第98話

「準備はできましたか? アリス」

「うん。大丈夫だよ」


 援軍として国境線に向かうことになった私たちは、すぐに準備に終わらせ、今まさに国を出る所だった。


「テン。ごめんなさい。本当は、ちゃんと最後まで送り届けたかったのですが」

「別にいいわよ。そっちの方が急がないといけないんでしょ?」

「でも……」


 私たちが向かうのは、紛れもない戦場。

 それも、今までとは比べ物にならない程に危険な場所だ。


 そんな場所にテンちゃんを連れていく訳にもいかず、テンちゃんとはここで別行動をすることになった。


 リリルハさんが言うように、本当はテンちゃんの街まで一緒に行きたかったんだけど、今からそこに行って、そこから国境に向かうと、何もかも間に合わなくなっちゃうということで、断念する他なかった。


「テンちゃん」

「あんたも、心配そうな顔してんじゃないわよ」


 リリルハさんの要望もあって、テンちゃんは騎士団の護衛と共に、元の街まで送ってもらえることになった。


 だから、普通に考えたら、私たちと一緒に来るよりも遥かに安全なんだけど、それでもやっぱり、別々になると心配になっちゃう。


「だから、大丈夫だって。それより、あたしは、あんたたちの方が心配なのよ」


 そう言いながら、テンちゃんが私のおでこをピンと指で弾いた。


「あうっ」

「危険な場所に行くのはあんたたちなのよ。それをちゃんと理解してる?」

「う、うん」


 ヒリヒリするおでこを擦りながら、テンちゃんを見る。

 テンちゃんは、ジトッとした目をして、私を睨んでいた。全然、信じてない目だ。


「まあ、あんたに期待するだけ無駄かもね」

「ひ、ひどいよ、テンちゃん」


 私だって、色々考えてるもん。

 確かに、今の状況は、よくわからないことも多いけど、私がどうにかしなきゃいけないということはわかってる。


 お姉ちゃんやドラゴンさんを止めることができるのは私だけなんだから。


「私だって、ちゃんとできるもん」

「なら、やっぱり大丈夫じゃない」

「え?」


 どういう意味だろう。

 それがわからず、テンちゃんの目を見たら、テンちゃんは、優しくニコッと笑ってくれた。


「あんたたちがちゃんとできるなら、あたしは安全に帰れるってことでしょ?」

「あ」


 そっか。

 私たちが国境の所で、ドラゴンさんを止めることができれば、テンちゃんに危険が行くことはない。


 そして、そのまま、お姉ちゃんを説得することができれば、もう危険なことなんてないはず。


 テンちゃんは、私の頭を撫でる。


 そっか。テンちゃんは、私たちのことを信じてくれてるんだ。

 なら、その信頼に応えないと。


「ね? 大丈夫でしょ?」

「うん。そうだね。わかった」


 お互いの考えていることがわかって、私とテンちゃんは、同時に少しだけ笑った。

 これが友だちの力、なのかな。


「よし。じゃあ、リリルハさん。行こう。……リリルハさん?」

「ムフフフ」


 リリルハさんは、何とも言えない、少しだけ、本当に少しだけ気持ち悪い笑みを浮かべて、私たちの方を見ていた。


「はっ! いけませんわ。尊みに意識が、今はそれどころではありませんわ」


 それからすぐに、ハッとしたような顔をして、リリルハさんが涎を拭う。


「リリルハ様。準備が整いました」


 それとほとんど同時に、シュルフさんが馬車を連れて私たちの元まで来てくれた。


「それじゃ、頼んだわよ」

「うん。テンちゃん、気を付けてね」

「あんたもね。リリルハさんも」

「ええ、テンも」


 ◇◇◇◇◇◇


 私たちが乗る馬車は、普通の馬車とは違う。

 馬車を引くのは普通のお馬さんではなくて、魔法によって作られたお馬さん。


 本当のお馬さんじゃないけど、お馬さんよりも早く、そして疲れることもない。


 魔法で作られているから、ご飯を食べる必要もなくて、言うこともちゃんと聞いてくれる。


 ただ、魔力の消費が激しくて、そんなに長くは持たないみたい。

 魔力量に自信のある人でも、1人では半日持てば良い方だとか。


 しかも、範囲がかなり狭くて、目で見える範囲くらいまでしか行けない。なので、このお馬さんで遠くまで行きたい時は、このお馬さんを魔法で作った人も一緒に来てくれないといけない。


 それに、この魔法を使える人は、ウィーンテット領国内でもかなり少なくて、大量には使えないらしいけど、今回は、一刻を争うということで、アインハルトさんが準備をしてくれた。


 この馬車の速さなら、国境までは2日もあれば着く予定みたいだけど、問題はそれまで魔力が持つかどうかだった。


 今回は、お馬さんに魔力を注ぐために3人がついてきてくれた。


 ただ魔力を注げば良いというものでもなく、コツがいるみたいで、私は上手く手伝うことができなかった。


 唯一、シュルフさんだけは手伝うことができて、なんとか4人で交代して魔力を注いでいる。


「この分なら、さらに早く着けそうですわね。ですが、魔力の方は大丈夫ですの?」

「ええ、まあ、少し疲れますが、この人数がいれば、休憩もできますので」


 他の3人も同じ意見のようで、まだ魔力に余裕がありそうだった。


「それならよかったですわ。私の魔力は、この魔法には相性が悪いようですから」


 リリルハさんの魔力は、氷系の魔法が得意なせいなのか、上手く馴染まなかったようで、私と同じようにお手伝いできなかった。


 リリルハさんは申し訳なさそうに、少しだけ下を向く。お手伝いできないのが歯痒いみたい。


 だけど、シュルフさんは、そんなリリルハさんに首を振った。


「リリルハ様。これでいいんです。むしろ、リリルハ様には、いざという時のために、魔力を温存しておいてほしいくらいですから。あちらに着いた時、やはりリリルハ様自身の魔力も必要になると思いますので」


 私たちが今向かっている場所は戦いが厳しい戦場で、もちろん何事もなく終わるのが1番だけど、そう簡単な話でもない。


 どうしても戦いは避けられないし、戦いになったら、自分の身くらいは守れないと足手まといになっちゃう。


 現場に行って、指揮を取る立場のリリルハさんが、ここで魔力を使い果たして動けなくなるというのは、確かに避けたいことだった。


 シュルフさんの言葉に、リリルハさんは顔を上げて、気を引き締めるように唇をギュッと結んだ。


「そう、ですわね。本番はここではないんですから。それに、手伝えることは他にもありそうですわね」


 何かに気付いたリリルハさんは、馬車の向かう先へ視線を向けた。


「あれは?」


 シュルフさんもその視線に気付き、前を見ると、そこからこちらに向かってくる影を見つけた。


 それは数匹の犬のように見える。

 けど、犬とは違う不気味な動きのそれは、近づけば近づく程、犬ではないとわかる。


「魔族っ!」


 こちらに向かってくるのは数匹の魔族だった。

 何やら慌てた様子の魔族たちは、一心不乱に走っている。


「ドラゴンの力は凄まじいものです。」


 何かを目指しているようでもない動きに、不思議に思っていると、リリルハさんが口を開いた。


「ドラゴンさんたちがこちらに近付いてきているというのは、もちろん魔族も気付いているはずですわ」

「なるほど。その影響で、正気を失っているのですね」

「ええ。他の地域でも同じようなことが起きているでしょう」


 国中で魔族の動きが活発になっている可能性がある。


 というのは、アドルフさんたちも考えていたみたいで、騎士団や街、村の警備隊に注意を促しているみたい。


「とは言え、あれを見逃しては、近くの町に被害が行くかもしれません。しかし、事は一刻を争う。となると」


 リリルハさんが私の方を見た。

 少しだけ申し訳なさそうに。


 うん。言いたいことはわかるよ。


「うん。私も手伝う」

「ありがとうですわ、アリス。一瞬で片付けますわよ。シュルフ。あなたはこのまま走ってくださいな」

「かしこまりました」


 馬車の速度を落とさずに、私たちは魔族に向かっていった。


 魔族もこちらに気付くと、さっきまでの正気を失ったような動きではなくて、私たちに狙いを定めるように呻き声を上げた。


「グギャァァ!」

「はぁっ!」


 氷の槍を何本も空中に作り出し、魔族に向かって放つ。正確無比な魔法は、魔族を逃がすことなく仕留めていく。


「ギャア!」


 魔族の悲鳴が響く。

 魔族の数はすでに半分になっていた。


「私も」


 それに続くように、私も魔法で炎を玉を作って、魔族に投げつけた。


 リリルハさん程、正確には狙えなかったけど、数打てば当たるという勢いで、何個も投げつけた。


 そのおかげもあってか、私たちの元に辿り着く前に、魔族はすべて消えてしまっていた。


「おお、これは、すごい」


 お馬さんに魔力を注いでいる人たちも、素早い魔族退治に驚いているみたいだった。


「この調子で、全速力で向かいつつ、見つけた魔族は駆逐していきますわよ」

「はい」


 そして、私たちは、止まることなく目的地へと向かったのだった。

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