征伐のゲシュタルト

十八公このみ

第1話 掴んだ小さな尻尾


 ――――帝国銀行 新宿支店 建物前


「依然として現場は騒然としており、中の状況も分かっておりません。立て篭った強盗犯と警察との緊迫した空気が続いております。人質の解放に向けて警察が交渉を行っていますが進展はあるのでしょうか?引き続き中継していこうと思います。」


 建物正面に報道関係者と野次馬が群がる。


その見つめる先には重装備の警察特殊部隊。周囲の建物にも部隊を展開・包囲し、現場の動向を静かに見つめていた。



 (耐衝撃カーボンの盾にショック弾装填のアサルトライフル・・・、メットとベストは衝撃緩和素材の物か。)



周囲を確認し終えた青年は、人混みから一歩、さらに一歩と建物へと近づいていく。


「おいおい君!このテープの文字読めない!?『立ち入り禁止』だよ!!危険だからほら!テープから下がって!!」


周辺にいた若い警官に呼び止められたその直後、青年の携帯端末が鳴る。警官は下がるよう言葉を重ねるがその全てを無視し電話に出る。


「お?お取込み中だったかな?♪」


「警察官にナンパされたところだ。で、調べはついたか?」


「大当たりだよ空真くうま。その銀行強盗、掃・除・屋・と連絡を取ってた。」


「そうか、それなら後は本人に聞く方が早そうだ、切るぞ。」


「ちゃお~♪」


電話をズボンのポケットに戻し、視線を再度建物へと向ける。


「君、さっきから無視しているようだけどね、警察の権限で君を退去させることも・・・お?」


一瞬であった。警官が瞬きをしたそのほんの一瞬にして、青年の姿は消えたのだ。


「・・・能力・・者?」


呆けた顔のこの警官が、現在いま何が起こったかを知るのはこの数時間後である。



 *



 ――――帝国銀行 新宿支店 二階


まるでどこからか落ちてきたかのように室内に降り立つ空真。そこは建物の二階、銀行の事務を担当するオフィススペースのど真ん中であった。


「動くな。」


男の声と共に拳銃が空真へと向けられる。手を挙げようとする空真に男は言葉続ける。


「動くなと言ったはずだ。余計な身振りはするな。聞かれた事だけ答えろ。お前は政府のエージェントか?」


「そんなに老けて見えるか?まだ二十三だぜ?」


冗談交じりでほほ笑むが男は表情を崩さない。


「時間稼ぎのお喋りはするな。端的に答えろ。お前は能力者だな?」


男の拳銃を握る手に力が入るのを“見た”空真は表情を戻し即座に答える。


「そうだ。」


「どこの所属だ。」


空真は真っ直ぐ男の顔を見つめる。

サングラスで眼の動きは読めないが頬の筋肉の微細な痙攣から緊張によるストレスがピークに来ていることを読み取る。

そのまま視線を反らさず静かに答える。


「・・・お前と同じだよ。」


「ッ!?」


その言葉に男は驚愕し額から汗が滲み出る。


「おい!!まだ時間はあるはずだろッ!」


焦りの色を露わにし、男は顔色は見る見るうちに青くなっていく。

空真は首を、コキ、コキ、と鳴らしながら歩み寄る。


「この仕事やったら身の安全を保障してくれるって言ってたじゃねぇか!!」


細身ながらも背丈のある空真が近づいていく。相手から見たら差し詰め壁が迫ってくるようであろう。


「お願いだ!もうすぐ終わる!もうすぐだ!!なんなら俺の能力を使って強行してもいい!そうだ!今ならもいないはずだッ!!」


眼前まで近付く。男の『焦り』は『恐怖』へと変わりつつあった。


「よせよせよせ!!俺は!俺はッ―――――カハッ!!」


男は空真に首を捕まれ、そのまま壁まで突き飛ばされた。

衝撃で眩んだ視界が戻り、立ち上ろうと脚に力をいれるが再度首を捕まれる。

空真は屈かがみながら男に語り掛ける。


「同じってのは会いたい奴がだ。勘違いさせたようですまないな。」


男はその言葉を聞くと拳銃を握る腕に力を込める。

無論、空真の眼が“見”逃すはずなど無く、首を掴む指に更に力を加える。


「グ・・ガッ・・。」


「余計な身振りはするな。聞かれた事だけ答えろ。」


「お、お前は・・・!」


「あーあとは、『時間稼ぎのお喋りはするな。端的に答えろ。』だったか?まぁいい、数個質問する。それにキチンと答えればこの手も離すし、お前のやってる仕事とやらの邪魔もしない。まず一つ。お前、『掃除屋』に会ったのか?」


「い゛・・・・いや・・・。」


眼を鋭くさせ男を睨み付ける。その憎悪と憤怒に満ちた眼光はとても二十三の物ではない。


「言葉を選べよ。お前が連絡取ってた事は裏が取れてるんだ。どうやって連絡先を知った?連絡の方法は?何を聞いた?」


「あ・・国際郵便でUSBメモリが・・・・か、確認するとメールが・・・・。」


「そうか、直接姿を見た訳じゃないんだな。」


「メールに姿が・・・女の・・・カハッ・・・ハァハァ・・・。」


(女・・・?仲間か?)


男が苦しそうに呼吸をする。気道を微かに締める握り方をしているが、この僅かな差でも人体は異常を示しそれは苦痛というシグナルとなって表れる。


「苦しいか。そうだな約束通り離そう。」


パッ、と手を離す。それを待ってましたと言わんばかりに男は拳銃を向け――――るがその先は空であった。


「へ・・・?」


視界いっぱいに広がる青空。事態を理解するより早く身体が自由落下を開始する。時間にして二秒にも満たない時間で男は灰色の大地に叩きつけられた。

これを見ていた警察や報道関係者、野次馬は誰しもがこう思っただろう。


『突然現れ、突然落ちた。』


と。


「確保!!確保ぉ!!」


特殊部隊が男を囲み身柄を確保する。

その姿を建物の窓から見る空真。


「人質取った分は約束外だ。」


そう一言言うと煙にでもなったかのように姿を消した―――。


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