第3話 黄金を剥がして
いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び毎日を暮らしています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々な営みを、ひととき、覗いてみましょう。
今日の主人公はアンナさんと花売り男。
二人の秘密が始まった瞬間を、覗き見です。
P-PingOZ 「
アンナ・ウェルフェア夫人。
亡夫の莫大な遺産を相続したご婦人が亡くなったという報せは、すぐに葦の歌う【ゴシップとして話題になる】ところとなりました。
人生を三度遊んで暮らせると言われていた財産は三分の一に減っていて、しかも、亡くなる直前まで出張花売りの男が出入りしていた、と言う噂。ご遺族、特に夫人のお姉様がそれはそれはお怒りで、血眼でその花売りを捜そうとしましたけれど、男性はまだ見つかっていないそうです。
💰
ましろ地区、午後3時の某キャッスルマンション【富裕層向け高層複合マンション】。白と淡い橙色の上品な寝室で、車椅子の女性と若い男性が向き合っています。なんだか、険悪な雰囲気です。
車椅子の女性が、アンナ・ウェルフェアさん【40歳/女性/資産家】。険しい表情のお相手は、
アンナさんは長らく彫像病【全身の筋肉が徐々に衰弱し、動けなくなってしまう病気】を患っており、旦那様に先立たれたばかり。そんな彼女を慰めるため、アンナさんの姉に雇われたのが、派遣型花売りの誓さんです。
彼女たちに、一体何があったのでしょう? きっかけは、アンナさんの頼み事でした。
「今日は日差しが柔らかくて、いいお日和ね」
アンナさん、双眼鏡から目を離して誓さんを振り返りました。これで覗く眼下の世界について、誓さんにあれこれ尋ねるのが二人の楽しいお喋りの時間です。ですが、今日のアンナさんは、あまり元気がない様子。
「貴方、こちらご覧になって」
いつものように、誓さんに手渡される双眼鏡。
「下の道路に、子どもたちが見えまして?」
「……ええ。男の子と女の子? 来た時にもいたけど、良い服だったね」
「お隣の子ども達なんです」
「ああー……確か、仲良くしてるって」
「まあ。よく覚えてらしたわね」
「アンナさんの事なら何でも覚えているよ。それで?」
「お父様が亡くなられたんです。その……ご自分で、お命を……」
アンナさんは、整ったブロンドを指にからめます。
「それは、驚かれたでしょう」
誓さんの慰めに、アンナさんは目を伏せます。
「それも悲しいことだけれど、お父様の財産がお勤め先だったヘイゼル社に差し押さえられて、あの子らへ渡らず、家にも……」
「帰れないんだね」
オズに本社を構える企業の社則は、時に法よりも強く従業員を呪います。お隣は、出した損失を金銭以外で賄うケースだったようですね。
「わたくし、何かしてあげたくて」
アンナさん、膝掛けの下から革袋【革袋/使い捨てクレジットカード全般を指す】を取り出します。「これを、あの子達に渡して欲しいの。金貨が百枚入っています」
うつぶし地区の平均年収くらいの金額です。誓さんはそれを聞いて、難しい顔になりました。
「質問、いいかな」
「ええ」
「お金を彼らに渡して、その後は?」
首を傾げるアンナさん。
「ここから出たことのない子が、大金を持っているのはとても危ない」
「公的機関で保護してくださるのではなくて?」
「貴女が期待しているものは、錆びたブリキと同じだ。分からないのも無理はないけれど」
キャッスルマンションには、必要な施設がほぼ揃っています。アンナさんのように、ほぼ一生、ここから出なくても良いぐらい。彼女は、マンションの外に、知らない種類の悪意があると知らずにいるのです。
「公営の施設で引き取られて……結局、ヘイゼル社が身元をおさえて、損失補填に使われる」
誓さんの苛立ちも、無理のないことです。今話したことは誓さん自身の過去のこと。彼は親の損失補填のため、会員制違法花売りを強制されていました。そのせいか、どうしても厳しい事を言ってしまうのです。こんな風に。
「……そんな中途半端な手助けなら、しない方がまだ良い」
――こうして、番組冒頭へ戻って来ました。
アンナさんは、誓さんを穏やかな顔で見上げました。
「だから、貴方にお願いするんです。貴方なら、わたくしより、使い道を知ってらっしゃるはずだもの」
そして、アンナさんは誓さんの手を握りました。
「わたくし、とても幸せな人生でしてよ。病気との付き合いは大変だったけれど、満ち足りて、良い夫(ひと)にも出会えたもの。まさか私より早くいなくなるなんて、思わなかったけれど」
アンナさんは、写真立ての旦那様に微笑みました。それから、至る所に取り付けられた防犯カメラを眺めます。
「あれは、他の家族が置いていった目と耳です。……貴方もそうでしょう?」
誓さんはそっと手をほどくと、アンナさんの膝掛けを直します。
「この半年、ただお喋りだけで過ごしたのは、思うところがあったからではなくって? 」
「……」
「夫と出会っていなくて、もう少しお嬢さんだったら、わたくしも分からなかったでしょうね。お顔立ちも王子様みたいなんだもの」
「貴女だって美人さんじゃないか」
「いやだわ、皆様にそうおっしゃってるんでしょう?」
これには誓さんも、根負けの苦笑い。
「……最近、手の指も痺れて動かなくなるんです」
うつむいたアンナさん、穏やかに語ります。「もう数ヶ月で、わたくし、動けなくなってしまいます。そうなる前に、本当に困っている方の為に、お金を使ってしまいたいの」
「……」
誓さん、大きなため息をつきました。
💰
「そうおっしゃるなら、分かりました。僕で良ければ力になりましょう」
アンナさんはにっこり微笑み、革袋を託します。
「そう言ってくださると思いました」
「仕方のない人」
「ふふ」
アンナさん、誓さんに車椅子を押してもらいリビングへ向かいました。
「子供らに、食べ物を少しいただいても?」
「ええ。ぜひ」
誓さん、冷蔵庫から水のボトルとルビーのような林檎を二つずつ持ち出します。
「どうもどうも。……ふふ」
冷蔵庫を閉め、玄関へ向かう誓さんから、小さな笑い声が聞こえてました。
「あら。どうかして?」
玄関で革靴を履いた誓さんが振り返り、弾むように囁きました。
「秘密を作っちゃったね。楽しい秘密を」
プリンシパルの様に優雅なお辞儀。
「じゃあ、また来週」
ドアがゆっくりと閉まりました。
……数分後。
「こんにちは」下のポーチで、誓さんは子ども達に声をかけます。「いつからいるの?」
「おととい……」
「そうか。お腹空いてるでしょう。どうぞ」
ふたりは誓さんを警戒せず、受け取ったボトルの水に口をつけます。
「やれやれ」
誓さん、子どもを片目に黒い携帯端末で無人キャブを手配します。行き先、現在地、乗車人数を入力すると料金が算出されるので、それを先払いするシステムです。最寄りの無人キャブはすぐにやって来ました。
「ここにいても仕方ないのは、分かるね?」
悲しげに頷くお兄ちゃんの手に、アンナさんから託されたカードを握らせます。「良い子。これを持って、キャブが止まったところで降りるんだ。ひいろ地区の『三人の家』っていう場所で、キミたちみたいな子どもを助けてくれる。一番顔が怖いおじさんに、このカードを渡すんだよ。さあ乗って」
子ども達をキャブに詰め込み、「忘れてた」林檎をお兄ちゃんに放り投げます。
「僕がやれるのはここまで。そういうものは当分食べられないと思うけど、後は、君たちが頑張るんだよ」
扉を閉めると、無人キャブは子ども達を乗せて走りだしました。
「僕みたいにならないでね」
キャブを見送った誓さん、今度は白い携帯端末で知り合いの女性警官にコールします。
「こんにちは、きみの誓哉です。あっジョーク! ジョークだから切らないで! シリアスな頼みなんだ」
誓さん、ポーチに座って声を落とします。
「少し前、サンドリヨンの関係者が自死した話があったじゃない。そう、その暴走事故」
殆ど囁き声です。
「実は、遺児の兄妹を『三人の家』まで送り出したんだけど。そう。自死じゃないかも。だから子どもらに累が及ばないよう調べて欲しいんだ。その
相手の返事を聞いて、誓さんはかすかな微笑みを見せます。
「よかった。恩にきるよ。お礼にご飯でも……だめか」
立ち上がって、ズボンの埃を払いました。
「やれやれ」
誓さん、双眼鏡でこちらを見ているだろうアンナさんへ手を振りました。
「悪い癖つけちゃったかな」
一方のアンナさん。誓さんが角を曲がる所を双眼鏡で見届けると、電動の車椅子をゆっくり動かします。
「あの子、良い人よ。あなた程じゃありませんけれど」
アンナさん、キャビネットの上にある、旦那さんとの結婚写真を手に取ります。キャッスルマンションの屋上庭園で撮った、思い出の一枚。
フレームの下側にしばらく親指をあてると、キャビネットの隠し扉が開きました。中には、誓さんに渡した物と同じカードが沢山入っています。
「まだこんなにあるのよ、あなた」困った声で写真の旦那さんに語りかけて、アンナさんは新しいカードを一枚手に取ります。
「ほんとうに無茶な事ばっかり頼んで、いってしまうんですもの」
写真立てから手を離すと、隠し扉は元どおり。
「あの時も言いましたけど、箱入りのおばさんにできる限りでよければ、ですからね?」
……ニュースチャンネルと双眼鏡が世界の全てだったアンナさん、亡くなる間際まで、彼女はそこから見えた世界の悲しみを救おうとしました。
アンナ・ウェルフェア夫人に、心からの哀悼を。
【スタッフロール】ナレーション:リエフ/音声技術:琴錫香/映像技術:リエフ・ユージナ/編集:山中カシオ/音楽:14楽団/テーマソング「cockcrowing」14楽団/広報:ドロシー/協力:オズの皆様/プロデューサー:友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック
P-PingOZ 『
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