番外編 おばあちゃんの恋
雪女のお雪
コンコンと雪の降る、寒い寒い冬の日。
だけどあたしは寒いのなんて平気さ。今日も半袖で、いつものように家事をこなしているよ。
あたしの名前はお雪。令和の時代を生きる雪女さ。
雪女と言っても、昔話に出てくる綺麗な娘ではなく、しわしわのおばあちゃんになってしまったけどね。
見た目は普通のおばあちゃん。若い頃は目立っていた白い髪も、この歳になったら違和感もなくなって。今は田舎の片隅で人間に交ざりながら、一人でひっそりと暮らしているよ。
おっと、一人で暮らしていた、だったね。去年の夏から、同居人ができたのさ。
同居人の名前は千冬。もうすぐ16歳になる、孫娘さ。
この子はあたしと同じ雪女で、東京の学校に通っていたのだけど、ある事情でこっちの学校に通うことになったんだよねえ。
来たばかりの頃は暗い顔ばかりしていた千冬ちゃんだけど、最近はよく笑うようになって。孫の明るい顔を毎日見られて、あたしも幸せだよ。
そんな千冬ちゃんは、今は自分の部屋にいるけど、お茶でも持って行こうかね。
キンキンに冷えた、冷たいお茶をお盆にのせて千冬ちゃんの部屋に向かうと、ガラッと襖を引いた。
「千冬ちゃん、お茶が入ったよ……暑っ!」
ビックリして、思わずお茶を落としてしまうところだった。だって冷えきった廊下とは違って、部屋の中は熱気が漂っていたんだもの。
すると中にいた千冬ちゃんが、慌ててこっちを振り返った。
「あ、おばあちゃんごめん。ビックリさせちゃった?」
「いや、別に良いんだけど、何なんだいこの暑さは?」
聞いてみたけど、返事を聞く前に答えは出たね。
千冬ちゃんのすぐ後ろには、この家では実に珍しい物が。ストーブが赤々と火を炊いていたのさ。
あれは確か、物置にしまっておいたはずのストーブ。
雪女しかいない家だけど、冬に人間の来客があった時のために、用意はしてあるんだ。どうやら千冬ちゃん、それを引っ張り出してきたみたいだね。だけど。
「ストーブなんて炊いて、溶けちゃうだろう。我慢大会でもするのかい?」
「違うよ。ええとね、冬になって、ちょっと体重が増えちゃったから、ダイエットをしようと思って」
恥ずかしそうに答える千冬ちゃん。ああ、なるほどね。
言わんとしていることはわかったよ。
人間だと、冬は体を暖めるべく脂肪が燃焼して、ダイエットに最適だなんて言われているけど、あたし達雪女は違う。
むしろ冬の間は冷気や水分を吸収しやすくて、体重が増えやすいという特性があるのさ。
で、ここで登場するのがストーブ。部屋を暖めて、ほどよく体を溶かしたら水分が飛んで体重が減る、雪女式のダイエット方法というのがあるのさ。サウナみたいなものだね。
よくよく話を聞くと、この前学校であった身体測定で体重計に乗ったら、ちょっとショックな数字が表示されたらしい。でもねえ。
「それって背が伸びたから、その分体重も増えただけなんじゃないのかい」
「そうかもしれないけど、やっぱり気になるんだもん。もしもポッチャリが嫌いだったら、イヤだし」
言いながら、顔を赤く染める。
誰が、とは聞かなくても分かるよ。この子ってばこっちに来てからできた彼氏に夢中だからねえ。
「まあ、やるにしてもほどほどにね。お茶、机に置いとくから」
「うん、ありがとうおばあちゃん」
暑い部屋にこれ以上いたくないから、そそくさと退散する。
それにしても、彼氏のためにダイエットねえ。無理をさせるのは良くないけど、好きな人のために綺麗になりたいという気持ちが分かるだけに、止めろとは言えないよ。
「いったい誰に似たんだか。って、考えるまでもないか」
今の千冬ちゃんを見ていると、昔のあたしを思い出すよ。
人間の男に恋をした、遠い日の事を……。
◇◆◇◆
今は昔、昭和の時代。
ある田舎の山の中に、お雪と言う名の雪女が住んでいました。まあ、あたしの事なんだけどね。
しとしとと雪が降る、ある冬の日。半袖のセーラー服に身を包んだあたしは、麓の町へと買い物に出かけていた。
山の中で自給自足をしてひっそりと生きていくなんて時代遅れ。
昔と違って、昭和を生きる雪女は必要とあれば町に降りて、食料や日用品の買い出しをするのだ。
お金もちゃんと、妖怪仲間から仕事を紹介してもらって稼いでいる。妖怪と言っても昔と比べたらだいぶ人間と共存できていると言えるだろう。
特に雪女のあたしは、元々人間とほとんど変わらない姿をしているから、その人間に紛れるなんて簡単簡単。普通にしていればただの女学生に見えるだろう。
ある一点を除いては、ね。
「ねえ、あのお姉ちゃん、どうして髪が真っ白なの?」
商店街にある八百屋さんで買い物をしていると、不意にそんな声が聞こえてきた。
見れば傘をさした4、5歳くらいの男の子があたしを指さしていて。隣にいたお母さんらしき女の人が、慌てたように口を塞いでいる。
だけどあたしはニッと笑いながら、男の子に視線向けた。
「どう、綺麗な髪でしょ」
「うん、とってもきれい!」
うんうん、分かってるじゃないの。正直な子は、嫌いじゃないぞ。
だけど、男の子とは逆に、お母さんの方は怪訝な顔をしながら、「行くわよ」と言って子供の手を引いていった。
「……気味の悪い色」
去り際に聞こえた、ボソっとした呟き。
ちょっとお母さーん、聞こえてますよー。
もう、悪口言うなとは言わないけどさ、せめて聞こえないようにしてよね。
まあこんな風に、あたしの白い髪は否が応にも目立ってしまって。時々今みたいに心無い言葉をぶつけられる事だってある。
人間だって歳とると髪は白くなるのに、変なの。
「お雪ちゃん、あんなの気にすることないよ」
顔馴染みの八百屋のおばさんが励ますように言ってきたけど、大丈夫。慣れてるもの。
「平気ですよ。それよりその、白菜と大根をください」
「あいよ。今日は寒いからねえ。お鍋にしたら、きっと体が暖まるよ」
「は、はは。そうですね」
お鍋かあ。ごめんおばさん、それだけは勘弁。
だってあたしは寒いの平気、熱いの厳禁の雪女だもの。熱々のお鍋は天敵で、これらの野菜は漬物にしようと思っているの。
心の中で手を合わせながらお会計を済ませて、これで今日の買い物は終わり。
けどせっかくの雪の日。良い天気だし、このまま山に帰るのはもったいない。もう少しだけ、その辺をぶらついていこうかな。
「それじゃあおばさん、またねー」
おばさんに挨拶をして、両手に買い物かご抱えながら。軽やかな足取りで、商店街を歩いて行った。
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