純愛
静かな病室。冬と春の引継ぎが行われている頃の、暖かくも冷たい不思議な季節。
りんごを包丁で剥く音だけが、微かに響く。窓からは控えめな木漏れ日が差し込むのみで、部屋は薄暗い。
「それって、私を刺した包丁ですか?」
ベッドで上半身を起こして、剥かれていくりんごの皮を見つめていた女が、慣れた手つきの男に問いかける。
「ああ、その方がお前も喜ぶだろ」
男は、当たり前のように答える。あるいは、彼の中でも彼女の中でもそれは当たり前のことなのかもしれない。
証拠に、女は男の答えに対して何を言うでもなく、穏やかな笑みで返答していた。
「目を覚ました時、なんでお前を助けたのか聞いたよな?」
男は、彼女を死に追いやりかけた包丁を見つめながら問いかける。
「はい」
「恥ずかしい話なんだけど、俺のことを好きだとか愛してるだとか言った奴、今まで一人もいなかったんだ。だから、初めて俺を好いてくれたお前を、死なせたくなかった。本当それだけ」
男の返答が意外だったのか、女は目を丸めてから、口を押さえて上品に笑った。
「ストーカーの私が言うのもおかしいですが、本当にあなたは変な人ですね。惚れ惚れします。まあしばらくはあなたに言われた通り、生きていた方が面白いことがあるってことを確かめてみます」
「通り魔の言葉を鵜呑みにするのも大概おかしな話だ」
そう言って、きれいに剥かれたりんごを置いた男の顔は、実に満足そうだった。
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