第5話 俺、会社辞めます
「はぁ…………疲れた」
家に戻った俺は、玄関で着ている服を全部脱ぎ、パンツ一枚という格好でそのままベッドに倒れ込む。
「…………やっちまったな」
会社を出た時は悪を成敗してやったという高揚感があったが、帰りの電車でボロボロの俺の姿を見た人たちから明らかに避けられているのを自覚してから、頭から氷水をかけられたかのように我に帰ってしまった。
さらに追い打ちをかけたのが、係長から送られてきた今後の対応についてのメールだった。
あの後、課長は警備員に押さえつけられる時に怪我を負ったかで、休職扱いになるということだったが、事故を起こした首謀者として、俺と泰三も追って処分されるだろうからそれまで自宅で謹慎していろという通告を受けたのだ。
その処分がどれほどのものになるかは想像もつかないが、今回の事件で会社が被った被害額は数百万、下手したら一千万以上の損失になるだろう。
その損害賠償を請求されでもしたらと思うと、今から胃がキリキリと痛くなってくる。
「…………だけど」
そもそも悪いのは全部の課長はずなのに、どうして俺と泰三も一緒に処分されなければならないのだ。それに、他の皆も状況を見ていたのだから、俺たちが悪くない旨を証言してくれさえすれば、俺たちの無実も証明できるのではないだろうか。
「…………はぁ、やめやめ」
こんなことを考えたところで状況が好転するわけでもないし、起きてしまったことは仕方がない。
会社をクビになったらなったで、次の仕事を探せばいい。
それよりも謹慎中にやっておかなければならないことが沢山ある。
「先ずは、スーツを新調しないとな……」
流石に破れたスーツで就職活動をするわけにはいかないので、俺は新しいスーツを買いに行くことにする。
ついでに今日の夕飯でも買っておこうと思い、ベッドから起き上がると同時に「ピコーン」と携帯にメッセージアプリからの着信を知らせる音が響く。
会社からのメールであれば見たくもないが、幸いにもこっちの方に会社の関係者から連絡が来ることはない。
安心してメッセージアプリを立ち上げると、
「……雄二?」
そこには雄二から「急遽、話したいことがある」という旨のメッセージが届いていた。
「「「かんぱ~い」」」
俺たちは景気よくグラスを打ち鳴らすと、中身を勢いよく飲み干す。
「いや~、まさか二人が会社でそんなことになっているとは思いもしなかったな」
ジョッキに入ったビールを一息で飲みきった雄二は、豪快に笑いながら近くにいた店員にビールのおかわりを注文する。
「まあ、遅かれ早かれ、いずれはこうなっていただろうけどな」
笑い続ける雄二を睨みながら、俺は枝豆を一つ取って口に放る。
雄二からメッセージを受けた俺は、着替えてから繫華街にある行きつけの居酒屋にやって来た。
最近多い全品同一価格の居酒屋の店内は、仕事帰りのサラリーマンや、サークル仲間とやって来た大学生たち、そして、俺たちのような私服を着た暇を持て余した社会人で溢れかえっていた。
早くもできあがっている卓があるのか、流行りの歌を調子はずれで歌う大学生たちに俺が顔をしかめていると、追加のビールを店員から受け取りながら雄二が話しかけてくる。
「それで、二人はこれからどうするんだ?」
「どうって、何を?」
「会社だよ。そんな問題を起こした後で、何もお咎めなしなんてことにはならないだろ?」
「うっ、そりゃ、まあ……」
こいつ、答え辛いことを遠慮なく聞いてきやがるな。そう思うが、雄二は昔からそういう奴だった。
よく言えば物怖じしない、悪く言えば空気を読まずに人の領域にズカズカと足を踏み入れて来る奴なのだ。
だが、それでも相手に対して否定的な態度を取らないことが功を奏しているのか、俺は遠慮という言葉を知らない雄二に対して、余り悪い印象を抱いていない。
だが、今回の問題に関しては、俺だけでなく泰三も関係してくる。
特に課長のパワハラを一身に受けていた泰三は精神的にもかなり傷ついているはずだ。ここで雄二の無遠慮な発言で俺たちの関係にヒビが入ったらことである。
そう思った俺がニヤニヤ笑っている雄二を窘めようとすると、
「……僕は、明日にでも退職願を出して会社を辞めるよ」
それより早く、泰三が自分の考えを話す。
「幸いにも僕はあの会社に対して何の未練もないですから。少し休んだら本格的な再就職先を見つけるつもりです」
「そ、そうか……」
「そうかじゃないですよ」
曖昧な返事を返す俺に、泰三が咎めるような視線で睨んでくる。
「橋倉君、僕の気を使ってくれるのはありがたいですけど、状況的には僕とそんなに変わらないのわかってますよね?」
「うっ、そ、それは……」
「橋倉君は知らないみたいだから言っておきますけど、あの課長が好き勝手やっていたのは、あいつが社長の甥っ子だからですよ」
「えっ、マジで!?」
「本当です。今回の件だって、懲戒処分だけじゃなくて休職扱いになっていたでしょう? ですからほとぼりが冷めた頃に何気ない顔で戻ってきますよ」
「そ、そうだったのか……」
衝撃の真実を告げられた俺は、思わず手にしていた枝豆を取り落とす。
すると、そのタイミングでマナーモードにしていた携帯がブルルと震えたので、俺は無意識に携帯を取り出して画面を見る。そこには、会社からメールが届いた旨を知らせる通知と、メールの表題が表示されていた。
処分の予定についてと書かれたメールを見た俺は、震える手をどうにか動かしながらメールを開いてザッと目を通すと、
「………………俺も、会社辞めるわ」
項垂れたまま二人の親友に告げた。
会社から来たメールには、故障した備品に関しては特に弁済は求めないが、俺は地方へと転勤することが決まったと書かれていた。
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