第12話 開戦 『空間視覚』vs『殺人細菌』


――――ワシントンD.C. パーソンアヴィ通り


アナコスティア公園の対岸。現在は倉庫が多く並ぶ場所で男は苛立ちを露わにしていた。


「はぁ?どういうことだよこれ以上空間移動でき飛べ無いって?運送屋の看板下ろしたらどうスか?」


『口には気を付けた方がいいよ、今すぐ火山口に捨てられたくなかったらね。何度も言うけど疾病屋、ワンズが出てきたそれはもう僕の仕事の範囲外だ。』


「『掃除屋』が相手を選んで仕事するんスか?社畜ホワイトカラーじゃあるまいし。」


そう言い、見えぬ相手に中指を立てるケビン。その顔は遊んでる時間に邪魔が入られた子どものようである。


『自転車のレースにオンロードバイクで参戦してくるような事、と言えば分かるかい?奴が関わるならそれなりの準備が必要なんだ。なぁに、下準備だけすればあんなババア、次元の狭間でいくらでも料理して殺してやるよ。』


「まぁ、先輩が手出さなくてもいいっスよ。これから此処に来るであろう馬鹿共蹴散らして、ガキ共も殺してハッピーエンド!っつーことで。」


『演出は任せるよ。最高の喜劇になるのを皆で眺めとく。フフフ・・・。』


楽し気な微笑を最後に無線は途切れる。ケビンはこれから起こるであろう事を考え、不快な笑みで顔を埋める。

そのまま鼻歌混じりに川に沿って歩いていく――――。





――――ワシントンD.C. ティンギィー通り


『空真!クラリッサ!その先だ!!』


レイからの無線を聞き、立ち止まる二人。


「先ってのはこのまま東に行けばいるのか!?」


『うん!100m先のカメラでそっちに向かっていってる。移動予測は―――。』


「いや、いい。能力で探す。」


眼球が充血していく。本来ならこういった行動の一つ一つは、クラリッサの許可の下行われるべきである。しかし、この時のクラリッサを支配していた感情は、果てしなく深い憎悪であった。

深淵の如き感情が先行し、作戦や命令系統等は眼中に無く、ただひたすらにケビンあの男をどこまで痛め付けるかだけを考えていた。





――――ワシントンD.C. パターソン通り


陽気な鼻歌を響かせ、通りを歩くケビン。

その道の数メートル先から空真とクラリッサが歩き出る。

初めて視線を交わす両者。この区画だけ時間が切り取られたかのように静まり返る。

空真が何かを思うよりも、ケビンが言葉を発するよりも。瞬発的に先んじて行動したのはクラリッサであった。

腰からピストルを引き抜き、ケビンへ発砲する。

躊躇いなく、まるで草でも刈り取るかのような空虚な顔で。


「おっと!?これが機関式のご挨拶かー?」


ケビンは思い切り距離を取り避ける。

避けた様子を見て尚、クラリッサは何の感嘆も無くケビンを見つめる。


「なるほどね。」


そう、平坦な声を出した。

この時空真にだけは『分かって』いた。一歩下がり、『それ』に対し身構える。


「今ので分かったわ。あなたの能力、物理的に何かを起こす事ができないのね。」


「ん?」


「違うの?だったら今の弾丸、距離取ってまで避けずにどうにかしたでしょ?」


「そうだとして、どうすんだい?おねーさん。」


更 生 さ せ て叩 き 潰 し て あ げ る ! !」


両脚に力が込められ、固く綺麗に舗装された道に罅が入る。それはクラリッサの怒りを体現してるかようでもあり、次に行われる動作が如何に危険かを表す指標でもあった。



クラリッサは気付いていない?俺だけが見えている?何故俺だけが?いや、それよりもコイツの能力は一体?



空真は焦りと動揺からか全てが一歩遅れた。

だが、それも仕方のない事だったのかもしれない。

空真にはケビンの攻撃が見えていた。ケビンを始点に視界いっぱいに広がり、押し寄せる暗澹あんたんが。それがクラリッサの身体に入って行く様が。


ケビンに恐ろしいほどの速度で飛び掛かったクラリッサだが、態勢を崩し、そのままケビンの足元で倒れ込む。

顔面は蒼白、息は絶え絶え。目の焦点すら合わなくなってきていた。

ケビンは満面の笑みを浮かべながら屈む。


「当たりだよ。俺ちゃんの能力は弾丸を消したり、弾丸を防いだりできない。とっても、とーっても小さいシンプルな能力。『』っていうね。」


身体の自由が効かないクラリッサの頬を突き、笑う。

小昆虫を捕まえた少年のような純粋で残酷な笑顔。

邪悪な笑顔のまま、その手は頬から首へと伝り乳房を撫でた。

あばらから這い、ゆっくりと、指を喰い込ませ揉んでいく。


「なかなか綺麗だな。これなら死んだ後も楽しめそうだ。・・・で、そこのお兄さんだ。」


クラリッサから手を離し、立ち上がる。


「お前、俺の攻撃避けたよな?」


「あの闇の事か?」


「闇?はぁ?よくわかんねぇ事言われてもなぁ。普通『赤』じゃね?・・・まぁいいや。あんたらが来たって事はどうであれ交渉は決裂だし、仕方ないから仕事もしないとな。」


残念そうな顔を浮かべ、溜息を吐く。


「ケビン・・・だったか?お前に一つ質問がある。」


「んー?今お仕事モードになるとこだから手短にしてくれよ。」


「お前ら『掃除屋』は、仕事として人を殺しているのか?」


これは空真にとって、とても大事な問いであった。



仮に殺害を指示した人間や、それを依頼した人間がいるならばそいつこそが真の『悪』だ。この男たちに裁きを下しても意味がない!大元を白日に出さなければ!!それを今、見定める!!



鋭い視線をケビンへと向ける。

その熱く光輝く双眸に、ケビンは苛立ちを覚えた。


「そうだなー。依頼が無かったらこんなめんどうな事はしないなー。」


やっぱりそうか。

そう安堵しかけた所で、ケビンの言葉は続く。


「なぁーんてな!ヴァーーーーカ!!仕事はオマケだ。最高におもしろいショーにする為の仕事なんだよ。な~に考えてんだ!違ったらお情けでもくれるってのか?ムカつくねー!そういうの!」


中指を立て苛立ちを吐き散らかす。


「じゃあ、子どもを狙ったのは?」


静かに質問する空真。


「おもしろいからって言ってんでしょーが。ムキムキの大人殺しても大して騒がないでしょ、お前ら。」


至極当然です、と論理破綻しているのが空真の方であるかのように言動を示す。


その言葉が開戦のゴングとなり、空真は『跳ぶ』。

ケビンの右斜め後方に移動テレポートし、拳を伸ばす。

が、ケビンはそれを一瞬足りとも見ずに避け、再度空真から距離を取った。


「そんなに俺の『殺人細菌グレイヴ・ハザード』の餌食になりたいか。いいぜ、自殺志願者。お望みのままにしてやるよ。」


挑発に対して何も言わない空真。

その胸中は静かな怒りで埋め尽くされていた。



こいつは、こいつらは。他人の命を、繋がりを、何とも思わず奪える。踏み躙れる。

やはり、『掃除屋こいつら』は――――。




許していけない―――――――――。

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