最終章 3.輝き
「リラ……!?」
「やっぱり! ここだと思ったの、ティスタの思い出の場所だから」
にこやかな彼女が隣に来た途端、穏やかな風が傍を優しく通り抜けていく。
そして、二人が立ち並ぶ目の前の広大な水面上には、神々しい満月と星空が映し出され、麗しく清らかに輝いていた。
「あぁ、ここはあの二人の始まりの場所でもあって、オレの始まりの場所でもあるから……。戦場に向かう前に一目見ておきたくてさ。リラはどうかしたのか?」
「あなたを探してたの……謝りたくて……。言ってなくてごめんね、この力の事……。それに、エダーに聞いたでしょ? 私が妹であることも……」
すぐ横で佇む彼女はうつむき、申し訳なさそうだった。
「いや、余計な心配させたくなかったんだろ。びっくりしたけどな。それに話せないことは誰だってあるさ。だけど……」
「……もう戦うなってこと?」
「……正直言うと行かせたくない。……だけど、リラはどう止めたって戦場へ行ってしまう、分かってるさ。だから、オレやエダーもリラを守る!」
彼女に明るく笑いかけるように言った。
「私もあなたやエダーを守る! 私は大丈夫。こう見えて結構強いのよ! 心配しないで、大丈夫だから!」
リラもこちらを覗き込み、楽しげにそう言う。
――セーレと同じだ。
彼女も笑いながら『大丈夫だから』と言った。
その後旅立った、ティスタの元から。
――そして彼女を守れなかった。
また繰り返してしまうのではないか。
リラのその笑顔を見ていると、あの過ちを思い出し、不安で押し潰されそうになる。
この胸の心臓を誰かにぎゅっと握り潰されているかのように、苦しく、きつく、締め付けられる。
「……リラ、オレは……もう二度とあの過ちを……」
「……ねえ、ケイスケ、なぜティスタがここまで国に
「え……?」
その凛とした真っすぐな瞳に吸い込まれそうだ。
「それはね、守りたい者の為に最後まで戦ったからなのよ。例え命を落としてでも愛する人のために最期まで戦い抜いた。結果としてセーレ様を守りきれなかったとしても、彼のその真っ直ぐな気持ちと勇気が称えられているのよ。それはこの国で生きる人達の光なの」
「光……?」
「えぇ、ティスタの勇気はこの国みんなの希望の光なのよ。私も彼のようにそうでありたいの。この身を持って」
白いローブの上から胸に両手をそっと添える彼女の周りには、なぜかとても儚げな風を
彼女がティスタの勇気を
そうなりたい、とも。
過去の己自身の過ちをリラは暖かく迎え入れてくれる。
そんなリラを見つめると、今まで溜め込んできた何かが
「オレは……ティスタがなぜこんなに、
その言葉を吐き出した瞬間、ずっと気付かぬふりをしていた事に気がついた。
――このやりきれない劣等感に。
「……ケイスケ、結果だけを見ないで。ティスタや、ケイスケの勇気で、心動く人もいるのよ。それだけは信じて」
「だが、オレは失敗したんだ……こんなにもみんなを苦しませて……」
詰まらせた声に呼応するかのように、目の中が熱くなり始めた。
するとリラは、下を向く自分をそっと抱き締めてくれた。
彼女の暖かな体温を感じる。
この心に安らぎを与えてくれるリラの優しさに安堵し、どうしようもなく頬に温かいものが流れていく。
「……大丈夫だから。例え過ちだとしてもそこをちゃんとあなたは認めて進める優しい人よ。それだけで十分。私を信じて」
彼女のその柔らかく暖かな声が耳元で響き渡る。
過去の失敗や弱い自分も、全て受け止めてくれるというのか。
何も出来なかった自分を認めてくれるというのか。
「リラ……」
こんなに繊細で強い女性がいるのだろうか。
彼女の前ではこんなにも自分は弱くなってしまう。
全てを洗いざらいさらけ出してしまう。
そんな彼女の細い体をそっと抱き締めた。
なんて落ち着き、心休まるのだろう。
「私があなたを支えるから……」
――その時、心の一番奥底にあった輝きを増す何かに気が付き、おかしいくらいに涙が溢れてくる。
もう目をそらすことも出来ない
彼女がこんなにも掛け替えがなく、大事な存在に成長していたこの事実に――
暖かな風がこの頬の水滴を拭うように触れ、湖畔に立ち並ぶ木々のささやき声が聞こえ始めた。
「リラ……、もう二度と、二度と……! 大事な人を失いたくないんだ……」
震える腕で彼女の体を更に引き寄せる。
「オレは……リラをこんなにも……」
――次の瞬間、あの時の思い出が走馬灯のように甦った。
セーレと出会い、思いを通じ合わせた日、彼女を失った日。
頭にまるで電撃が走ったかのように、ティスタだった頃の思い出が次々に蘇ってくる。
『もう一度……もう一度、あの世界へ――』
頭の中にティスタの声が響く――
「ケイスケ……?」
リラが自分の名を呼んだ瞬間、目の前の湖から強い突風が吹きつけてきた。
その風に当たり散らされた木々からの凄まじい葉音と、風と風がぶつかるような暴風音が耳に激しくつんざくように響く。
そして目の前の湖畔では次々に大きな波紋ができ、それぞれが激しく何度もぶつかっていく。
次第に湖の上には竜巻のようなものが出来始め、段々と大きくなり始めた。
すると周囲の風景までもがその竜巻に飲み込まれるように、木葉や水、枝や小石までもが凄まじい速度で吸い込まれていく。
その激しい勢いにリラを庇うようにこの体で彼女を覆うと二人で頭を下げ、食いしばるように目を閉じた。
――ゆっくりと目を開けた。
あの見慣れた古い自室に一人だけで立ち尽くしていたのだった。
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