うらばなし。

 多分これは、避けられているんだろうなぁ。


 一度も会ったことはなく、話に聞くだけのアタリー・レインワーズという少女についてシャルルが思うことはそれだけだった。



 老若男女に慕われ、特に女性の憧れの的として一度は将来の伴侶にと願われるだろう男。それがシャルル・アデルという人物だ。


 公爵家の次男という高貴な身として生まれ、容姿にも学問にも身体能力にも、そして魔法の才能にも恵まれた彼の周りには彼が幼い頃から自然と惹き寄せられるように人々が集まった。


 年齢を追うごとにその美貌は増し、夜会へ出るようになると必然的に社交場に出る機会は多くなり、その人気ぶりは更に増した。

 とりわけ彼を慕う女性は多く、一時はこのご時世だというのにアデル公爵の机に見合いの釣書が山となったほどだ。


 容姿の美しさや二回りも年代が離れた学者や貴族と論議を交わせる博識ぶりもさることながら、彼は女性の扱いにも長けていた。

 幼い頃から身分だけでなくその容姿に釣られて周りに女性が集まることが多かったため学ぶでもなく自然と女性を喜ばせ、楽しませて魅了する術が身についていったのだ。


 これでアタリーの親戚連中のように顔だけの男ならばそれまでだったろうが、女性陣はもちろん彼の見た目も重要ではあるが同時にその中身にも惹かれており、だからこそシャルルは年代を問わずの人気を誇っているのだ。

 シャルルは別に女好きというわけではない。けれどそうした理由から女性を相手にする機会は誰よりも多くなり、それに嫉妬した口さがないものたちが彼を「無類の女好き」だのなんだのと評するのだ。まああくまでこれは一部の間で囁かれているだけであり、そんなことを大々的に口にしたならば彼を慕う女性陣から総スカンを喰らうことは間違いないので結局彼らは負け惜しみのように隅で縮こまりボソボソ口にするしかないのだが。


 そんなこんなで幼い頃他の子たちのように人脈作りに奔走しなくとも自然と顔が広くなっていったシャルルはしかし、一人だけ会ったことのない令嬢がいた。

 それがアタリー・レインワーズである。


 二人は歳が六つも離れているため幼い頃の同年代同士で集まるような茶会などで会わなくとも不思議ではないが、それでも同じ公爵家の者同士ということもあって一度も挨拶すらしたことがないというのはあまりにも不自然だった。

 彼女と同年代の者たちが彼の噂を聞きつけ是非お近づきに、と駆け寄るくらいなのだからアタリーにシャルルの情報が入っていないわけがない。爵位の中では頂点に立つ公爵家はたとえ娘一人が人脈を広げずとも他の家以上に情報は集まる。なのにひときわ有名な彼の情報だけが入らないだなんてあるわけがない。

 逆にあったならどんな情報網だといっそ感心してしまう。

 それを耳にしてなお会うことがないということは彼女は他の令嬢のように自分に近づくどころか、むしろこちらを避けているのだろう、とシャルルは結論付けた。

 そう考えれば納得がいくし、今まで一度もどこかで会ったことがないという現実がその『避けられている』という推測を裏付けていた。そうでなければ一度は会っていてもいいはずなのだ。

 彼の推測は的を射ていて、事実アタリーは独自の情報網を駆使して必死に彼だけを避けていた。それはひとえに「あんな奴とは近づきたくもない!」という個人的な感情からくるものなのだが、無論シャルルがそれを知るべくもなく、そして自分を避ける彼女に興味を持つこともなかった。


 基本シャルルは自分に害さえなければ周りがどうしようとどうでもいいと考える人間であり、また彼自身アデル家の後継者ではないためアタリーが次期レインワーズ女公爵だとしても爵位を継ぐわけでもない自分と顔を合わせなくとも問題はないと考えているのだ。物語の中だったならここでシャルルはアタリーに興味を持ったのだろうが、お生憎と彼にそんな好奇心の持ち合わせは皆無で、またそれはアタリーにとっての幸運でもあった。


 そもそも彼は恋愛小説に出てくるようなーーそれこそ大半の男が好むような天然ちゃんという人物は苦手な部類に入る。気のないふり、天然や鈍感、自由奔放さを演じて取り入ろうとする女性にも、だ。

 どちらかを選べと言われたらそんな女よりも自分の好意を隠すことなく全力で向かってくるシャルルの周りを囲む女性たちのようなそんざいを迷わず選ぶだろう。


 実は彼、一度だけ、そんな女に言い寄られたことがあるのだ。


 親が再婚して貴族になったとある少女がいた。彼女はシャルルに一目惚れをし、彼を手に入れるためにある程度成長してから貴族界に足を踏み入れたという自身の境遇を利用し、わざわざ回りくどくも気のないふりを演じながら近づこうとした。

 彼女をざっくりと紹介すると『え~私少し前まで庶民だったから貴族のしきたりって分からないんです』と恥ずかしげもなく公言する女だった。

 貴族になりたてならばある程度の無作法も見逃されるだろう、平民と貴族では暮らしかたからして違うのだから。けれど彼女の場合彼にそうアピールし始めたときには貴族になってすでに三年の月日が経っている。

 失敗しても恥をかく真似をしても『元々は平民だったから仕方ないでしょ』の一点張りの彼女。   

 シャルルと出会う前からそうであり、ようするに学ぶ気と馴染もうとする気が彼女にはなかったのだ。それに周りが白い目を向けようと気にせず、それどころかそんな目を向けられても健気に頑張っている自分に酔い、一部からの心のこもった注意や叱責を『いじめられた』などと厚顔無恥にも捉える女。そうして悲劇のヒロインのごとく近寄ってきた彼女をシャルルは当然よしとはしなかった。


「学ぶ気がないならないでもいい。その気がないなら馴染もうとしなくともいい。もちろん学ぶ気があり馴染もうとし努力してそれだというなら責めはしない、それどころか手助けを買ってでよう。だが、努力すらする気がないのなら貴族界に足を踏み入れず街で暮らすといい。郷に入っては郷に従えの精神も守れない奴は生理的に受け付けない」


 はっきりとは言わず包んで包んで優しく伝えた言葉を彼女は理解しておきながらそれでも行動を改める様子がなかったために、最上の優しさとばかりにシャルルがそれはもうぼかして伝えたあれそれを彼を慕う周りの者たちがはっきりきっぱりと女に向かって言い放ってしまった。


 それでもなお一言の謝罪もなく『そんな、皆さんひどい......』と涙ぐんで走り去った彼女は残念ながら更生不可能な不治の病に罹っておられた。

 人間の言葉の通じない脳内お花畑ちゃんだったのだ。


 それからというもの彼女がシャルルの元に駆けよることはなくなったが社交場に顔をだすのはやめることがなく、ああいった女が好みの一部の層のだれだかとのちに結婚していた。


 そんなこんなで彼はそういった類の女は苦手だった。

 加えて来るもの拒まず去る者追わずが基本の彼が自分を避けているらしき少女にわざわざ興味を持つわけがない。


 近寄りたくないなら別に避けていてくれて構わない。会いたいとも思わない。会わなければいけない理由もないのだし。今のところそれで困ることもないし、彼女に関して後々迷惑を被ることでもあればそれはその時対処すればいい。


 そうして彼の中でアタリーという存在が無価値な人間として位置付けられたのは彼が十八、アタリーが十二の頃であった。


 否応なく周りに女性が集まりそれを相手にしていた結果「女好き」と口さがない者から影で罵られるシャルルだったが、実のところそこまで女性に興味はない。表に出すことはないが、先の通り彼はあまり他人に関心を示せない人種である。

 そのこともアタリーがシャルルに興味を持たれない一因だった。


 それ以降アタリーの存在をシャルルが思い出す時といえば社交場で彼女についての話を聞いたときだけ。それ以外では思い出すどころか頭の隅にその名前がよぎることすら皆無であった。



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