第一章 11.認められない気持ち

 王女は帰り道に教えてくれた。

 王族の部屋には各自使える緊急用の隠し道があることを。

 普段は鍵がかかり、通れないとのことだった。


「じゃーん! 見てみて! 実は持ってるの!」


 イタズラな笑みを浮かべ、その鍵を見せてくれた。

 警備兵の目を盗んで頂戴したと得意気にケラケラと笑いながら言う。

 ちょろかったわ、との発言に見た目との落差がまたすごい。


「これも私とティスタだけの秘密ね!」


 二人だけの秘密だと、あっけらかんと王女は言う。

 それだけでティスタの胸の中はまるで春の日差しが差し込んだかのように暖かくなった。

 

 おっとりしていて穏やかで物静かだと誰もが思う目の前の王女は、どうやら見た目とは裏腹な正反対な素性の持ち主のようだ。

 皆の前ではあのように振舞ってはいるが、ティスタの前ではただの無邪気な子供のようだった。

 王女のしとやかな振舞に不思議に思うこともあるが、王族にはきっと王族ならではの気苦労があるものだと思う。


 そんなセーレ王女の部屋周辺を警備し、戦場で戦った兵士達の治療へ出掛けられる際は共に同行した。


「よく頑張りましたね」


 王女が多く過ごす時間は、兵士一人一人にいたわりの声を掛け、白魔法で優しく傷を癒す日々だった。

 彼女の優しさに触れ、癒され、兵士達はまた力を取り戻す。

 そしてそんな彼らを再び戦場へ見送る彼女はいつも悲しそうだった。


 戦争が終われば、彼女のこんな顔をもう見なくてもいいはずだ。

 無邪気な笑顔でいつも笑ってほしい。

 そう願っても、ゴル帝国との闘いは強さを増していくばかりだった。

 そんな先が見えないこの暗い世で、偶然出会えたこの奇跡のような彼女をずっと守り続けたい。

 例え何があっても――


「守る……!」

 

「何を守るんだ~兄ちゃん」

 

「すみません、心の声が漏れ出てしまいました!」


 話しかけてきたのは一緒にセーレ王女の警備をする古参兵士、ファスト・ジダンだ。

 古参と言ってもティスタより数個年上の若い兵士であり、かなり若くして入隊したとのことだった。

 

 パッと見、もの優しそうな印象の垂れ目だが、無精ひげを生やし、少し伸びた髪を後ろで束ねている彼は、結構なおしゃべり好きのようだ。

 今夜はそんなジダンと二人で、セーレ王女の寝室前を警備している。


「兄ちゃん、おもしれぇな~」

 

「お褒めいただき、光栄です!」

 

「もうだいぶこの仕事にも慣れたか?」

 

「はい! だいぶ慣れてはきましたが、まだまだ至らない点があり、改善していきたい次第です!」

 

「……セーレ様のためにか?」

 

「はっはい! もちろんです!」

 

「くくく……っ」


 急に笑い出したジダンに、呆気をとられる。


「何か可笑しいことを言いましたか……?」 

 

「いや、兄ちゃんマジで可愛いな~分かる、分かる。王女って美しいからな~その気持ち、わかるわ~うんうん」

 

「……!? 何をおっしゃっているのですか!?」


 一気に熱を持った顔を、慌ててジダンから背けた。


「照れなくていいって~若いっていいな~」

 

「照れてなどおりません! それにジダンさんとオレはそんなに年が変わりません!」 

 

「あれ? そうだっけ~、ま、ほどほどにしとけよ!」

 

「……何をですか!?」

 

「分かってるくせに~」

 

「意味が分かりませんが!」


 ジダンが遠回しに言っている事を分かっていた。

 痛い程に。

 しかし受け止めたくはなかった。

 受け止めてしまえば、認めてしまうからだ。

 この気持ちを。


「ま、住んでる世界が違うからな~身の丈にあった女を探せってな!」


「……」


 この目の前の男は、まるで自分の気持ちを代弁しているようで、すごく苦しくなる。

 分かっている、分かっているんだ、そんなことを幾度となく繰り返す。


 その時、部屋のドアが開いた。

 寝ていたはずのセーレ王女が立っている。

 今の会話を聞かれたかもしれない。


「も、申し訳ございません! 起こしてしまいましたか!?」


 ティスタは慌てて口を開いた。


「…いえ、喉が渇いたのです。申し訳ないのですが、水を取ってきてきていただけませんか?」


「はい! しばらくお待ち……」


「わたくしが行って参ります!」


 ジダンが急に口を挟んできた。


「いえ、ここは後輩の仕事ですから! オレが…」


 そう言いかけた頃には、ジダンはもう遠くにいたのだった。


「え……」


 あの先輩は一体何を考えているのかさっぱり分からない。

 余計に気恥ずかしくなってしまう。

 ましてや王女と二人きりになった今、いつも以上に戸惑いを隠せない。


「……セーレ様、しばらくお待ちください!」

 

「……」


 なぜだか今夜のセーレ王女は元気がない。

 いつもなら二人きりの時は無邪気に今日の出来事などを話してくれる。

 この沈黙をどうにか食い止めようと、話題を考えたがどうにも浮かばない。


「あーー今夜も月が綺麗ですね……」


 雨音が城中に響いている。

 

「……ティスタ、話があるの」 

 

「な、なんでしょう!?」


 声が裏返らないよう必死に抑えながら、返事をする自分が情けない。


(は、話!? なんだ!? さっきの話やっぱ聞かれてたのか!?)


「……私、ゴル帝国に嫁ぐことになったの……」


 ティスタの心臓は、この世の物とは思えない程脈打つのだった。

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