最終章 9.開戦
「なんだって!?」
「彼女はまた自分を犠牲にしようとしていた……自分の気持ちに嘘をついてまで……」
驚愕しているエダーにそう伝えると、彼女のその気持ちを知ってか彼もまた思い詰めたようにその表情を曇らせる。
「……セーレ様はもう十分苦しまれたわ、そして人々を救った。もう幸せになってもらわなきゃ。ね、そうでしょ、ケイスケ」
リラは静かに微笑み、共通の思いを口にした。
「あぁ、もちろんだ。そのためにもここまで来たんだ」
セーレが気に掛ける己自身や人々に対する思い、その気持ちはよく分かる。
国を、人々を、あの時から
だが今ならわかる。
それが己を犠牲にし、自らの幸せを摘み取ろうとしていることを。
もう正直になってもいいはずだ。
その『欲』に。
「だが、さっきの声は何だったんだ……?」
エダーが低い声で問う。
「あの声の主は分からない……。だがきっと何かに繋がっているはずだ、この先の何かに……」
辿り着きようもないどこまでも永遠に続く青い地平線へ目を向けた。
だが、あの向こうにきっと行けるはずだ、そう願いながら。
「……あっちでは戦いが始まる頃だ」
エダーが見えるはずもない地へ目を向け、ぼそりと呟いた。
完全なる朝日を今、空に迎え、
「俺達も夜の戦闘に備えるぞ、お前らも準備を怠るな!」
エダーの一声で、兵士達の背筋が伸びる。
彼のおかげで更に士気が高まったようだった。
「ケイスケ様、大丈夫ですか? 先程何か不気味な声がケイスケ様の名を言っていたので……」
こちらへ小走りに駆けよってきたグダンは、眉をひそめて心配そうに自分を見つめる。
その優しそうな目元が、ティスタだった頃によく話しかけてきてくれたジダンを思い出される。
「あぁ、大丈夫だ、グダン。いつも心配かけるな」
「……僕、ケイスケ様と出会えて、お役に立てて、とっても嬉しく思ってます!」
「なんだよ、急に!」
藪から棒に、グダンは突然その気持ちを伝えてきた。
彼は拳をぐっと握り、顔にも力が入っている。
そんなグダンの真っすぐで澄んだ瞳に見つめられながらそんなことを言われるとなんだかとても照れ臭い。
「僕は、ひいじーちゃんがしたくても出来なかったことをしたいんです。言いたくても口に出せなかった事……、戦いたくても戦えなかったこと……、もし言えるなら、出来るなら、声を大にして言って、したいんです……! それがティスタ様の生まれ変わりであるケイスケ様に出来るなら、こんなに嬉しいことはありません……! ひいじーちゃんもきっと喜んでます!」
「グダン……お前って奴は……」
目を少し潤ませている彼は間違いなくジダンの思いを受け継いでいる。
後世の世代にまでその気持ちを伝え続けていくことは決して安易ではないはずだ。
もしかするとそれを担っているものがジダンの書いた伝記本『セーレとティスタ』なのかもしれない。
「それって案外出来ない事だと思う。すげーよ!」
「……ありがとうございます! ケイスケ様!」
グダンの顔が春を迎えたかのようにパッと明るい表情になる。
そんな彼を見て、自分の中にも暖かな
――
航路は順調に進み、ゴル帝国の陸地を望遠鏡で捉えるところまでたどり着いた。
太陽はだいぶ傾き、海原に向かっている。
「もうすぐだ! 気を引き締めろ!」
活力あるエダーの声が空から暖色を帯びたこの船へ響き渡る。
すると、海風をいっぱいに受けている帆の太い柱にある高台の見張り台から大きな声が届いた。
「エダー隊長! 城に、ゴル城に、赤い何かがいます……!」
見張り台にいるその兵士は慌てた様子で、声を荒げている。
「何がいるんだ、はっきり見えるか!?」
エダーが大きな声を立て、遥か頭上の見張り台の兵士へ尋ねた。
「あれは……」
望遠鏡を覗き込んだその兵士は、なぜかまじまじとそれを見つめているようだ。
「そんな……あれは……サラマンダーです……!」
「なんだと!? 確かなのか!?」
エダーはまだ目視出来ない遥か遠くのゴル城へ急ぎ目を向けると、上空の兵士が答えた。
「……はい、あの姿、形、炎の色はサラマンダーで間違いありません」
「サラマンダーって、あの
「ええそうよ、ケイスケ。サラマンダーはバーツを助けたわ。……火の精霊はもはや敵と見なしたほうがよさそうね」
リラが自分の問いへ冷静にそう答えたが、その表情はとても複雑そうに見えた。
「このまま夜になるのを待つ。そして闇と共に開戦だ! ゴル城にはサラマンダーがいる……。皆、用心しろ……!」
船上の兵士達に向け、エダーは力強く声を張り上げた。
するとリラが船底を覗き込むように、海へ身を乗り出している。
「どうしたんだ?」
「何かいるわ……」
一緒に海面を覗き込むと暗い海の中で何かがうごめいている。
波も先ほどより荒くなってきているようだ。
「なんだ……?」
すると近くの帆船から突然、大勢の叫び声が上がった。
すぐ様そちらへ目を向けると、その船の船尾に何かが張り付いている。
それは真っ暗で細長く、昆虫の足のような形で、いくつも海から飛び出し、ゆっくりと品定めをするかのように動いていた。
その足の大きさはこの巨大な帆船をまるごと海へ呑み込んでしまいそうな程だった。
その足に捕まれている船はどんどんと海へ引っ張られ、その深い海底へ引きずり込まれようとしていた。
まだ動ける兵士達がその何本もある闇色の足を必死に剣で切ってはいるが、次から次に海から飛び出る真っ黒な足は全くその船を離そうとしない。
見る見るうちにその帆船が海へ傾いていく。
「魔物なのか!?」
「そんな……船が……」
「くそっ! おい二番船! 全員船から脱出するんだ!! その船はもう捨てろ! くそっ!!」
リラの震えたような声に続き、近くにいるエダーが船から身を乗り出し、その無惨な船へ向かって大声で叫ぶ。
もうその船下は海上へ浮かんでおらず、船に張り巡らされた多くの縄に必死にぶら下がっている者達が大勢いた。
すると次第にどの船からも多くの叫び声が上がり、乗船している兵士達は慌ただしく船上で剣を抜き、その細く黒い巨大な虫のような足へ刃先を何度も入れている。
すぐ隣に浮かぶ船からは救助用なのか小舟が慌てて降ろされてはいるが、あの魔物のせいなのか、途端に大きく帆船が傾き、夕暮れの海へ水しぶきを上げ落ちていく者も続出している。
その時、自身が乗っている船も大きく揺れ動いた。
リラやエダー、グダン達もすぐ側で必死に柱や太い縄にしがみついている。
「リラっ、大丈夫か!?」
一番近くにいたリラへそう投げかけたその時だった。
目の前にあの巨大で不気味な漆黒の細長い足が勢いを付けていくつも海から飛び出してきたのだった。
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