第86話

「アリス様。お呼びですか?」

「うん、テンちゃんが帰るから、案内して?」

「かしこまりました」


 女の人は、テンちゃん、を連れて、部屋の外に出ていく。


「こちらへ」


 女の人は、何も、気にせず廊下を歩いていった。

 すごい、テンちゃんの言った通りだった。


 私は女の人の後ろを、テンちゃんの姿でついていく。


 そう。今、私は、テンちゃんの変装をして部屋の外に脱出さているのだ。

 この作戦は、テンちゃんが考えてくれた作戦。


 ◇◇◇◇◇◇


「変装よ」


 テンちゃんは、作戦の内容を簡潔に一言でまとめた。


「変装? 誰に?」

「あたしよ」


 テンちゃんは自分を指差す。


「私は必ず部屋の外に出る。だから、あたしに変装すれば、何の障害もなく部屋を出ることができるわ。そして、あたしがあんたの変装をすれば、気付かれることもないはず」

「なるほど」


 確かにそれはいいかも。

 それなら、簡単に部屋を出られるし、見張りの人が気付かなければ、お姉ちゃんも気付けないと思う。


 だけど。


「魔法を使ったら、お姉ちゃんに気付かれるかも」


 お姉ちゃんも、常に私のことを監視している訳じゃないだろうけど、魔法を使えばすぐに気付かれちゃうと思う。


 現に魔法を使って姿を消そうとして逃げようとした時は、魔法を解除されてしまった。近くに誰もいなかったけど、多分あれは、お姉ちゃんがやったんだと思う。


 直接逃げるための魔法じゃなければ、特に何もしてこないから、大丈夫だと思うけど、変装なんて、いかにも逃げそうな魔法、お姉ちゃんが放置するとは思えない。


 そうなると、その作戦は難しいということになっちゃうけど、テンちゃんは、呆れたような表情をしていた。


「あんたねぇ。変装くらい、魔法なんて使わなくてもできるでしょ」

「え? そうなの?」


 魔法を使わないで変装なんて、すぐにバレちゃうんじゃないかな。

 私とテンちゃんの顔は、全然似てないし。


「そんなの、サッとメイクすれば簡単よ。ちょうど部屋に化粧道具もあるみたいだし、あえて顔を見せなければ簡単よ」


 テンちゃんは、かなり自信があるみたい。

 聞くと、テンちゃんは、以前盗みをしていた時に、そういう変装術を学んでいたらしい。


 今までに一度もバレたことがないと、テンちゃんは、誇らしげに教えてくれた。


「だから、心配はいらないわ」

「でも、そのあとはどうしたらいいんだろう?」


 仮に、テンちゃんの作戦通りにこの部屋を出られたとしても、そのあとはどうすればいいんだろう。


 とりあえず、リリルハさんの所に行きたいけど、リリルハさんが何処にいるかもわからないし、いくらテンちゃんの変装をしても、そこまで自由には動けないはず。


 テンちゃんは、食堂にいたみたいだから、恐らく、そこに戻されるんじゃないかな。


「そこから先は賭けね。あたしに対する監視はそんなに厳しいものじゃなかったわ。だから、なんとか監視を掻い潜って、リリルハさんを探しなさい。流石に何処にいるのか、想像もつかないけど」

「そうだよね。それしかない、よね」


 どの道、この部屋から逃げることができなかった時から比べたら、遥かに進展してる。

 私に対する監視より、テンちゃんに対する監視の方が薄いなら、そこから先は私が頑張らないと。


 そこでふと、大事なことに気が付いた。


「でも、テンちゃんは、そのあとどうするの?」


 私がこの部屋から出るための作戦として、この作戦はすごく良いと思う。

 だけど、その代わり、私に変装したテンちゃんは、この部屋に残ってしまうということになる。


 そしたら、またテンちゃんは、この部屋から出ることができなくなって、いつかは気付かれちゃう。


 なんとかして、テンちゃんを連れ出そうとしても、私がこの部屋から逃げ出せない時と同じ問題が発生しちゃう。


「とりあえず、その問題は後回しよ。どうせ、その竜の巫女さんは、あたしのことなんて気にしてないだろうから、リリルハさんを助けたら、2人で相談でもして」


 テンちゃんは、何でもないことのように言うけど、私はそれが少し信じられなかった。


 何も言わない私に、テンちゃんは怪訝な顔を浮かべる。


「どうかしたの?」

「え、えっと」


 何と言えばいいのかわからないけど。


「どうしてそんなに、簡単に言えるの?」

「はぁ?」


 テンちゃんは、意味がわからないとばかりに、眉間に皺を寄せた。

 だけど、私にはその反応の方が意味がわからなかった。


「だって、もしかしたら、危ないことになるかもしれないんだよ? 変装がバレたら、テンちゃんも危険かもしれない。それに、もし、私が戻ってこれなかったら、どうするの?」


 テンちゃんを見捨てるなんて、そんなことはありえない。

 何があっても、テンちゃんを連れ出しに戻ってくる。そんなのは当たり前。


 だけど、それを、テンちゃんが信じてくれるのかは別問題。

 だって、ここに1人で残されるなんて、不安でしかないはずだもん。


 なのに、テンちゃんは、そんなこと全く気にしていないみたい。

 それが私には信じられなかった。


 そう問う私に、テンちゃんは、疲れたようにはぁ、溜息を溢した。


「あんたが、助けに戻ってくるなんて、当たり前じゃない。あんたが記憶をなくしていても、それに変わりはないでしょ? 話してればわかるわよ」

「信じて、くれるの?」

「あんたみたいな馬鹿正直が、あたしを騙して、1人で逃げようなんてずる賢いこと、考えられる訳ないじゃない」

「それ、誉めてるの?」

「誉めてないわよ」


 ぶっきらぼうに言うテンちゃんだけど、その顔には少しだけ笑顔が浮かんでいた。


「でも、あたしを助けてくれる気は最初からあったんでしょ」

「そんなの、あたりまえだよ」

「ほら、なら、別に、何も問題ないじゃない」


 テンちゃんの笑顔は、私に安堵をくれた。


「問題、ないのかな」

「あとは、あんたがヘマをしなきゃいいのよ」

「うっ。がんばります」


 ビシッと言われて、私は縮こまる。

 そうだよね。どんなに、テンちゃんが信じてくれても、私が失敗したら、何の意味もないもんね。


 気を付けないと。


 そう思って気を引き締め直した私に、テンちゃんもまた、真剣な表情に戻る。


「どちらにしても、リリルハさんを助けられないと始まらないわ。リリルハさんなら、いい作戦を考えてくれるだろうし、ここをうまく切り抜ける策が出てくるかも。だから、しっかりね」


 私に気合いをいれるため、テンちゃんは、私の背中を軽く叩いてくれた。


「うん。がんばる」


 私はその感触を背に、テンちゃんに、メイクをしてもらったのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 そうして、なんとかこうにか、部屋を出ることに成功した私は、テンちゃんが最初にいたであろう調理室に連れてこられた。


「では、ここでしばらく待機していてください。帰りの用意をして参りますので」

「うん。じゃなかった、わかったわ」


 言い直した私に、女の人は少し首を傾げたけど、特に気にした様子もなく、部屋を出ていった。


 私の声は魔法でテンちゃんの声にしている。

 そして、テンちゃんには、私の声が出るようにしていた。


 小さな魔法で、一瞬でかけられる魔法だから、流石にお姉ちゃんも気にしないと思ったから。


 それに、声が違えば、すぐにバレちゃうだろうし、このくらいは仕方がなかった。


 そして、部屋を出ていった女の人の気配がなくなったのを確認して、私は部屋の外をソッと覗く。


 確かに。

 テンちゃんが言っていたみたいに、ここの監視はそんなに厳しくないみたい。


 一応、定期的に人が回っているみたいだけど、あれくらいなら、どうでもできると思う。


「とにかく、リリルハさんのいる場所を探さないと」


 だけど、それが難しい。

 ここに来ても、やっぱり魔法は使わない方がいいだろうし、そうなると足で探すしかない。


 だけど、歩き回れば、それだけ見つかってしまう可能性も高くなってしまう。

 テンちゃんの姿でも、歩き回っているのを見つけられたら、すぐに戻されちゃう。


「やっぱり、目星はつけないとだめだよね」


 リリルハさんが、いそうな所。

 何処だろう。


 リリルハさんが捕まってるとしたら、何処だろう。

 捕まってるなら、何処かの牢屋にいるのかな。


 そういえば、牢屋、といえば、テンちゃんの町で、ドラゴンさんが捕まった時、テンちゃんが言ってたっけ。


「こういうのは、地下に牢屋みたいのがあるのよ。その方が逃げられづらいでしょ」


 そうか。

 牢屋なら、地下にあるのかもしれない。


 このお城の構造はある程度頭に入っている。

 どんな部屋があるかはわからないけど、地下に続く階段の場所ならわかる。


「そこに行ってみよう」


 私は見回りの目の盗んで、地下の方へ向かった。

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