第18話 霊薬

 そうして向かう先は、まん丸のネズミがバシバシと叩く革製のポーチだった。

 このポーチは、部屋に入った時にゴブリンが中身を漁っていたものだが果たして中には何が入っているのか。


「これは……」


 ポーチの中に見慣れた物を見つけた俺は、思わずそれを手に取る。

 四角錐を二つ合わせたような特徴的な形の小瓶に、緑色の輝く液体が入ったそれは、俺の知るあるものに酷似していた。


「……もしかして霊薬エリクサーなのか?」


 霊薬、それはグラディエーター・レジェンズ内においては一ラウンドにつき一つだけ持ち込むことができる一個百円で買える課金専用アイテムだ。

 任意のタイミングで使うことができ、体力を全回復してくれるという破格の性能を持っているのだが、アイテムを使う時に少しではあるが無防備になってしまうことと、次ラウンドへの持ち越しができないので、持って行った際は絶対に使わないと後悔するという課金専用アイテムの割には中々に癖が強いので、このアイテムをわざわざ持ち込んでプレイする人はかなり金に余裕がある人に限られる。

 RPGをプレイする時にはこの手のアイテムを持て余すどころか、一個も使わずにクリアすることも珍しくない俺としては、全くといっても使わないアイテムだった。

 当然ながら、これは俺たち三人がこの世界に持ち込んだものではない。


 だが、今はその余裕がある人物に覚えがあった。


「……もしかしてこのポーチ、あの廃課金野郎の荷物なのか?」


 あの連中が俺たちより先にこの世界に来ているとすれば、その可能性は十分にあると思われた。

 だが、荷物だけで本人たちの姿が見えないとなると、もしかしたらあの三人は……、


「……よそう、今は考えるだけ無駄だ」


 俺は小さくかぶりを振ると、小瓶と革のポーチを手に泰三の下へと戻る。

 顔も名前も知らない連中がどうなったかを案ずるよりも、目の前の親友を助ける方が万倍大事なことだった。


「泰三、もう大丈夫だぞ」


 俺は雄二に抱えられている泰三のすぐ傍に腰を下ろすと、小瓶を見せる。


「ほら、ゲームで見たことあるだろ? 霊薬だ」

「マジかよ! そんなお宝、何処にあったんだ?」

「それについては後で説明するよ。とにかく今はこれで泰三を回復させるぞ」


 そう言って俺は小瓶の蓋を開ける。

 同時に、ツンとした鼻をつくいかにも薬っぽい匂いがして、この霊薬の効果の高さを伺わせた。


 だが、ここである問題が起こる。


「……なあ、これってどうやって使うんだ?」


 せっかく手に入れた霊薬だが、正しい使い方がわかないのだ。

 イメージとしては、小瓶を一息に飲み干すものだと思われたが、臭くはないが鼻につくこの匂いの物体を体内に取り入れていいものかどうかは怪しい。


「薬っていうぐらいだから飲むんじゃないのか?」


 躊躇する俺に、雄二からアドバイスがくる。


「マンガとかアニメでもよくあるだろう? ポーションとかをこう、グイって飲むシーンがさ」

「そうだけど……そういやゲーム内では霊薬って使う時どうやってたかわかるか?」

「さあ? 確かこう天に掲げると緑色の光がクルクルって回ってたな」

「それって……こうか?」


 試しに俺は小瓶を天に掲げてみるが、案の定何も起きない。


「……駄目だ。これで効果があれば幸いだったんだけどな」

「やっぱり飲ませるのが正解なんじゃないのか? それとも試しに少しずつ試してみるとか?」

「……そうしたいけど、試すにしても飲むか塗る、どちらを試したらいいものか」


 万が一、間違った使い方をして怪我を悪化させてしまったり、体内に入れた途端、劇薬となって命を失う事態になったりしたら目も当てられない。

 それに、決まった量を使わないと効果が十全に発揮されず、後遺症が残る事態になっても困る。

 だからこそ、正しい使い方を知りたいと思った。


 するとそこへ「チュウ」と可愛らしい鳴き声と共に先程のネズミがやって来て、俺の太ももによじ登って来る。


「……なんだこいつ、さっきから随分と馴れ馴れしいな」


 忙しなく鳴くネズミを雄二が手で払いのけようとするが、


「待った!」


 俺は伸ばしてきた雄二の手を止め、ネズミへと視線を移す。

 ネズミは俺の太ももの上で短い手足をバタバタと忙しなく動かしながら「チュウ、チュウ」と鳴き続ける。

 そうして一通りネズミが鳴き終わるまで待った俺は、


「そうか、ありがとう」


 ネズミにお礼を言ってまん丸の体を一撫ですると、小瓶の中身を泰三の頬の傷へと容赦なくぶちまけた。

 すると、霊薬がかけられた傷口からジュウゥゥ、という水分が蒸発する音と共に煙が舞い上がり、


「あぐううううううううぅぅ!」


 さらに泰三が苦悶の表情を浮かべて苦しみ出す。

 それを見た雄二が血相を変えて俺へと詰め寄って来る。


「お、おい! 浩一、お前何をして……」

「大丈夫だ。ほら、見てみろ」


 俺は胸ぐらを掴まれた手をどかしながら、雄二に泰三の傷口を見るように言う。


「――っ、泰三……」


 煙が晴れた後には、泰三の顔にあった傷口はまるで溶接したかのように塞がり、血もすっかり止まっていた。

 ただ、回復するのに体力を相当消耗したのか、泰三は意識を失っているものの、胸部が呼吸の度に上下しているからどうやら命に別条はなさそうだった。

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