第99話
「衛生兵! 衛生兵! こっちだ!」
「また来るぞ! 退避、退避っ!」
私たちが目的地に着いた時、そこはまさに、惨状だった。
城壁はドラゴンさんの攻撃によって、もうボロボロで、いつ崩れてもおかしくない。
怪我してる人もたくさんいて、怪我を治してくれる衛生兵の人も間に合っていないみたい。
それでも続くドラゴンさんの攻撃に、みんな疲れきっていた。
「前線は、ここよりもさらに悲惨です」
ここの戦場の総指揮を取るのは、このウィンドブルムさん。
今は、私たちが援軍で来たことを伝え、対策本部の中で、今後のことを話し合っている。
元々、国境の警備をしていた国境警備隊の長であるウィンドブルムさんは、城壁の防御力を活かして、なんとかここまで耐えていた。
だけど、それも限界で、すでに前線は崩壊寸前。今のところ、空から来るドラゴンさんたちの攻撃は、魔法によって防いでいるけど、反撃の手段はなく、耐えるしかない状況。
もはやここが突破されるのも時間の問題。
むしろ、私たちよりも、少し早めに来ていた援軍の人たちがいなければ、すでに陥落していただろう、だとか。
「私のメイドは魔法に長けています。防備の強化には、協力できますわ」
「それはありがたい。正直、こちらの魔法使いたちは、もう限界を迎えていますので」
ドラゴンさんの攻撃は、1発でも凄まじい威力を秘めている。
国境警備隊にいた魔法使いの人と、援軍で来た魔法使いの人。その人たちみんなが全力で守って、やっとドラゴンさんの攻撃を防ぐことができている。
だけど、なんとか防げているのは、ドラゴンさんたちが、連続で攻撃をしてこないから、というのもある。
「おそらく、こちらの戦力を完璧に把握しているのでしょう。一気に攻め落とす必要はなく、時間をかけて、確実に落とすつもりなのです」
「何か、策はないんですの?」
「恥ずかしながら、何ともしがたいのが現状です。あのドラゴンをどうにかしないことには、何をしても意味がありません」
ウィンドブルムさんも、疲れきっているみたいで、服や机に置かれた手は、泥や埃でかなり汚れていた。
髪も泥でグシャグシャで、顔からは血の気が引いている。
その姿を見るだけで、これまでどれ程大変だったのかが、簡単に予想できた。
「わかりましたわ。よく頑張りましたわね」
ウィンドブルムさんより、遥かに若いリリルハさんは、ウィンドブルムさんから見れば、まだ子供に過ぎないんだろう。
だけど、ヴィンバッハ家の娘が、直々に戦場に来てくれた、というのは、確かに警備隊の人たちにとって心強いことで、辛うじて残っていた戦意が回復するのに、これ以上のことはなかったみたい。
「では、先程も言ったように、私たちはドラゴンをなんとかしますわ。あなた方は、その後の作戦を考えてくださいな」
「わかりました」
私が竜の巫女の末裔で、もしかしたら、ドラゴンさんたちを説得することができるかもしれない、という話は、すでにウィンドブルムさんに話している。
もちろん、完全に信じてくれた訳ではなさそうだったけど、今は藁にもすがりたいと、私たちの作戦に協力してくれることになった。
「シュルフ。あなたたちは、ウィンドブルム様たちの援護をお願いしますわ」
「かしこまりました」
シュルフさんたちは返事をすると、すぐに本部を出て、ここにいる魔法使いさんたちの協力に向かって行った
「それでは、アリス。行きますわよ」
「うん」
そして、私たちも、ドラゴンさんたちを説得するために、本部を出て行く。
「ご武運を」
◇◇◇◇◇◇
城壁から離れるにつれて、状況はどんどん悪くなっていった。
「これは、思っていた以上ですわ」
「う、うん」
何度も聞こえてくるのは、ドラゴンさんの攻撃の音、だけじゃなくて、大砲による攻撃も混ざっているみたいだった。
吹き飛ばされた石や木材が辺りに散らばっていて、足の踏み場もない。
微かに見える人の姿も、動く気配はなくて、多分、あの人たちは。
「アリス。今はただ、ドラゴンさんたちのことだけを考えましょう」
「う、ん」
そう、だよね。
敵も味方も、この空間では等しく命を落とす可能性がある。
だけど、ドラゴンさんを説得することができれば、少なくともこの戦いを終わらせることはできるはず。
そうすれば、これ以上の被害だって。
「ひ、ひいいぃ!」
ドカンと、大きな土埃が上がり、悲鳴と共に逃げてくる人たちがいた。
そのすぐ上には、2頭のドラゴンさん。
ドラゴンさんは、大きく口を開けて、炎をその人たちに吐いた。
「間に合えっ!」
リリルハさんは、魔法で氷の壁を作って、その人たちを守った。
幸いにも、全力の一撃ではなかったようで、その攻撃はリリルハさんの魔法で防ぐことができた。
私たちは、その隙に、逃げていた人たちを後ろに匿う。
だけど、ドラゴンさんたちは、すぐに追撃してくることはなく、空高く飛び上がっていった。
多分、また勢いをつけて向かってくるつもりだと思う。
「あ、ありがてぇ。だ、だが、あんたらも、早く逃げねぇと」
「いいえ。そうはいきませんわ。あなたたちは下がりなさい。私たちがなんとかしますわ」
怪訝な顔をする人たち。
特にその目は私に向けられていた。
「大丈夫だよ。私たちがなんとかするから」
「だ、だが」
こんな子供が言っても、説得力なんてないよね。その人たちは、私がここにいるのが理解できないようで、リリルハさんと私を見ながら困惑しているみたいだった。
どうしよう。早く逃げてもらいたいのに、なんて説明したら良いのかな。そう思っていたら、リリルハさんが口を開いた。
「私は、リリルハ・デ・ヴィンバッハ。救援のために来ましたわ」
「あ、あなたが、ヴィンバッハ様の娘であらせられるリリルハ様でしたか」
「おお、我々を助けに来てくれたんだ」
リリルハさんが言うと、みんな、納得してくれたみたいで、まだ少し、私のことを気にさてくれていたみたいだけど、そのまま後ろへ下がってくれた。
それを見送る暇もなく、今度は大砲が撃ち込まれる。
魔法で壁を作って守るけど、数が多くなってきて、前に行くのも厳しくなってきた。
「アリス。一旦、あちらに逃げますわよ」
「うん」
このままだと、魔力を使いすぎてしまうと思った私たちは、近くにあった穴に急いで駆け込んだ。
リリルハさんが言うには、この穴を塹壕って言うみたい。
大砲は、私たちを狙っている訳じゃなくて、ここら辺一体を狙っているみたいで、塹壕に隠れたら、少しは大砲の脅威も薄れた。
「やはり、攻撃が激しいですわ。それに、ドラゴンさんたちと話そうにも、飛び回っていて、そんな暇もなさそうですし」
さっきから、ドラゴンさんたちは、攻撃をしては空に飛び上がり、また降りてくるというのを繰り返している。
このままでは、説得するためことはおろか、話しかけることすらできない。
この間にも、みんなは傷付いているというのに。
「どうしよう、リリルハさん」
なんとか早く話しかけないといけないのに。
どうして言いかわからなかった私は、リリルハさんに訊ねた。
リリルハさんも、明確な答えはなかったみたいで、唸るように眉間を寄せて悩んでいた。
「やはり、これしか方法は」
やがて、リリルハさんは何かを呟く。
そして、意を決したように、私の方を見た。
「アリス。1つ、作戦を立ててみましたわ」
「作戦? どんな?」
「私が囮になり、ドラゴンさんたちをおびき寄せますわ」
「えぇ! そんな、きけんすぎるよ」
囮になるなんて、危険すぎる。
ただでさえ、ドラゴンさんの攻撃を防ぐには、すごい魔力を消費するのに、今はドラゴンさん1頭だけじゃない。
それに、もし、ドラゴンさんたちが、リリルハさんのことを知っていたら、全力で攻撃してくる可能性もある。
そんなことになったら、さっきみたいに攻撃を防ぐことはできないかもしれない。
「おそらく、ドラゴンさんたちも、アリスには攻撃しづらいはずですわ。だから、ドラゴンさんたちも、他を狙う可能性が高い」
例え、敵だと思っていても、竜の巫女の末裔である私を、ドラゴンさんたちは、少なからず避けるだろう、というのが、リリルハさんの推測だった。
だから、私がいないように見せかけて、リリルハさんが囮になる、という作戦だ。
「確かに賭けですわ」
「だったら……」
「ですが、今は時間がないのですわ」
「それは」
確かに、ドラゴンさんの言う通りだった。
こうして隠れている間にも、遠くで攻撃を受けている音が聞こえてくる。
大砲に混ざって、ドラゴンさんたちの雄叫びも聞こえてくる。
急がないと被害は大きくなるばかり。
早くなんとかしないといけない。
でも。
「大丈夫ですわ、アリス。無茶をするつもりはありません。アリスは、少し離れた場所から、私の魔法を補助してほしいんですわ。ですが、ギリギリまで気付かれないようにしてほしいんですけれど」
つまり、リリルハさんが攻撃を受けるギリギリまで我慢して、リリルハさんが攻撃を受けそうになったら、初めて守ることができるということ。
一瞬でもタイミングを間違えたら、ドラゴンさんたちに気付かれて逃げられるか、リリルハさんに危険が及んでしまう。
そんなタイミング、私に合わせられるのかな。
「大丈夫。私とアリスならば、何の問題もありませんわ」
リリルハさんは、私を抱き締めて頭を撫でてくれる。
「私が魔法を使うタイミングに合わせて、この前のように私の魔法を強化してくださいな。それで、ドラゴンさんたちの動きを一瞬でも止めます。その隙に、アリスはドラゴンさんたちを説得してください」
考えている時間はない。
遠くで悲鳴が聞こえる。
このままじゃ、もっとたくさんの人が傷付くかもしれない。
ううん。確実に傷付く。
だから、やるしかないんだ。
成功させるしか、道はないんだ。
リリルハさんに抱きつかれた体を、もっとリリルハさんに密着させた。
「ア、アリス。は、はふぅ」
鼻息が荒くなったリリルハさん。
それはいつも通りの姿で、これから危険な作戦をするなんて思えないくらい。
そんなリリルハさんを見ていると、なんとかなるような気がしてくるから不思議だ。
「わかった。絶対、リリルハさんを守るからね」
「ええ、頼もしいですわ、アリス」
リリルハさんは、最後にもう一度だけ、私を強く抱き締めると、使う魔法を私に教えて、塹壕から飛び出した。
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