戯言の上澄み

四百文寺 嘘築

冒涜

 肌寒い朝。悲しげな曇天。無機質なエンジン音が、眠たい瞳に問いかける。灰色の景色が秋の終わりと冬の始まりを告げ、心なしか行き交う人々の表情も暗い。


 微睡まどろみの助手席。依然として睡魔の進撃を受ける瞳が、不意に強烈な引力に吸い寄せられた。引力の先。歩道と車道を隔てる生垣の間、目に止まったモノに瞬時に名前をつけることが、僕にはできなかった。


 赤色と茶色の中間に緑を混ぜたような、どす黒くて汚い色。同じ色の点が、周辺の歩道へ飛沫のように散らばっている。



 原型すら止めていない、何かの死骸だった。



 何度も踏まれたのだろうか、原型どころか立体感すらも失い、まるで鞣革なめしがわのように平らになってしまっている。風を受けてもびくともしないことから、張り付いたガムのように、強く、強く歩道にしがみついていることがうかがえる。しかし、そんな抵抗も虚しく、一人、また一人とその上を過ぎ去っていく。


「命への冒涜」そんな言葉が、頭の隅をよぎった。


 見て見ぬ、知って知らぬ素振り。人間の本質。鏡に映し出された面皰にきびのようにありありと、醜さを見せつけられているような気持ちになる。



 信号が青になった。



 前方から、順番にエンジンに火が灯る音が聞こえ、やがて僕の乗る車にも火が灯る。薄靄のかかったような広い道を、見えない何かの目を気にするように、いそいそと走る。


 背徳的な朝焼け、どうやら空は晴れたらしい。

 鞣革のことなんて、もうすでに頭にはない。そんな僕も、命を冒涜する一人だった。

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