白い髪をした鬼の衣装
郷土研の部室を後にして、やって来た写真部の部室。
部屋の中には、写真部のメンバーも全員集まっていた。
「例の衣装、届いたんだね。何だかこうやって準備が進むと、本当にやるんだなって気がしてきたよ」
「部長、当たり前じゃないですか。そのために大急ぎで、準備を進めてきたんですから」
写真部の部長さんと楓花ちゃんがそんなやり取りをしてるけど、部長さんの気持ち、ちょっと分かるかも。
皆が見つめる先には段ボールがあって、その中には今度の撮影会で使うのと同じ、コスプレの衣装が入っていた。
本当はレンタル料金がかかるから、本番当日だけ借りるのが普通みたいだけど、何せメンバー全員がこう言った事に関しては素人だから。事前に衣装を借りて、一度衣装に袖を通してみたり、着替えにかかる時間を調べたりしておこうと言うことで、二着だけレンタルしてみたのだ。
今回レンタルしたのは、鬼の衣装。
もちろん、テレビのコントに出て来る、全身赤タイツの鬼なんかじゃない。綺麗な着物を着て、角の生えたウィッグをつけるという、格好良い仕上がりになる衣装を注文していた。
注文した二つは、それぞれ赤を基調としたカラーリングの男性用の着物と、死に装束を連想させる白い女性用の着物。ウィッグは、男性用が金髪で、女性用は衣装と同じく白い髪のものだった。
「へえー、いい感じじゃない。ひょっとしてウィッグをつけただけでも、いつもと雰囲気変わるんじゃないの?」
「着物も、時代劇に出てきそうで格好いいですね。後は誰が着るかですけど、部長はどうですか?」
「いや、俺は撮る専門だから。誰か、着たい奴はいないか?」
そうは言うものの、みんな周りの様子を窺うばかりで、誰も着ようとはしない。
興味が無いわけじゃないけど、カラオケで最初に歌うのを躊躇するのと同じように、なかなか踏ん切りがつかないのだ。
けど、いつまでもこうしていても始まらない。モタモタしているのを見かねたように、白塚先輩がパンパンと手を叩いてくる。
「ほら、モタモタしてたら日が暮れてしまうよ。と言うわけで岡留くん、私達で着替えるよ」
「仕方がないか。けど、似合ってなくても文句は言わないでくれよ」
岡留くんは観念したようにそう言ったけど、着替えを済ませて戻ってきた二人を見て、一同ビックリ。
「すごっ、二人とも滅茶苦茶似合ってる!」
「衣装一つで、こんなにも印象が変わるものなんだなあ」
みんなが感心したように声を上げて、私も思わず見とれてしまった。
白装束を着て角を生やした白塚先輩は、まるで鬼のお姫様といった雰囲気で。岡留くんは複雑そうな顔をしながら、「言うほどの物か?」なんて言ってるけど、頭から生えた角が怪しい雰囲気を出していて、妖しい雰囲気が漂っていた。
二人とも、すっごく綺麗。よくよく見てみたら、白塚先輩も岡留くんもメイクまでしていたようで、アイラインが引かれていた。
これは間違いなく、白塚先輩の仕業だろう。渋りながらも先輩にメイクをされている岡留くんの姿を想像したら、何だか可愛く思えてくる。
美形が着物を着るとそれだけで絵になるけど、今の二人はさながら、鬼のカップルと言った感じかな。里紅ちゃんと楓花ちゃんは、「二人とも並んでください」なんて言って、早くもカメラのシャッターを切っている。
「白塚先輩、右手を上げて、髪をかき上げてみてください。そう、そんな感じです。後は刀でもあれば、ポーズのバリエーションが増えるんだけどなあ。部長、どうにかなりませんか?」
「刀かあ。そう言えば去年の文化祭で、演劇部が使っていたような。後で借りられるか聞いてみようか」
やっぱり、前もって衣装をレンタルしたのは正解だったみたい。私は写真部じゃないから詳しいことは分からないけど、撮影の際はポーズにこだわるし、場合によっては小道具だって、必要になってくる。
どんな絵が映えるかを事前にちゃんと分っておけば、きっと本番はスムーズに撮影することができるだろう。
写真部の人達はああでもないこうでもないと言いながら、理想のポージングについて話し合い、白塚先輩と岡留くんはと言うと。
「そう言えば君にはまだ、感想を聞いていなかったね。どうかな、私の鬼姫姿は」
「まあ、似合ってるんじゃないか」
「むう、相変わらず塩対応だね」
表情を全く変えずに、ぶっきらぼうに返事を返すだけの岡留。けど一見すると素っ気無さそうに見えて、きっと二人の間では熱い信頼があるんだろうなあ。
(ちょっと羨ましいかも)
不意に胸にチクリとした痛みを感じたけど、気のせいだよね。
すると白塚先輩がこっちに視線を移して、近づいてきた。
「さあ、次は千冬ちゃんの番だよ」
「ええっ!? わ、私はいいですよ」
「そう言わずに。岡留くんも、千冬ちゃんの着物姿、見たいよね」
「え?」
急に話をふられて、岡留くんは言葉に詰まっている。
まさか、そんなわけ無いじゃないですか。だけど不思議と高鳴る胸の鼓動を抑えながら待っていると、彼は小さく答えた。
「まあ、当日は衣装の着回しもしないといけないから。着替えにどれくらい時間がかかるかは、知っておいた方がいいかな」
淡々とした返事に、思わず脱力。じ、時間測定の為ですか!?
熱を帯びていた胸が、一気に冷めていく。
そうだよね、別に着替えた私に、興味がある訳じゃないよね。
だいたい秘密にしているとはいえ彼女の前で、他の女の子のコスプレを見たいっては言いにくいだろう。白塚先輩も意地悪なことを言ったものだ。
その白塚先輩は「もうちょっと気のきいたことを言えないのか」って、呆れ顔をしている。
「まあ確かに、着替えにどれくらい時間が掛かるかは、知っておきたくはあるけど。と言うわけなんだけど、千冬ちゃん、着てみてはくれないかな」
「まあ、そう言う事なら」
ちょっと恥ずかしいけど、文化祭成功の為なら、協力は惜しまない。ただ。
「あの、着替えるのはいいですけど、ウィッグは付けなくてもいいですよね。かぶるだけなら、時間もかかりませんし」
目をやったのは、白塚先輩がかぶっている、白い髪をしたウィッグ。
いつもの黒いショートカットとは違う、長くて白い髪をなびかせる先輩は、見ていてとても綺麗だと思うけど。同じように白い髪をした自分の姿を想像すると、同時に苦い思い出が蘇ってくる。
先輩はそんな私を見て、不思議そうに首をかしげた。
「まあ確かに時間は掛からないだろうけど、別に付けてもいいんじゃないかい?」
「いえ、止めときます。私じゃきっと、似合いませんから」
あくまでやんわりと。だけど内心は必死で断る。
幸い、先輩は大して気にする様子もなく、それなら着物だけにしようかって言ってくれて、ホッと胸をなで下ろした……。
「あれ、でも千冬ちゃんの髪って、元々は白色じゃないの?」
――っ⁉
驚いて声のした方に目を向けると、楓花ちゃんがキョトンとした顔で、こっちを見ている。
なんで? ちゃんと染めているはずなのに、どうして私の髪の色を知っているの?
真実を突きつけられて、別に悪い事なんてしていないのに、だんだんと動悸が激しくなってくる。
すると楓花ちゃんはハッとしたように表情を変えた。
「ごめん、言っちゃいけなかった? 前に髪を触らせてもらった時に、根元の色が違ってたから、そうなのかなって思って……」
それって、転校初日の話?
そうだ、たしか手先だけでなく頭も冷たいくらいの冷え症だって話をしたんだっけ。あの時、不用心に髪を触らせちゃってたんだ。
すると、先輩の一人が不思議そうな顔をする。
「ん、だったら似合わないってことは無いだろう。なのに何でそんなに、ウィッグをつけるのを嫌がるんだ? 何か理由でもあるのか?」
「え、ええと――」
当然の疑問をぶつけられて、言葉に詰まる。
だけどそれがいけなかった。目を逸らして、理由を言えずにいる私の態度は、いかにも『訳あり』で。質問してきた先輩は、里紅ちゃんから「空気読んでください!」って怒られている。
しまった、こんな事になるなら、もっと注意しておくべきだった。
だけどそれももう後の祭り。知らないうちに犯していたミスに、私は愕然とした。
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