僕だけが見える幽霊
@Yu1ki7ha
第1話
屋上から地面を見下ろすと、少しの目眩と共に、妙な気持ちが頭を擡げる。
それは恐怖と興奮、絶望と解脱が混ざった、上手く言葉に表せない感覚だ。その感覚がもたらす結果はただ一つ、ここから飛び降りる衝動だ。
死ぬ気はないけど、なぜか、そういう気分になった。
「どうしよう。私、幽霊だし、止めようとしてもできないよ。」
後ろから女の子の声がする。
あまり気にしていないから、はっきりと捉えなかった。でも、多分、僕がここから飛び降りるのを、心配してくれてるだろう。
そりゃあまあ、僕の目の前に自殺しようとしている人がいるのなら、僕も心配するでしょう。それは優しさから来たものではなく、ただ単純に死への恐怖なだけだ。
でも、
「安心してください、別にここから飛び降りるなんて思ってないから。」
そう言いながら、嘘か真実かがよくわからない笑顔で、振り返った。
そして、その子を見た瞬間、僕の笑顔がフリーズした。
その子は、綺麗な茶色の髪を肩に自然に垂らして、びっくりしたような顔でこちらを見ている。
何より大事なのは、その子は、透き通ているのだ。
肌が透き通るくらいに白くて儚い、とかじゃなく、いや、それもあるかも。それよりも、その子の体全体が透き通ているのだ。足も地面につけず浮いているし、日差しによる影も見当たらない。いかにも、ザ・幽霊の感じだ。
いやいや、幽霊なんて、科学的に存在できないから、絶対なにかの間違いだ。ぞう、例えば、僕が自殺を考えたから、こういう幻が見えたとか。さっきの声も、本当は自分から自分にかけている暗示のようなもので、実際誰も声を出していない。
その証拠に、この幽霊は余りにも僕の好みだ。幽霊が見える確率はゼロに近い、その上で幽霊がぼくを助けようとしているのなら、その確率はさらに低くなる、加えて、その人助けの幽霊がちょうど僕の好みなら、それはもう、不可能事件と呼べるのだろう。
なら、なぜ、この幻は、まだ消えないんだ。
「ね、君、先は私に話していたよね。」
幽霊が口を開けた、いや幽霊は口を開かないものだ、いや開くのか、わからない。
いや待て、これは僕に話をかけているのか、僕以外の誰かの可能性は・・・なさそうだ。
どう答えたら良いのか、そもそも答えたほうがいいのか、それとも答えないほうがいいのか。
相手は僕を助けようとしたなら、いい幽霊であろう。だが、幽霊に絡まれるのは、やはり嫌だ。
無視しよう。
僕は幻聴したふりをしながら、階段へ歩く。その真実性を強くするために、こう呟いた。
「あれ、確かに人の声を聞こえたような感じがしたんだけど、気のせいかな。」
頭を掻きながら、屋上の扉へ近つく。ごく自然な感じだ。しかし、僕も、俳優ではなく、ただの学生なので、少しぐらい不自然な挙動、例えば、視線が不自然に上を向いたり、右を向いたりして、とにかく、その子の方向を避けているのも、仕方のないことだ。
その仕方のない挙動を、その子が捉えたようで、一瞬にして僕の前に飛んできて、扉の前に立った。
いきなり人らしきものが目の前に現れたら、誰でも少しは驚いて、動きを止めるだろう。そのごく自然の動きの止まりは、まだもう一つの不自然となった。
この二つの不自然を手にして、その子は、自信満々の笑みを見せた。そのきらきらと光っているような薄黒い瞳から、高揚の興奮感と、獲物を捉えた狩人の自負感がはっきりと伝わってくる。
「君、本当は見えてるでしょう、私のこと。」
いや見えてないって言いたいけど、それじゃ余りにもアホらしいから。かと言って、ここから逃げ出すいい方法もまだ見つかってないし・・・
っと、悩んでいるうちに、その子はまだ言い始めた。
「とぼけるのも無駄だよ、証拠はあるんだから。というか、君が今ここで立っていることが最もの証拠だけどね。」
そう言いながら、その子は右手の人差し指を指して来た。まるで探偵ごっこをしているようだ。だが、理屈は合っている。
しょうがない、諦めるしかないようだ。
「は~」
僕が溜息をし、なにか話そうと思ったが、やはりその子の方が先に口を出した。
「もう、せっかく人が心配してあげたのにさ、無視するって、どうなの?」
まさかの文句だった。
「いや、普通無視するでしょう。むしろ大声で叫ばなかった僕はまだマシの方だ。」
「どうして?」
「とうしてって、幽霊としての自覚を持ってください。」
「あ、そうだった。ごめんごめん、久しぶりに人と話せたから。」
その子はクスクスと笑った。
「そういえば、自己紹介がまだだね。私はここから飛び下り自殺をした幽霊よ、君の先輩ってところかな、いろいろな意味で。」
先輩でしたか。まあ、多少は予想したけど。その子っていう呼び方はやっぱ間違ったか。
「自己紹介って、先輩名前も言ってないけど。」
「死人の名前なんて、知ってもいいものじゃないでしょう?」
まあ、確かに。知ってもなんにもならない。
「それより、君の名前、教えて。」
「えっ?いや、名前を知られたらなんかやばいことをされそうで、嫌です。」
「しないよ。名前教えてよ、せっかく話せる人ができたのに、それじゃまだ・・・」
まだ、何?言わなくても大体分かるけど、そんな可愛い声で言われたら、流石にちょっとは罪悪感的なものを覚える。
ほんと、その子って間違ってるかないかがわからないな。先輩は先輩だけど、全然先輩らしくないや。決して僕が年下萌だからそう言ってるわけじゃないぞ。
「一年三組、相原春海です。よろしくお願いします。」
結局言ってしまった。なんか超真面目な感じだ。
「・・・もしかして真面目っ子?」
先輩は、先までの少し落ち込んいたような顔と全然違う表情で、ちょっと見下すような目でこっちを見た。
ああ、なんかムカつく。ちょうど昼休みも終わる頃だし、戻ろっか。
「あの、そろそろ教室に戻りたいので、ちょっと・・・」
「怒った?ごめん、そういうつもりじゃ・・・」
「いや、そうじゃなくて。そろそろ昼休みが終わるから。」
というのはホントだ、ただそれ以外の理由もあるだけで、嘘は言ってない。
「そう。」
先輩は安心した顔で横に移動した。
僕がこのまま止まらず階段へ歩いて、そして普段の生活に専念すれば、今日のことは本当の幻としてまもなく忘れることが出来るでしょう。
扉を閉める途中、先輩の声が聞こえる。
「これからも、話し、かけていい?」
姿はもう見えない、だから先輩はどうな顔でそれを言ったのかもわからない。まあ、想像はつくけど。
「はい、いいですよ。」
僕は、できるだけ声を小さくしたと同時に、扉を閉めた。多分、僕の言葉は、扉の隙間から向こうに渡ることはないでしょう。それもいいや、どうせ、ただの嘘だから。
これ以上、幽霊にどきめくのは、なんにもならないから、これで終わりにした方がいいや。
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