第6話 気になる噂

「いや~、めでたいな。それじゃあ、改めてカンパ~イ!」


 俺と泰三の二人が揃って会社を辞めたと聞いた雄二は、嬉しそうに乾杯の音頭を取る。


「二人がこのタイミングで会社を辞めてくれて本当に助かったよ」

「何がだよ。意味わかんね……」


 雄二の奴、ここまで人の不幸をそこまで喜ぶ奴だったのか? テンションマックスになったようにはしゃぐ雄二に、俺は辟易したようにそっぽを向くが、


「まあまあ、橋倉君。ここは戸上君の話を聞きましょう。彼は馬鹿ですが、悪い人じゃないですから」


 会社のことはすっかり割り切ったのか、何処か晴々した様子の泰三が苦笑しながら提案してくる。


「グラディエーター・レジェンズだって、戸上君の誘いで始めたじゃないですか。こういう時の彼の話は聞く価値ありますよ」

「おっ、泰三。いいこと言うじゃん! そうそう、今回二人を呼んだのは、正にグラディエーター・レジェンズについて話したかったのよ」

「ああ、わかった。わかった」


 急に結託し出した二人に、俺は苦笑しながら仕方なしに頷く。

 全く、こいつ等と来たらグラディエーター・レジェンズのこととなると途端に仲良くなるんだよな。

 そんなことを考えていると、気を良くした雄二と泰三はハイタッチを交わしていた。


「さて、それじゃあ……」


 そう言うと、雄二は俺たちを呼び出した本題を切り出した。




 そうして雄二が仕入れて来た内容と言うのは、眉唾物の疑わしいことこの上ない話だった。


「いや……いくらなんでも」

「ですね…………」


 話を聞いた俺と泰三は、顔を見合わせて揃って顔をしかめる。


「いや、嘘みたいな話だけど、本当なんだって」


 明らかに胡散臭いものを見る目をしている俺たちに、雄二は必死になって説明する。


 雄二が手に入れてきた情報とは、グラディエーター・レジェンズでとある条件を満たしてチャンピオンを取ると、この世界ではない異世界へと召喚されるというものだった。

 その条件とは、五キルボーナスで手に入るスキルを全て解放し、さらにはチームキルボーナスで手に入る装備ランクを最高まで上げた状態でチャンピオンを取るというものだった。

 そんなことあるわけないだろう、と。俺と泰三は全く信じていなかったが、雄二だけは違うようだった。


「この前、泰三がグラディエーター・レジェンズが現実だったらいいなって、言ったことで思い出したことがあるんだよ」


 そう言って雄二はスマホを取り出すと、ブックマークしていたニュース記事を俺たちに見せる。

 そこには、とある人物たちが行方不明になったという記事があった。

 その人物たちは、動画を配信するプロゲーマーの集団で、あるゲームを配信中に行方不明になり、現在も捜索中とのことだった。


「この記事あるプロゲーマーってのが、グラディエーター・レジェンズで有名なスパルタクスって三人組なんだけど知らないか?」

「…………知らないな」

「僕も……あんまり動画配信とかは見ないから」


 雄二の問いかけに、俺たちは揃って首を横に振る。

 泰三も俺もゲームをすることは好きだが、他人のプレイを見て楽しむ趣味は持ち合わせていないので、そんな事件があったことすら知らなかった。

 それに、


「その人たちの失踪事件が、本当にグラディエーター・レジェンズと関係あるのか?」

「確かに、動画配信している人たちだったら、熱狂的なファン以外にも強烈なアンチもいるでしょうから、その人たちに攫われたとかそう言う可能性は?」

「あのなぁ、お前たち……そんな夢の無いことばっか言うなよ。大人かよ!」


 もう大人だよ。という俺たちの心のツッコミを無視して、雄二は両手を広げて大きな夢を語る。


「だからさ。俺たちでその噂が真実か嘘かを確かめてみようって言ってんじゃないか。二人とも仕事を辞めるなら、時間だけはあるだろう?」

「なるほど……」


 雄二の言いたいことがわかった様子の泰三が大きく頷く。


「このゲームは、異世界から帰還したという人物が開発に関わっているという噂話は有名だからね。その与太話が真実なら、このゲームにそういった仕掛けがあってもおかしくないね」

「おいおい、泰三まで雄二の話に乗るつもりかよ」

「まあ、戸上君が僕の願望を叶えてくれるために、色々と考えてくれたみたいだからね。噂の真偽を確かめるぐらいはいいかなって」

「簡単に言うけど……条件、めちゃくちゃ大変だぞ?」


 九十九人が殺し合う舞台で、個人で二十キルずつ、さらにチームキルボーナスのために三人纏めて倒すこと十回、つまり全体の六割の人間を俺たち三人で殺し尽さなければならないのだ。


 これがいかにハードルの高いことなのかは、バトルロワイヤルのゲームをやったことある人なら言うまでもない。例えるならオリンピックの一つの大会で野球と柔道、そして水泳で金メダルを取るぐらいの難易度だ。

 行方不明になったというスパルタクスの面々は、グラディエーター・レジェンズを黎明期からプレイしている古参のプレイヤーで、企業からスポンサードされるくらいには腕が立つ面子だったようだ。

 俺たちがその域に達するためには、一体どれだけの時間が必要になるだろうか。

 とりあえず俺と泰三は、仕事もなくなるので時間を気にする必要はないが、雄二は正社員ではないものの仕事がある。


「あっ、ちなみにだけど、俺も仕事辞めてきたから」


 すると、俺の顔から何を言われるかを察した雄二がとんでもないことを言い出す。


「やるなら徹底的にやりたいからな。既に一週間は部屋に籠れる準備をしてある」

「雄二……」


 だから何も問題ない。そう言い切る雄二に、俺は眩暈を堪えるように眉間を押さえる。

 昔から戸上雄二という人間はこうだ。

 よく言えば一途で熱狂的だが、実際は無計画で短絡的、後先考えないどうしようもない奴なのだ。

 だが、ここまでの覚悟を見せられたら、同じように暇な身分になった者としては、応えないわけにはいかなかった。


「はぁ……とりあえず一週間で達成できなかったら諦めるからな」


 俺がそう言って折れると、二人はしてやったりとハイタッチを交わしていた。

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