第二章 10.暗空

「くっ……」

 

 暗くなり始めた淀んだ空が目に入った。

 咄嗟とっさに剣で防いだものの、この土色の大地にまるで棒切れのように勢いよく吹き飛ばされたのだ。

 

「……ケイスケ!!」

 

「神速のバーツ……! またお前か……!」


 自分の名前を大声で呼ぶリラの心配そうな声と、険悪な空気をまとうエダーの声が響き、直ぐ様その二人から剣を抜く音がした。


「……なんだ、アイツ……」


 剣を支えにどうにか立ち上がったが、脳震盪のうしんとうを起こしたのか、頭がくらくらし、目の前の視界もかなりぼやけている。

 それにあばらも折れたかもしれない。

 脈打つ度に胸部から激痛がする。


 バーツと言われる男は銀色に輝く大きめの槍を持っているようだった。


 その男の周囲に、先程の戦いのせいで戦う気力、体力さえも既にないであろうリンガー軍の兵達が肩で息をしながらも、ただちに囲い始めた。 


 だがバーツは右手に持つあの槍で、勇敢に立ち向かうその疲弊ひへいした者達を、容赦なく次々になぎ倒していったのだ。

 

 それは振るだけで、まるで竜巻が到来したかのような威力だった。

 

「まだ終わりじゃないのかよ……」


 また、まただ、何度でもこの無情な戦いは繰り返される。


 その時、バーツが兵士目掛け槍を大きく振った時、その疾風に乗せて、真っ赤な炎が勢いよく飛び出した。


「……なぜ炎が!?」

 

「ワイが炎出すってどういうことか分かるか? なぁ、エダー」


「……まさか」


「そのまさか、かもや!」


 既に憔悴しょうすいしきったエダーへ不適に笑ったバーツは凄まじいスピードと威力で切りかかった。


 金属が激しく打ち重なる音と共に、剣と槍での二人の打ち合いが何度も繰り広げられる。


 エダーの大降りな攻撃に、地面を軽く蹴り、素早く横に飛び跳ね避けるバーツ。

 まるで足にバネでも付いているかのようだ。


 その時だ。


 咄嗟とっさにバーツがもたつくようにバランスを崩したのだ。

 

 土の精霊だった。

 バーツの左足をその小さき手で地に留めていたのだ。

 

 そこを見逃さなかったエダーが、素早く剣を構え直し、バーツの腹部にするどく尖った先を入れるように突き動いた。

 

 だがバーツはすぐに体をひねるように回転しながら避け、同時に疾風の如くその槍を突き出した。



 ――エダーを吹き飛ばしたのだ。



 彼の鎧が木っ端みじんに粉砕し、この枯れ果てた大地へ無惨にも散らばった。


「エダーっ!」

 

 リラの悲鳴のようなその声が響く。


 エダーは仰向けになったまま、明らかにぐったりとしている。


 彼の胸部からは流血し、この土にまみれた大地へ染み込んでいく。


「エダー……! くそっ!」


 するとバーツは、あの土の精霊をいとも簡単に遠くへ蹴り飛ばした。


「変な邪魔が入ったわ~。あー! 麗しき王女、リラちゃん!! また会えて嬉しいわ~! わいの嫁さんにはよ来てな~!」


「ふざけるな……! エダーになんてことを……!!」

 

「気が強いリラちゃんも好きやわぁ~! ま、今日はあいつに用があったんで来たんやわ~ティスタの生まれ変わりっちゅー奴! お前あの時、クリスタルのセーレちゃんと一緒におった奴やな~」


 仁王立ちでなぜか楽しそうにこちらを指差している。


「……リラ! 早くエダーや兵達に白魔法を! オレがこいつを引き付ける……」

 

 一刻も速く皆を治療しなくてはならない。

 それにもう、リラにあんなケガは二度とさせたくない。


 不甲斐ない自分とはもう縁を切ったんだ。

 

 ふらつく足に力を入れながら、片手で持っていたこの剣を、両手に力強く持ち替えた。


 向かい合うバーツというこのつり目の男は、同じ年頃で、長髪で燃えるようなオレンジ色の散切り髪を下の方で一つに結び、耳には大きめの丸い耳飾りをしていた。

 

 素肌には赤い丈長のベストのような服を一枚羽織り、ゆったりめのパンツスタイルだったが、その小麦色の胸の上には、サガラと同じような黒い稲妻模様の刻印があった。


 そしてバーツのその目は、まるでたまらなく愉快なおもちゃを見つけた子供のようだった。


「さっきの戦い見てたでー! すげーや、お前の力! サガラをやっちまって、まーちょっと引いたけど。でも強い奴は好きやでぇ! さぁ……わいと勝負しぃや!!」


 そう言い放つと、次の瞬間、バーツの開いた瞳孔が目の前に現れた。

 

(なんて速さだ……!)


 右から槍の突きが素早く入ってきたのを、ギリギリなところで受け止めた。


「うっ……」


 バーツの重くのし掛かる槍をどうにか押さえ続ける。

 全身に力を入れたからか、先程折れたあばらが激しく痛む。


 堪えろ、堪えるんだ。


 ぬかるんだ地に辛抱強く踏みとどまるこの足が段々と押されていく。


 それにこの尋常ではないスピードは一体どういうことなのか。

 全く動きが見えない。


 すると途端に剣から重みが消え去った。


(次の攻撃が来る……!)


 今度は左からか。

 もはや勘で動くしかなかった。

 

(気を抜くな、集中しろ……!)

 

 その時、右隣から勢いよく振り落とされた剣が視界に入った。


 バーツはその細めの剣を軽く避け、まるで高跳びのように背中で曲線を描きながら宙を舞い後ろへ飛んだ。

  

「ひどいやん、リラちゃん。わいを殺す気や~。前はあんなに優しくしてくれてたやん~」


 ストっと軽々に着地したバーツは、相変わらずへらへらしている。

 

は今とは違う……! 何もかも……! ケイスケ、大丈夫!?」


 剣を素早く持ち直すリラ。

 その彼女の隣で、何度も大きく酸素を吸い込みながらまたこの剣を構えた。


 緊迫した空気が流れる。

 

「ケイスケって言うの? そいつ!」

 

 また目の前からバーツが消えた。



 ――来る。



「リラ! もうエダー達のところへ行けっ!! 時間が……!」


 こんな状況がずっと続けばバーツを引き付ける事さえ出来ず、エダー達も救えない。


(くそっ、オレは囮さえなれないのか……)



 その時だった。



「ぐっ……!」

 


 もろにバーツの打撃を受けてしまったのだ。


 隙を突かれてしまった。


 胸にとてつもない衝撃が走る。


 この防具の数多の破片がまるでスローモーションかのようにゆっくりと宙に舞っている。

 

 凄まじい衝撃と共に地面に強く叩き付けられた時、またあの空模様が見えた。


 もう闇に包まれようとしている。


 背中から感じる大地の温度はなぜか生暖かい。


(まさか……血、かよ……嘘、だろ……)


 リラが自分の名を呼んでいる気がした。

 

 だが次第にその声が遠のいていく。


(あぁ、この感覚……かなり、昔、感じたこと、ある、な……なんだっけ、かな……もう、忘れた……な……)



 あの空がなぜか先程よりとてつもなく暗い。



(なんで、あんな、に……暗いん、だ……)



 そして、もう何も見えなくなってしまった。

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