメのブームで、俺も少なからずキャンプを題材にした作品に触れ、屋外での火の熾し方についての知識はある程度あったりする。

 ただ、あくまで知識があるというだけで、実際に行ったことは一度もないので、きっと俺が試したところで二人と結果が変わるとは思えない。

 しかし、


「雄二、俺も手伝うからもう一度試してみよう」


 だからといって風呂の魅力に抗えるはずもない。

 自分がサイクロプスの返り血で汚れているとわかった時から、自分の体が何だか臭うような気がしてきたのだ。

 今まで気にならなかったのが不思議でしょうがないのだが、一度気になったら一刻も早くこの臭いから脱却したいと思う。

 だからこそ、何が何でも火を熾して風呂に入ってみせる。そう固く決意して、俺は今も頑張っている泰三の下へと向かった。



 ……だが、やはりというか俺が加わったところで結果は好転しなかった。

 俺たちが取った方法は、殆どの人が火起こしといえば想像するであろう、先の尖った棒状の木を両手で擦って発生する摩擦熱で火を熾すという方法だった。

 必死になって木を擦り続け、どうにか熱を感じるぐらいまではできるのだが、そこから煙が発生して火種へと成長させることは最後まで叶わなかった。

 他に目ぼしい火起こしの方法を知らない俺たちは、火起こしは諦めて、最も重要となる食糧と飲み水捜しに移ることにした。


 こういう時、せめてスマホが使えたら色んな方法を検索することができるのにと思ったが、例えスマホがこの場にあったとしても異世界で通信ができるはずもないので、考えるだけ無駄だと思った。

 この時ほど俺は切に願ったことはない。


 チート能力が欲しい、と。

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