第15話 初実戦

 大広間の大階段を上ると、やはりそこもボロボロに朽ち果てていた。

 二階は左右に小部屋が続く長い廊下となっており、城の中庭を囲むようにロの字を描くように続いている。

 左右に続く廊下の先に行くほど部屋の内装は豪華になっていき、左右の合流点まで進むと、王族の部屋がある三階へと行ける構造になっていた。

 貴賓室は、二階の廊下の半分より奥に進んだ先全てが対象となっており、反応があったのは、ちょうど真ん中にある中庭側の部屋の様だった。

 ひび割れた大理石の床を音が鳴らないように慎重に進み、いくつかの部屋を抜けて目的地である反応のあった貴賓室へと向かう。


 途中、念のためにともう一度アラウンドサーチを使ってみたが、今のところ見つけた対象が貴賓室から動いた様子はない。

 ただ、スキルの効果がどれだけの範囲に及んでいるのかが未知数なため、まだ他にも誰かがいるのかもしれないが、一先ずは泰三が見たという緑色の人物とやらを確認したいと思った。


 貴賓室のすぐ傍まで辿り着いた俺は、目配せをして中に誰かがいることを二人に伝えると、音を立てないようにゆっくりと中を覗き込む。


「――っ!?」


 中を見た俺は、思わず声を出しそうになり慌てて口を押さえる。

 そこにいたのは、泰三が言った通りの全身の肌が緑色の人型の生物だった。

 全身が緑色の皮膚をしたそいつは、錆だらけの鉄の兜に革の鎧、背中に赤黒く変色した斧を括りつけた子供ぐらいの体躯の人とは明らかに違う存在。顔つきは鷲鼻よりもさらに尖った鼻が特徴的で、ギョロッと飛び出した眼球に口には鋭い歯が並び「ゲッゲッ……」と不気味な笑い声を上げながら何かを貪っているそれは、俺が知っているあるモンスターと酷似していた。


「あれは……ゴブリンか?」


 ゴブリン――ヨーロッパの民間伝承に登場する伝説の生物で、邪悪で狡猾な性格をした悪意を持った精霊、妖精、もしくは幽霊と様々な姿形で登場するが、一般的には醜い小人として描かれることが多い。そして、RPGにおいて最弱のモンスターとして登場することも多く、広く一般的に知られているモンスターである。


「ヘヘッ、やっぱ浩一もそう思うか……」


 すると、俺と同じ結論に至った様子の雄二が唇の端を舐めながら犬歯を剥き出しにする。


「おい、せっかくだからここで初実戦といかないか?」

「はぁ? 何を言っているんだ」


 肩に担いだハルバードをチラつかせながら物騒なことを言い出す雄二に、俺は眉を顰める。


 この世界がどういう世界なのかもよくわからないのに初めて出会った人……と呼んでいいかわからないが、その相手に対し、いきなり勝負を挑もうという神経が信じられない。

 それに、武器を使って襲いかかるということは、相手を殺す……つまりは命を奪うということを雄二が正しく理解しているのかを疑問に思う。


「雄二……お前、今の本気で言っているのか?」

「当たり前だろ? 浩一こそ何を言っているんだ」


 俺の言い分に、今度は雄二が反論する。


「どうして俺たちにこんな武器が与えられていると、ここに来るまでに散々経験を積まされたと思ってるんだ」


 そう言うと、雄二は俺たちにまだ気づいていない化物を顎で示す。


「ああいった魔物を倒すため。そう考えるのが妥当じゃないのか?」

「……だが、俺たちはこの世界について何も知らない。それなのに、いきなりこんな暴挙に出るなんて……」

「お前は難しく考え過ぎなんだよ。そもそも俺たちを迎え入れてくれるはずだったこの国は、既に滅んでいるじゃねぇか。それともお前はどう見ても話が通じないあいつ等が俺たちをこの世界に召喚したとでも言うのか?」

「それは……流石にないと思うけど」

「だろ? だったら悩むひつようはないだろ? さあ、俺たちの冒険を始めるぞ!」


 そう言うと、雄二はハルバードと大盾を装備して犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。


「心配するな。俺が察するにゴブリンは最弱の魔物だよ。とりあえず俺が引きつけるから、泰三が攻撃、浩一は何かあった時のためのサポートを頼む」

「わ、わかりました」

「…………わかったよ」


 俺たちの返事を聞いた雄二は力強く頷くと「行くぜ!」と気合いを入れてゴブリンの前に姿を晒す。



「オラオラ、勇者様のご登場だぜ!」


 雄二は威勢のいい掛け声を上げながら、ハルバードで手にした盾を盛大に打ち鳴らす。

 それは『ナイト』が覚えるスキルの一つ『ウォークライ』と呼ばれる敵の注意を惹きつける技だ。

 突如として現れて騒音を出す雄二に、ゴブリンは驚いたように目を見開くと、慌てたように立ち上がり、背中の斧を抜いて構える。

 鋭い歯を剥き出しにして敵意を露わにするゴブリンの目には、雄二しか映っていないようで、密かに室内に入って脇から様子を伺う俺のことなど見向きもしない。

 予想通りスキルによる挑発に乗って来たゴブリンを見て、雄二は勝利を確信したように笑みを見せ、大盾を構える。


「馬鹿が、来いよ! リフレクトシールド!!」


 そう言っても相変わらず何も起きていないように見えるのだが、雄二の目にだけはスキルが発動しているのが見えているらしい。

 そんな罠が待ち受けているとは知らないゴブリンは、口から涎を垂らしながら大きく飛び上がり、斧を最上段に構えて雄二へと襲いかかる。

 次の瞬間、ゴブリンの振り下ろした斧が雄二の構える大盾と交錯し、激しい火花を散らしながら悲鳴のような金属音が響き渡る。

 同時に、


「うわっ!?」


 ゴブリンの攻撃を受け止めた雄二が悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。


「雄二!」


 壁際まで吹き飛ばされた雄二に、俺が声を上げるが、


「……だ、大丈夫だ。それより早くゴブリンを……」


 すんなり起き上がった雄二が自分の健在ぶりをアピールしてくるので、俺はゴブリンの様子を見る。

 そこには武器である斧を取り落とし、両手を広げた無防備な姿を晒し、驚愕の表情を浮かべているゴブリンがいた。

 正に千載一遇のチャンス。どうして雄二が吹き飛ばされたかはわからないが、先ずはこのゴブリンをどうにかしなければ、俺たちの命が危ない。


「泰三!」


 俺は槍を手にしたまま呆然と立ち尽くしている泰三に向かって必死に叫ぶ。


「雄二が作ってくれたチャンスだ。行け!」

「――っ、う、うん、わかった」


 俺の言葉で我に返った泰三は、大きく頷くと腰を落として槍を構える。


「……すぅ………………はぁ………………」


 槍の切先は緊張で小刻みに震えているが、少しでも落ち着かせようと数度深呼吸を繰り返した泰三は、


「やあああああああっ!」


 気合の掛け声を上げながらゴブリンに向かって真っ直ぐに槍を繰り出した。

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