第19話 小さな救援者

「よかった……本当によかった」


 一先ずの危機を脱したことに、雄二は大きく息を吐きながら崩れ落ちる。

 だが、すぐさま顔を上げると、俺の太ももの上のネズミを指差しながら質問してくる。


「おい、浩一。それは一体何なんだ?」

「何、とは?」

「そのネズミだよ。俺にはお前がそのネズミとコミュニケーションを取っているように見えるのだが……もしかして言葉がわかるのか?」

「ああ、わかっている……のかな?」


 正確には何と言っているかはわかっていない。

 だが、鳴き声から俺に何を伝えようとしているかが、言葉ではなくニュアンスとして伝わるのだ。

 実際に体験してもらわないとこの感覚は伝わらないのだが、無理矢理説明するとなると、漫画とかでよくある相手が脳内に直接語りかけてくる。という表現が一番しっくりくるだろう。


「まあ、正直俺もかなり驚いているんだけどね」


 俺は太ももの上で口をもごもごさせているネズミの顎の下を指で撫でながら、どうしてそんなことが可能なのかについて話す。


「おそらくだけど、これは…………」


 そこまで言ったところで、俺の太ももの上のネズミが何かに反応して顔を上げ、俺に向かって「チュウ」と一声鳴く。


「――っ!?」


 その鳴き声に俺に注意を促す響きを感じた俺は、表情を引き締めると、目を閉じてアラウンドサーチを使用する。

 俺の脳内に波が広がっていき、その途中でいくつかの赤い光点が生まれる。

 その数、全部で五つ。全て同じ場所からの反応であることから集団で動いていると思われる。

 この力に敵味方の区別が付けられるかどうかは不明だが、ネズミが注意を促してくるのだから友好的な相手ではない。おそらくそこに転がっているゴブリンの仲間、もしくはそれに近い存在だろう。


「お、おい、浩一、険しい顔をしてどうしたんだ?」


 俺がいきなりスキルを使ったのを見た雄二が不安そうに話しかけてくる。


「もしかして、またゴブリンか?」

「……わからない。でも、アラウンドサーチに反応があった」

「数は?」

「五つだ。もし、相手がゴブリンだったら……」

「冗談じゃないぞ。たった一匹であんなに苦労したのに五人同時なんて……」

「ああ、今の俺たちじゃ絶対に無理だ」

「だとしたら一刻も早く逃げなきゃ」


 雄二は意識を失っている泰三を抱えると、逼迫した表情で尋ねてくる。


「それで、俺たちは何処に逃げればいい?」

「それが……」


 俺は先程確認した赤い光点の位置と、脳内で城内の地図を見比べながら苦々しく呟く。


「奴等は今、二階への階段を上っているところだ」

「な、何だって! それじゃあ……」

「ああ、この部屋を出たところで、何処かの部屋に行く前に連中に見つかってしまう可能性が高い」


 しかも今は、意識を失っている泰三がいる。

 二人で泰三を抱えて行く場合、当然ながら移動力は落ちてしまうので、さらに見つかる可能性は上がる。


「それじゃあ、どうするんだよ。まさか、ここで連中を迎え撃つつもりか?」

「それは……」


 俺は未だに目を覚ます様子のない泰三の顔を見ながら、どうすれば三人揃ってこの状況を生き延びることができるかを必死に考えた。




 五人のゴブリンたちは「ギィ、ギィ……」と不気味な鳴き声を上げながら階段を上っていた。


 その目的は、仲間のゴブリンの一人がコソコソと隠れて何処かに行ってしまったので、何か疚しいことがあるに違いないと、自分たちもそのおこぼれに預かろうという算段だった。

 雑談をしながら歩くゴブリンたちの足取りは迷いがなく、一直線に仲間がいるであろう場所に向かっていた。

 その理由は、ゴブリンたちは体を洗うという習性がなく、酷い体臭の残り香を追っていけば、何処に移動しようとも簡単に後が追えるという理由だった。

 二階の廊下へとあがったゴブリンたちは、クンクンと鼻を鳴らしながら消えた仲間の臭いを探る。


 その答えはすぐに見つかる。


 もし、本当に自分たちから逃げようと思うのであれば、この城から遠く離れなければならないが、生憎とこの城から出るなんてことは許されない。

 ならばせめて、例え小さくとも愉しみを見つけたのならば、全員で享受すべきだと言うのが彼等の主張だった。

 だが、実際のところは自分以外の誰かが良い想いをするということが許せないという者凄く自分勝手な理由からここまで来たのだった。

 貴賓室の前までやって来たゴブリンたちは互いに頷き合うと、一気に室内へとなだれ込む。


「ギィ、ギイイイィィ!」


 何一人で愉しんでいるんだ。そんなことを叫びながらゴブリンたちは室内に飛び込む。

 だが、そこで彼等は予想もしていなかったものを目にする。

 抜け駆けをして一人、何かを愉しんでいるはずの仲間が、部屋の中央でうつ伏せに倒れてこと切れていたのだ。

 背中には一振りのナイフが突き刺さったままになっており、これが致命傷になったのだと思われるが、ゴブリンたちの興味はそこにはなかった。


『こいつが持っていたと思われるお愉しみのブツは何処に行ったのだ』


『近くにあるはずだ。探せ!』


『見つけたら今度は抜け駆けするなよ』


 などと、目の前の死体には目もくれず、ゴブリンたちは仲間が持っていたと思われる何かを必死に探す。

 だが、何処を探してもそれらしいブツは見つからず、ゴブリンたちは苛立ちを露わにしながら死んだ仲間の死体に蹴りを入れていく。

 そうして死体へと蹴りを入れていった一匹のゴブリンが、仲間の死体の近くに紫色ではない赤い血痕を見つけると、顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ後、ペロリと一舐めする。


「――ッ、ギィ、ギイイイィィ!」


 血痕を舐めたゴブリンは、興奮したように叫ぶと、仲間たちに向かって叫ぶ。


『これは人間の血だ。ここに人間がいたぞ。と』


 その言葉を聞いたゴブリンたちは一斉に顔つきを変えると、仲間が見つけた血痕に殺到して貪るように舐め、咆哮を上げる。

 この城内に人間がいることを知ったゴブリンたちは、各々が人間を殺して喰らうのは自分だと叫びながら先を争うように貴賓室から退出していった。

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