第一章 3.不可解

「あ、気が付いた!」


 微笑みかけてくる誰かがいる。


「い、いおり……み、み、みず…………」


「あ、水ね! はい、これ!」


 ゴルブレットのようなコップに入った水を受け取り、ぐびぐびと必死に飲み干した。


「はーーまたとんでもない夢見ちまったよ、いおり……」

 

「大丈夫?」

 

「……え!? 誰!? いおりじゃない……!」


 誰だか全く分からない。


 歳は同じくらいだろうか。

 艶のある長い紫がかる髪色を持ち、横髪だけ透き通るような白だ。

 それは妹とそっくりな髪色だった。

 そして現代的な格好とは無縁のヨーロッパの中世時代の貴婦人を武装させたような不思議な格好をしているが、高貴な空気感を持っているかのような貴賓ただよう小顔の綺麗な女性だった。


「ごめんなさい、私はいおりじゃないわ、リラって言うの」

 

「あ、スミマセン……、ここってどこですか……オレ部屋で寝ていたと思うんですが……」


 あろうことか、この寝ていたベッドもいつもの古い二段ベッドではないことにも気が付いた。


 辺りを見渡すとやはりいつもの部屋でもない。

 石で出来たようなごつごつとした殺風景な部屋だ。


 あまり使われていなさそうなベッドと古そうな机しかないこの六畳ほどの狭い空間に、突然生えてきたような大きな石の柱があった。

 

 そこに頭まで持たれかかりながら腕を組み、こちらを見下すように睨み付ける背の高い男が立っていた。

 自分より数個年上の年齢だろうか。


「おい、お前誰だ」


 そう低い声で口を開いた頬に大きな傷を持つ短髪で強面こわもてな男は、またもや現代の洋服とはかけ離れている甲冑を身に着けた格好をしており、左の腰には剣のようなものさえ見える。

 あれはまさか小道具に見せかけた凶器だろうか。


「誰って、そっちこそ誰……?」


 この訳の分からない状況さえ恐怖な上に、不可思議な格好をした剣のような物を持っている者までいる。

 おまけに名前まで聞かれているこの状況だ。


 誘拐目的か、金目的なのか、何なのかは分からないが、簡単に個人情報を教えるわけにはいかないのがこの現代の習わしだ。


「誰って、お前名乗らないってことは、やっぱり……!」

 

 その赤髪の男がとてつもないえげつない顔で剣の柄を握りしめている。

 この状況で質問に歯向かった自分を瞬時に心から悔やんだ。


(な、名前ぐらい教えれば良かった……!)


「ちょっと待ってエダー! 彼は一般人かもしれないのよ!」


 リラと言っていた女性が少し困ったような表情で、エダーと言われる彼をなだめてくれている。


 自分を救ってくれている姿がより一層美しく見えるのは気のせいだろうか。

 彼女もやはり剣のような物を持っている。

 だが彼女から威圧感は感じない。

 逆に暖かささえ漂う癒しオーラが出ているようだ。


 そんな彼女が言う『一般人』というキーワード。

 

 普段よくテレビから耳にするこの言葉から、自分のことをなぜかこのエダーという男に芸能人とでも思われ、金目当てで誘拐されたのではないか、とそんな結論が脳裏に浮かんだ。


「自分は芸能人ではありません!」


 誤解を解こうと思わず慌てて口走ったが、瞬間的にやばいと思った。


「は!? ゲーノー人!? 何訳分かんねーこと言ってんだよ!!」


 エダーという男は、先程よりもっと恐ろしい形相で今にも剣を抜き、切り出しそうな勢いでこちらに乗り出しそうになっている。


「うわっちょ、ちょ、ストップ……!!」


「ちょっとエダー! 待って、待ってってば!」


「くそっ!」


 今にも自分を切りそうだったこのエダーと言う男を必死にこの女性が押さえてくれたおかげで、仕方なくその男は年期の入った木のベンチにどすっと座った。


「彼、さっきの状況もよく分かってないみたいだからイチから話していきましょ」


 そう言いながら、女性はゆっくりと話し始めた。

 どうやら芸能人誘拐事件の話では無さそうだ。


「さっきの状況……?」


 あまりにも不可解な状況だ。


「あのね、さっきまであなたは永遠の大草原オロクプレリーにいたの。そして、ゴル軍に弓で左足を打たれて……おまけに脱水症状まで起こしていて危ない状態だったの。ギリギリで間に合って本当に良かった」


 敬介を心配そうに見つめている。


「え……何言ってるんすか……足なんてケガしてないですって! さっきは喉カラカラだったけど、脱水症状って程じゃ……」

 

「お前、何言ってんだ?」


 明らかにイライラしながら、腕を組んでベンチに座っている男が口を挟んでくる。

 さっきから自分が発する全ての言葉を信じる気がなさそうだ。


「いやだから、足なんてケガして……」


 掛けられていた毛布をはがすと、真実と言わんばかりに穴が空いたボロボロのズボンが目に入ったのだった。

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