たいけつ
第95話
お姉ちゃんの国が、リリルハさんの国に、宣戦布告した。
宣戦布告、の意味は、リリルハさんが教えてくれた。簡単に言うと、戦いを仕掛ける、ということらしい。
理由は、ウィーンテット領国が、ヤマトミヤコ共和国の信仰を著しく侵しているため、だとか。
信仰というのは、ドラゴンさん信仰のこと。
つまり、ウィーンテット領国は、ドラゴンさんを害する国である。そして、それは、ドラゴンさんを神と考えるヤマトミヤコ共和国にとっては、神を愚弄するのと同じ。
だから、神の審判を下す。
という言い分らしい。
シュルフさんからの連絡によると、ウィーンテット領国内は、突然の布告にかなり慌てているみたい。
私たちはお姉ちゃんとお話をして事情を知っているから、まだ大丈夫だったけど、他の人にとっては突然の話だし、無理もない。
そこで私たちは、すぐにウィーンテット領国に戻って、リリルハさんのお父さんであるアドルフさんに事情を説明することにしたんだけど。
でも、すぐに戻ると言っても、ここからウィーンテット領国までは、かなりの距離がある。リリルハさんの見立てだと、どんなに急いでも、徒歩では1週間ぐらいかかってしまうらしい。
しかも、今はドラゴンさんがいないから、いつもみたいに空を飛んで行くこともできない。
一応、シュルフさんが、ヤマトミヤコ共和国とウィーンテット領国の国境近くにある村まで馬車で来てくれているみたいだけど、そこから先はリリルハさんが何処にいるのかわからなくて、止まっていたらしい。
あの蝶を使って連絡する魔法は、ある程度場所を絞れば、あとは勝手に探してくれるもので、シュルフさんは、その魔法を大量に放ち、その1つが私たちの所に辿り着いた。
それを受け取ることで、私たちが今いる場所を、シュルフさんはわかったはずで、多分、こっちに向かって来てくれていると思うんだけど、それでもすぐという話にはならない。
結局のところ、私たちは、どうすることもできずに、ただ時間だけが過ぎてしまっていた。
◇◇◇◇◇◇
「シュルフと連絡が取れましたわ。ここから北にある山道を走っているようですわ」
最初は不確かな位置の情報で、少しずつ近付くような感じだったけど、近付けば近付く程、それは正確になっていく。
シュルフさんと連絡が取れてから2日。
やっと、シュルフさんたちと合流することができそうだった。
「今の所、目立った動きはないようですが、すでに2日も過ぎています。急がなくては」
具体的に、お姉ちゃんがどう動くのかはわからない。
だけど、お姉ちゃんは、冗談であんなことを言うような人じゃない。
アドルフさんの所に行くには、ここからまた何日もかかってしまう。
とにかく急がないと。
私たちは走って、シュルフさんたちの元へと向かった
シュルフさんたちの気配も近くなってきて、そろそろ姿が見えるかも、と思った時、そこにシュルフさんたち以外の気配があることに気が付いた。
「リ、リリルハさん。シュルフさんたちが危ないかも」
「え? どういうことですの?」
シュルフさんたち以外の気配。
その気配は、私のよく知っている気配だった。
正確に言うと、よく知っている気配に、限りなく近いもの。
つまり。
「ドラゴンさんたちが、シュルフさんたちに襲いかかってるかも」
「なっ! い、急がなくては!」
いつも一緒にいたドラゴンさんではない。
だけど、それと同じくらい強そうな気配を持つドラゴンさんが、シュルフさんたちのいるはずの場所から流れて来ている。
気配だけでは全部はわからないけど、恐らく劣勢だと思う。
「アリス。テンをお願いしますわ」
「あ、う、うん」
リリルハさんは、魔法を使ったのか、急激に速度を上げて、シュルフさんたちの方へと向かった。
あの速度だと、テンちゃんは間に合わない。
魔法で一緒に行くこともできるかもしれないけど、テンちゃんの体が持たないと思う。
そこまで遠くはないから、すぐに追い付けるとは思うけど。
「わ、私のことはいいわ。リリルハさんの加勢に、行って」
テンは、ここまで走ってきて、かなり疲れているみたい。足を前に出すのも辛そうで、まっすぐに走れていない。
そんなテンちゃんを、少しの間でも1人にするのは危険だと思った。
「だめだよ。ひとりだと、あぶないよ」
「でも、リリルハさんが、危ない、でしょ」
確かに、ドラゴンさんを相手に、リリルハさんだけというのも危ない。
それでも、テンちゃんをここに置いていくことの方が、遥かに危険なことだった。
「とにかく、私たちも、いそごう?」
「わかった、わ」
テンちゃんと一緒に走って向かう。
その時。
ズドーン、と、大きな音が響き渡った。そして、少し先の方で、激しい砂ぼこりが舞う。
多分、リリルハさんとドラゴンさんが戦ってるんだ。
その後も、ドーン、ドーンと音が続く。
戦いが激しくなっているみたい。
リリルハさんたちが心配だけど、音はすぐそこまで来ている。
もうちょっと。
そうしてやっと辿り着いた時、今までで1番、大きな音が響き渡った。
「あうっ!」
「きゃ!」
それはすぐ近くに隕石が落ちたような音で、周りの木々が薙ぎ倒されるような威力だった。
サァと背筋が凍り、その衝撃の中心を見る。
すると、そこには、リリルハさんを囲むように、シュルフさんたちが倒れていて、その周りを囲むように、地面が抉れていた。
シュルフさんたちは、ピクリとも動かない。リリルハさんも、膝をついて動けないみたいで、上を見ながら悔しそうに歯を食い縛っていた。
「リリルハさんっ!」
「ア、アリス。来てはいけませんわ!」
私の声に、リリルハさんが慌てた様子で叫ぶ。
リリルハさんは、首を振って、逃げて、と叫んでいるけど、そんなことできないよ。
「テンちゃん。私から離れないでね」
「わ、わかったわ」
テンちゃんと手を繋いで、リリルハさんの元に走る。
へし折れた木々の間を抜けて、抉れた地面の所まで行くと、リリルハさんたちを襲っている者の姿が見えた。
それはやっぱり、ドラゴンさんで、私と一緒にいたドラゴンさんとは違って青い色をしたドラゴンさんだった。
青いドラゴンさんは、一瞬だけ、私の方を見るけど、気にした様子もなく、大きく口を開けると、大きな火の玉が現れた。
あれが、あの衝撃の正体みたい。
多分、シュルフさんたちは、あの攻撃からリリルハさんを守るために、防御の魔法を作って、衝撃に耐えられず、気絶してしまったんだ。
ということは、リリルハさんだけでは、あの攻撃を防ぐことは難しい。
次受けたら、間違いなくリリルハさんたちは、致命傷を受ける。
ううん。跡形もなくなっちゃうかもしれない。
そんなの駄目。
でも、まだ間に合う。
「ドラゴンさんっ! お願い、もう帰って!」
リリルハさんたちの前に立って、ドラゴンさんに叫ぶ。
できれば、ドラゴンさんとは戦いたくない。
ドラゴンさんを傷付けたくない。
ドラゴンさんの仲間のドラゴンさんを、傷付けるようなことはしたくない。
「アリス。駄目ですわ。あのドラゴンさんは、そんな話、聞いてくれません」
リリルハさんの言う通り、青いドラゴンさんは、攻撃をやめてくれる気配がなかった。
このままじゃ。
「グオオオン!」
けたたましい雄叫びと共に、ドラゴンさんの攻撃が放たれた。
それは本当の隕石のようで、手加減なんてしていたら、一瞬で終わる。
「リリルハさん。氷の壁を作って!」
「え? え、ええ、わかりましたわ!」
リリルハさんは、魔法ですぐに氷の壁を作ってくれた。
あの攻撃は、炎をまとっている。
氷の魔法が相性が良いはず。氷の魔法なら、私よりもリリルハさんの方が上手だから。
だけど、リリルハさんだけの魔力じゃ、ドラゴンさんの攻撃は、防ぎきれないから、私がその魔法を強化する。
リリルハさんの魔法に、私の魔力を注ぎ込んで、より強固なものへ、大きなものへ。
「こ、れは、すごい、これなら」
リリルハさんも驚くくらいに強化された魔法。
ドラゴンさんの攻撃が近付いても、溶けることはなく、真っ正面からその炎を玉を受けた。
だけど、これだけ強化した魔法でも受けるのはギリギリで、炎が弱まるのと、氷が溶けるのがほとんど同じだった。
「う、うう」
これが、青いドラゴンさんの力。
私は本気で魔力を込めた。全力の魔法だ。
それでもこれが限界なんて。
ズズズッと、炎の玉が小さくなって、やがて消えた。それと同時に、氷の壁も霧となって消えてしまう。
本当に危なかった。
白い霧が辺りに立ち込めて、その先にいる青いドラゴンさんは、静かに私の方を見ていた。
あくまで、我々の邪魔をするのか。
そう聞かれたような気がした。
「うん」
私が答えると、青いドラゴンさんは、また、邪魔をするのなら、竜の巫女の末裔だとしても、容赦はせぬぞ。と、そう言ったような気がした。
そして、青いドラゴンさんは私を睨み、ゆっくりと何処かへ飛び去ってしまう。
ああ、これで、私もドラゴンさんの敵になっちゃったのかな。
傷付いて倒れるシュルフさんたちに治癒魔法をかけながら、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます