第三章 7.魅了
先程助けた目の見えない彼女サラリアは、同性から見てもとても魅力的で、見惚れてしまう程だった。
その甘い美声と女性らしい体つきで、きっと誰もが魅了されているはず。
ほら、隣のケイスケやエダーもそう。
エダーなんてこんな美味しそうな料理があるのに、女性に見とれるだなんて今まで見たことがない。
ケイスケは顔を赤らめ、目もあちこちに向けてちょっと可愛い。
容姿も声もこんなに綺麗な女性に、目の前で露出され、妖艶に踊られていれば、それも仕方ないかもしれない。
私は普段ほとんど防具ばかり身に着け、汗と共に鍛練にも明け暮れているし、きっと何も魅力なんて感じてもらえていないんだろう。
――なぜ私は自分と彼女を比べているのだろうか。
私は私。
彼女は彼女。
誰とも比べられるはずもないのに。
だけどサラリアは本当に魅力的。
うっとりしてしまう程に。
ほら目が離せなくなる。
あの声、あの踊り、あの振舞。
だけど、なぜ私は彼女を羨ましく思い、ひがんでしまうのだろう。
こんな自分は嫌だ、大嫌い――
誰かが泣いていた。
この私の部屋で。
「なぜここに…… 」
生まれた時から過ごす、大きな窓から日差しがよく当たる明るい部屋。
そんな部屋の寝具の上でうつ伏せになり、悲しそうに誰かが泣いている。
小さな女の子だ。
「ねぇ、大丈夫……?」
「……私、戦いたくないの……」
「え……?」
「戦いたくない、よ……だって、だって……、私、女の子だよ……」
女の子は泣きはらしたその顔をこちらへ向けた。
「……そんな、どういうこと……」
私だった。
まだあどけない十歳頃だ。
「……女の子はね、もっと綺麗な洋服をたくさん着て、おしとやかにしておかないといけないんだって……」
「誰がそんなこと言ったの……?」
「あの人……」
指した方向へ振り向くと、先程まで誰もいなかった窓際の近くにサラリアが立っていた。
その閉じた目の奥で、こちらをじっと見つめるかのように。
「なぜここにいるの……?」
「本来のあなたを取り戻させてあげたいと思ってね。同じ女としてあなたを応援したいの」
サラリアは優しく微笑みながら、こちらへ近付いてくる。
「本来の私……?」
「そう、あなたはとっても美しい……分かるわ、この目でも。でも、あなたは常日頃防具に身を包み、武器を持ち、剣の鍛錬や戦いに明け暮れ、女性らしいことをしていないわ。それは寂しい事でしょ? 私みたいに毎日綺麗なドレスに身を包み、女性らしく振舞、殿方を魅了したいと思うでしょ……?」
彼女は目の前まで来て、顔をゆっくりと撫でるように触ってきた。
「何を言っているの……? そんなことは思わない、それに私はこれを自分で選んだのよ」
「……例えそうだとしても、あなたは不満に思っている」
「不満なんてないわ」
「……思い人がいてもそう思うかしら」
相変わらずなその穏やかな笑みとその猫なで声で、囁くように耳元に投げかけてきた。
「思い人……?」
「ふふっ、私には分かるのよ、人の心が。この目が見えない代わりにね。ほら、今日あなたはドレスを着ている。誰のため……?」
「誰の為でもないわ。今日は戦わないもの」
「本当かしら……」
サラリアは何かを知っているかのような素振りで、消え入るような声でそう呟く。
「ねぇお姉ちゃん、とってもそのドレス似合ってるよ。いつまでもそうしていてほしいな……」
十歳の私は、涙目で投げかけてきた。
「……ごめんね、そんなわけにはいかないの」
「なんで……?」
また泣いてしまいそうだ。
「……みんながこの国の為に一生懸命戦っているから。私も助けになりたいの」
「お姉ちゃんはそれで幸せなの……?」
「……幸せを作るためにしてるのよ」
「じゃあ、今の幸せは……?」
「今……?」
答えようともその答えが上手く出せなかった。
「……あなたは今の幸せを大事にしているの? それを犠牲にして先行きのない未来へ女を捨ててまでもまだ歩き続けるつもりなの?」
サラリアは相変わらず優しく微笑んでいるのに、なぜか恐ろしく感じた。
「……私は何も犠牲にしているつもりはないわ。それに女は着飾り、殿方を魅了するだけの生き物でもないわ」
「でも、あなたはそうでありたいと思っている。……あの人のために」
「さっきからあなたは何を言っているの? 私に思い人なんていないわ」
「あなたはまだ気づいていないのね。ふふっ、お互いにかしら。まぁ、いいわ。どのみち二人とも死ぬのだから……あんたたちだけ幸せになるなんて許せない……決してどっちも幸せになんかしてあげない……!!」
「サラリア……?」
突然に彼女は、優しい笑みから恐ろしい顔付きへ段々と変化していく。
「あなたは思い人を女として魅了することもなく、死ぬのよ……。用済みになればね。それまで男の無惨な死を見届けさせてあげるわ。有難く思いなさい……!」
その言葉と同時に、恐ろしい程に薄気味悪く笑うサラリアから思い切り肩を突き飛ばされた。
次の瞬間、明るい部屋から打って変わり、真っ黒な部屋へ突き落された気がした。
「何……どういうこと……?」
暗い、何も見えない。
真っ暗な闇がどこまでも続く。
「エダー! ケイスケ! どこにいるの……?」
すると、見覚えのある景色が急に目の前に広がった。
ホリスト聖堂だ。
そして血相を変えた彼らが現れたのだ。
二人とも剣を握っている。
そして私の名前を叫んでいる。
どんなに彼らに応答しようとも、叫ぼうともまるで声が出ていないかのように、二人には届いていないようだった。
エダー、ケイスケはそれぞれに思い詰めた表情で剣と共に誰かに立ち向かっているようだった。
すると彼らの目の前に恐ろしい武器を持った誰かが上空から舞い降りた。
それは、先程まで目の前にいたあの妖艶な女性だった。
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