西日の吸血鬼

 不潔な部屋だった。ゴミをまとめたコンビニ袋が、敷布団を中心として、無造作に放り投げられ、各々が好き勝手悪臭を放っている。

「おい、起きろ」

 その元凶に語気を強めて投げかける。

 しばらく待っても、動かない。痺れを切らした私は、西日を必死に受け止めているブラインドを思い切り巻き上げた。橙色の光が部屋中に広がる。

「これでもか?」

 影から問いかけた。

「もう……。ひどいなあ」

 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて、上半身を起こす。痩せこけた死体のような女だ。ゴミの中心地に理性も羞恥もかなぐり捨てて、全裸で眠りこくっていたらしい。顔はいいが、色気がない。

 女は敷布団のそばの机の上をガサゴソ漁って、いくつかのピアスを拾い上げた。それらを慣れた手つきで耳や舌に運んでいく。

「ピアスより先に服を着たらどうだ」

 女は、先ほどと同じ笑みを浮かべ「えへへ」と笑うのみで、手を止めない。あまつさえ「どう? かわいい?」などと聞いてくる始末だ。

 ピアスをはめ終わると、腰掛けている敷布団のちょうど影の部分をポンポンと叩いて、私も座るように促す。こうなると私の立場も弱い。促されるのに従って、隣に座る。

「好き。大好き」

 女が私の耳元にすり寄って囁く。甘くて、ドロドロしていて、むせ返りそうだ。酷く気分が悪い。痩せこけた身体の唯一柔らかな部分が、私の体に押し付けられ、腕が背中に回る。

「私は嫌いだ」

 呟いて、皮の張った首筋に噛みつく。私に愛を囁いた口から、短い嬌声が漏れる。女の声によく似た、甘くてドロドロの液体が、流れ込んでくる。

 私は今日も、抗えなかった。

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