第二章 11.願い

『……おい、おい……! 起きるんだ、起きてくれよ……まだやれるはずだ、やれるはずなんだ、敬介は……』



 ――


 誰だ……


 暗くて何も見えない……


 ――



『ううぅ……』



 ――


 なんで泣いてんだよ……


 オレが死ぬぐらいでさ……


 死ぬ……?

 

 オレ、死ぬのか……? 


 誰も助けられなかったじゃないか……


 こんなはずじゃなかったのにな……


 目の前の人でさえ、助けられないなんて……


 あの時と同じだ、あの時のティスタと同じだ……


 ――



『オレが悪いんだ、分かっている……オレが……セーレ様を助けられなかったから……。本当に……申し訳ないと思っている……だけど、だけど……! もう敬介しか……頼れる者がいないんだ……!』

 


 ――


 まさか、この男って……


 なのか!?


 嘘だろ……

 

 ――



『どうか、お願いだ……』



 ――


 いおりといい、この国の女王といい、それにティスタまで、オレにお願いするのかよ……


 なんでみんなこんなに頼るんだよ……


 オレなんてなんの取り柄もない男なのにさ……

 

 ――



『敬介……ううぅ……』



 ――


 ははっティスタがこんな泣き虫だったなんて、みんなきっと知らないんだろうな……


 お前は伝記で英雄扱いになってるよ……


 だけど、その勇気と思いだけは、見習わないといけないよな……


 ほんとセーレを愛してたもんな……


 愛か……


 オレは家族でもなんでもない奴をそこまで愛したことはないよ……


 前世でそこまで思える人がいたなんて信じられないよ、ったく……


 この先オレにもそんな人が現れるといいんだけどな……


 あ、もう死ぬんだったな、オレ……


 もしまだ人生が続くなら……


 まだ続けられるのなら……


 オレにも……


 ――



「……スケ、ケイスケ……!」


 急に辺りが明るくなり、優しく吹く風に乗せて、頬に何か暖かいものが落ちてきた。


 誰かの泣き声と共に。


「……お願い……、生きて、生きて……!!」

 


 ――リラだった。

 


(そんな風に泣くなよ……聞こえてるからさ、その願い……)



「ケイスケ! 起きろ、起きるんだ!!」

 


 さっき倒れたはずのエダーの声までもが不思議と聞こえる。


 ましてや、名前で呼ばれている。


(いつもこいつだの、お前だのって言ってるくせにさ。エダーまでオレに頼るのかよ……)


 胸部がとても暖かい。

 リラが白魔法でこの傷を必死に癒してくれているのが分かる。


 まるであの時と一緒だ。

 湖畔で助けられた時と。


 生まれ変わってまでもまた、リンガー王国の王女に今、命を助けられている。


(なんて学ばない奴なんだろうな……)



 だが、何度でも伝えたい思いがこの胸に溢れてきた。



「……リラ、ありがとう」


「……ケイスケ!……良かっ……」


 安堵したリラの涙まみれなその顔が今ならはっきりと見える。


「おい、早くっ……しろっ……! 切るんだ、こいつを……!」

  

 血だらけになって倒れていたはずの青白い顔のエダーがその苦痛に耐えながらも、必死にぬかるみの地にバーツの背中を抑え込んでいる。

  

「おい、どけや! いきなり後ろから突進するなや! 死にかけのくせに! あほ! ばか力エダー!」


 言うことを聞かないこの足に力を入れ、剣をまた握りしめると、バーツの前へゆっくりと立った。



「……これで終わりにしよう」



 ――剣を振り上げたその時だった。

 


 突如、地面が激しく揺れ始めたのだ。

 足元の大地に大きな地割れが入り始める。


「なんだ……!?」


 その地割れから咄嗟に飛びのいた。


 そして、その深い地中から出てきたものを見て、自分の目を疑った。


 それは象よりも大きく、少しでも近付くだけで大火傷しそうな程の真っ赤な炎を揺らめかしながら全身にまとう大トカゲのようなものだった。

 


「……サラマンダーだわ!!」



 リラは驚嘆し、目を見開いている。 

 

 すると、その炎をまとった生き物は唐突にエダーへ勢いよく突進したのだ。


 土と血まみれになりながら激しくこの大地に転がったエダーをよそに、泥まみれのバーツをゆっくりと口にくわえた。


 そしてこちらへ振り向き、その燃えるような瞳でじっと見つめてきたかと思うと、再びあのひび割れた大地へ戻ったのだ。


 一瞬の出来事だった。

 

 何が起こったのか、理解するのさえ時間がかかった。


「……火の精霊が……まさか……、バーツを、助けた、のか……?」


 地に這いつくばっているエダーがそう呟くと、力尽きたように動かなくなったのだった。

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