第40話

 ドラゴンさんに乗って移動する。


 この島はかなり大きいようで、ドラゴンさんもかなりのスピードで飛んでるのに、中々端っこには到着しなかった。


 しかも、あの神殿以降、何の建物も見当たらず、やっぱり生き物もいなかった。


「あ」


 それでも、夕方まで飛び続けると、やっと島の端っこが見えてきた。


 ドラゴンさんに地面に降りてもらうように言って、ちょっとだけ先の方を見てみる。


 この島に来る時と同じように、目の前には深い霧が立ち込めていて、遠くの方は見えなくなっていた。


「大丈夫、だよね?」


 答えが来ないとわかってるけど、ドラゴンさんに聞いてみる。


 あの男の人も流石にもういないと思う。


 こんなに空高くの島にいるなんて思わないだろうし、あれからかなり時間も経っている。


 諦めてくれたと思うんだけど。


「降りてみようか、ドラゴンさん」


 それでもまだ不安感は拭えなかったけど、でも、いつまでもここにいる訳にはいかないし、降りてみないと何もわからないよね。


 ドラゴンさんにお願いして、私たちはまた霧の中に入っていった。


 ◇◇◇◇◇◇


 霧は、思ったよりも早く薄れていって、いつの間にか、元の空に戻ってきた。


「ここ、どこだろう?」


 目の前に広がるのは森。

 島に来る前と今の場所は、景色がそんなに変わっていないように見える。


 でも、あんなに大きな島を渡ってきたんだから、ここはさっきと違う場合だよね。


 空は暗くなっていて、確実に時間が過ぎているのがわかるし。


 少なくとも、私が居眠りをしていて、夢を見ていたという訳ではないと思う。


 ちゃんと、日記も手元にあるしね。


 チラッと下を見てみるけど、攻撃が来る気配はなかった。


 どうやら、さっきの男の人は諦めてくれたみたい。


 ホッとして、私は地面に降りることにした。


 もうすでに真っ暗だけど、暗いだけなら、私はそんなに問題ないし、あの男の人がいないなら、獣もそんなに怖くない。


 地面に降り立って、私はドラゴンさんの背中から降りた。


 久しぶりに地面に降りた気がする。

 あの島も、地面と言っていいのか微妙だったし。


「お腹、すいた」


 そういえば、ずっとご飯を食べていなかった。

 朝ごはんは食べたけど、そのあとからは何も。


 腹が減ってはなんとやら、だよね。

 何かを考えるよりも先に、とりあえず何かを食べよう。


 思ったらすぐに準備だね。


 私はドラゴンさんの背中に乗っている鞄から、この前の町で買っておいた食料を取り出した。


 これは乾燥させたフルーツで、保存が効いて、しかも美味しかったから買っておいた。


 何かを作るのは時間も遅いし、これで済ませてしまおう。


 寒くならないように、焚き火だけして、私は近くにあった大きめな、青く光る石に座った。


「ん? 光る石?」


 座ってから思った。

 これ。


「あ! これ!」


 これ、私の記憶の欠片かも。


 そうだ。

 ここに来たのは、私の記憶の欠片を探すために来たんだった。


 あの男の人に襲われて、すっかり忘れていた。


 さっきは見つからなかったけど、こんな所にあったんだ。


「あれ? でも……」


 どうして、この石がこんな所にあるんだろう。


 だって、話に聞いていた森とここは違う森のはずなのに。


 それとも、たまたまなのかな。


 たまたま同じように森の中に私の記憶の欠片があったのかも。


 ああ、そうだ。

 そうだよね。


 だって、あんなに移動したんだもん。

 ここがさっきと同じ場所のはずがない。


 そうとわかれば、早速、石を取ってみないと。


 私はドラゴンさんに一言だけ言って、光る青い石を手に取った。


 そして。


 ぶわっと、石が光って、また景色が変わった。


 ◇◇◇◇◇◇


 いつの間にか、目を瞑っていたみたい。


 目を開くと、私は何処かの建物の中にいた。

 なんか、見たことがある風景。しかも、すごく最近に。


「ここ、どこかわかる? ドラゴン……」


 聞こうと後ろを振り向くと、ドラゴンさんはいなかった。


 どうやら今日ここに来たのは、私、1人だけみたい。


 私は仕方なく、適当に歩き出す。


 それから少しもしないで、広めの部屋に出てきた。


 すると、そこには、祭壇のようなものがあって、1人の女の子がいた。


 私よりも大きくて、ちょうどリリルハさんくらいの女の子に見える。


 女の子は何かを書いているみたいで、ずっと下を向いたままだった。


 その他には誰もいない。


 気配もない。

 あるのは、女の子が文字を書く音と、微かな呼吸音だけ。


 私は、その女の子に近付いていった。


 女の子は真剣な様子で書いている。

 何を書いているのかを見たら、それは日記だった。


 それは、何かの革の日記で、見覚えのあるものだった。


「これ、私の持ってるのと一緒だ」


 そうだ。

 この日記は、あの神殿にあった日記と同じだ。


 そういえば、この祭壇も、この部屋の装飾も見た覚えがあると思ったら、あの神殿と同じものだ。


 あの神殿は、壊れかけていて、すぐには気付けなかったけど、気付けばわかる。


 ここはあの神殿の中だ。


 ということは、ここはあの神殿で、この人は、あの日記を書いた人ってことなのかな。


 何を書いているのか、少しだけ覗いてみる。


 覗いてようとした。


 けど。


 バチンッ!


「いたっ!」


 近付こうとしただけなのに、何か壁のようなものに阻まれて、しかも、体を電流のようなものが走る。


「……誰?」


 そのせいで、女の子がこっちを見てきた。


 視線は私には向いていないけど、でも、明らかに誰かがいると、探しているみたい。


 でも、こんなの初めて。

 今まで、私が何をしても、誰かに気付かれることなんてなかったのに。


「誰か、見てるのね?」


 女の子の声が静かに響く。

 凛とした声は、どこまでも澄みきっていて、逃げられる雰囲気ではない。


 私の声、聞こえるのかな。


「あの、聞こえてる?」


 声を出してみた。

 でも、やっぱり聞こえてはいないみたい。


 女の子は、キョロキョロと周りを見て、気配を探っているみたいだった。


「誰かがいるのは確かなようね」


 女の子は、1歩だけ私に近寄る。

 そして。


 おもむろに口を開く。


「もし、あなたがドラゴンさんと一緒に旅をしている人なら、気を付けなさい。竜狩りが、あなたを狙っているから」

「え?」


 竜狩りが、私を狙っている。

 そう言われて、ハッとした。


 そっか。

 あの男の人は、竜狩りの人なのかもしれない。


 そうだ。そういえば、あの男の人は、ドラゴンさんのことを、竜、と呼んでいた。


 あれは、自分が竜狩りだから、そう言ったのかもしれない。


 少なくとも、この人の日記に書いてあった、ドラゴンさんを、竜と呼ぶ地域の人であり、竜狩りの人がいた地域の人であることは間違いない。


「竜狩りは、ドラゴンさんの天敵。ドラゴンさんでは決して勝てないわ」


 女の子の声は悔しそうで、憎らしそうで、吐き捨てるようだった。


「そして、竜狩りは、私たちの天敵でもある。気を付けなさい」


 私たち?

 それってどういう意味だろう。


 聞こうとしたけど、もう時間みたいで、少しずつ視界が薄れていった。


「気を付けなさい」


 最後にもう一度だけ、女の子の声が聞こえてきて、私の意識は消えてしまった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ん、んう」


 目を開くと、ドラゴンさんが尻尾で私を包んでくれていた。


 周りを見ると、まだ夜は深くて辺りは真っ暗。焚き火だけが、パチパチと燃えていて、温かかった。


「おはよう、ドラゴンさん」


 そう言うには少し早いかもしれないけど、目が覚めた時の挨拶は、これしか思い付かなかった。


 それに、眠気も消えていたので、今から寝るのは難しいかも。


 私は体を伸ばそうと立ち上がろうとした。


 でも。


「ドラゴンさん?」


 それをドラゴンさんは阻む。


 どうしたんだろうって思ったけど、ドラゴンさんを見ると、ドラゴンさんは一点を睨み付けていた。


 何かあるのかと、私もそっちを見ると、1人の男の人がこちらに近づいてくるのが見えた。


「あ! あの人!」


 私は思わず声を出してしまった。


「見つけたぞ!」


 さっきの男の人だ。

 多分、竜狩りの。


 私はすぐに逃げようとした。


 でも。


「逃がさん!」


 男の人はものすごいスピードで私の元に飛びかかってきて、私を守ろうとしてくれたドラゴンさんの翼を簡単には切り捨ててしまった。


 そして、そのまま、その剣が私に向かってくる。


 これはまずい。

 そう直感した。


 普通の傷なら、すぐに治るはずだけど、この人の攻撃はまずい。そう思った。


 私は、恐くて目を瞑る。


 それに意味があるとは思えないけど、そんなことしかできなかった。


 そして、男の人の剣が、私に振り落とされる。



 そして。



 ガキィン。


 と、およそ人を切る音ではない音が辺りに響いた。


 痛くもない。

 切られた訳じゃないみたい。


 恐る恐る目を開く。


 すると、男の人の剣を、誰かが受け止めてくれていた。

 メイド服を着た女の人が、私を守ってくれている。


「え? え?」


 その人は、私のよく知っている人で、武器を着けているのか、黒いかきづめみたいな右手で剣を受け止めてくれていた。



「お怪我はありませんか? アリス様」


 そう言いながら、笑顔で振り返ってくれたのは。


「レミィさん!」


 レミィさんは、私にニコッと笑ったあと、男の人の剣を鷲掴みして、力任せに投げた。


「くっ!」


 少し間合いができた所で、レミィさんが地面を叩きつけた。

 その攻撃で地面が抉られて、砂ぼこりが舞う。


「逃げますよ」

「うわっ!」


 レミィさんは、私を抱えてドラゴンさんの背中に乗る。

 その瞬間に、ドラゴンさんがすごい勢いで飛び上がった。

 傷付いた翼を必死に動かして。


 そして、その勢いのまま、ドラゴンさんはレミィさんが指示する方へ、飛んでいった。

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