第39話

 どうして島が浮いているのかとか。

 どうしてこんな所にあるのかとか。


 わからないことはたくさんあったけど、私たちはとりあえず、この島に降りてみることにした。


 一応、すぐに逃げられるようにドラゴンさんの背中に乗ったまま。


 でも、どこまで行っても、あるのは緑の草原。


 誰かがいる様子もないし、何か生き物がいる気配もない。


 鳥さん1匹いないなんて、すごい不思議。


 空を見る。

 雲が流れている。


 でも、これは雲が動いているのか、島が動いているのか、全然わからない。


「だれかいますかー!」


 大声で叫んでみる。

 誰かがいたら聞こえるかもしれないから。


 でも、しばらくしても、何の反応も返ってこない。


 やっぱり、ここには誰もいないのかな。

 でも、それなら、この島は何のためにあるんだろう。


 どうしてあるんだろう。


 私は、ドラゴンさんにお願いして、もっと奥に向かった。



「あれ?」


 そうすると、草原のど真ん中に大きな神殿のような建物が建っていた。


 近くに行くと、その神殿は、かなりぼろぼろだけど、結構な大きさで、装飾もすごく凝っていた。


 入り口の所には、ドラゴンさんのような置物が置かれていて、まるで入ってくる人を見張っているみたい。


「ドラゴンさん。待っててね」


 私はドラゴンさんから降りて、その神殿に入ってみることにした。


 なんとなく、この神殿の中は安全。

 そんな気がしたから。



 中に入ると、天井はすごく高くて、窓ガラスは色鮮やかな模様になっている。


 ステンドグラスって言うんだっけ。


 地面に割れた破片なんかが落ちてるけど、それがキラキラ光って、ちょっと神秘的だった。


 神殿の1番奥まで来ると、祭壇のようなものがあった。


 祭壇は、金でできているみたいで、ピカピカ光っているけど、そこには、何か文字が掘られている。


「なんて書いてあるのかな?」


 読んでみようとしたけど、文字は削られていて、よく読めなかった。


「うーん」


 その他には何もない。


 というより、全部がかなり古いものみたいで、ほとんど元の姿がわからないくらい、めちゃくちゃになっていた。


 でも、これがあるということは、昔、ここには誰かがいたのかもしれない。

 相当、昔の話かもしれないけど。


 逆を言えば、ここまでめちゃくちゃになっているということは、今は誰もいないということかもしれないけど。


「何もないのかな」


 一旦、神殿を出ようかな。

 そう思った時、1冊の本が落ちていることに気付いた。


 それは、他のものとは違って、何故かしっかりと原型を保っているみたいだった。


「これ、何だろう」


 手に持ってみる。

 埃を被っていたから、ポンポンと払う。


 何かの革の表紙には特に何も書かれていない。


 中も見てみる。

 けど、何かは書かれてあるけど、かなり薄くなって、ほとんど読めなくなっていた。


 でも、少しだけ読める所を読んでみると。


「これ、誰かの日記?」


 日にちは読めないけど、多分、そんなことが書いてある。

 今日は何があった。そんな風に。


 読める所だけでも読んでみようかな。


 人の日記を見るなんてお行儀が悪いかもしれないけど、ここがどういう所なのか、少しはわかるかもしれないから。


「えっと、今日は、新しいドラゴンさんがやって来た。話しかけても、何も言ってくれないけど、私に忠誠を誓ってくれているのは間違いない」


 ドラゴンさんが、忠誠を誓う。


 この日記を書いた人も、ドラゴンさんと一緒に旅をしてる人なのかな。


 そのあとも読んでみよう。


「今日は、ドラゴンさんたちが、悪い人たちを見つけてくれた。明日にでも、粛清に行かないと」


 粛清って、何をするんだろう。

 でも、怖い響きだってことはわかる。


 そのあとも、この人は、悪い人を見つけては、粛清をしてるみたいだけど。


 あ、でも、ここは少し違うみたい。


「今日は、ドラゴンさんが怪我をしてしまった。竜狩りを名乗る悪い人の仕業みたい」


 竜狩り?

 そんな人がいるんだ。


 竜って、そういえば、さっきの男の人も言ってたかも。


 竜っていうのは、ドラゴンさんのことらしい。

 一部の地域では、ドラゴンさんのことを、竜さんと言うみたい。


 じゃあ、竜狩りは、ドラゴン狩りという意味にもなる。


「ドラゴン。狩る。人」


 どこかで聞いた覚えのあるフレーズだな。



「ならば、教えよう。俺は、ドラゴンを狩る者として選ばれた、ドラゴンキラーと呼ばれる勇者なのだ」

「あ!」


 そうだ。

 アジムさんが最初、そんなことを言っていたような気がする。


 アジムさん。こんなことしてたのかな。


 あ、でも、この日記、相当古いし、アジムさんのことじゃないのかも。


 アジムさんの前にも同じような人がいたってことなのかな。


「えっと、竜狩りは、思ったよりも厄介だった。ドラゴンさんでは、相性が悪く勝てないみたい。なら、私が直接戦うしかないかもしれない」


 さらに読み進めていくと、そんなことが書いてあった。


 この竜狩りの人は、ドラゴンさんよりもすごく強いみたい。

 相性が悪いって書いてあるけど、ドラゴンさんでは一度も勝てなかったと書いてある。


 そこから先は、ビリビリに破かれていて、全然読めなかった。


 けど。

 最後の1ページだけは残っていた。


 ペラッと捲ると、そこにはびっしり、文字が書かれていた。


「ひっ!」


 私は思わず、日記を投げ捨ててしまった。


 だって、そこには、書き殴るように、大きさも、形もぐちゃぐちゃだけど、ただ一言、同じ文字がずっと書かれていたから。



 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 破ける程に、力を込めて書かれた文字には、血まで滲んでいて、何が起きたのか、想像もできない。


 それでも、おぞましい程の感情が、このページに込められている。

 それだけはわかった。


 怖い。

 この人はいったい、どういう気持ちで、こんなことを書いたんだろう。


 憎い。何かを憎む気持ちを、ここに書いて、どうしたかったんだろう。


 私は、もう一度、ソッとその日記を手に持つ。


 こんなに怖いのに、手放してはいけない。

 そんな気がしたから。


「これで、終わってる」


 最後の最後まで、憎い、という文字で埋め尽くされた日記。


 この人は、いったいどういう人なんだろう。


 わからない。

 でも、知らなければいけない。

 そんな気がした。


 私は、その日記を持って、神殿を出る。

 勝手に持ち出すなんて、悪いことかもしれない。


 でも、この日記は、私が持っていなければいけない。そんな気がする。

 そんな直感がする。


 神殿を出ると、ドラゴンさんは礼儀正しく足を揃えて待っていてくれていた。


 私を見ると、ドラゴンさんが私に近寄ってくる。


 そんなドラゴンさんの頭を撫でて、私は神殿の方を振り向いた。



 結局、この神殿が何なのか。

 それはわからなかったけど、この神殿を忘れてはいけない。


 いつか、私の記憶が戻った時、この神殿は、多分、何か大事なものだと思えると思うから。


 私は神殿をしっかりと見つめ、記憶に刻み込む。



 そしてまた、ドラゴンさんに背中に乗って、さらに奥へと行くことにした。

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