第31話
「少し、悲鳴が収まってきた?」
テンちゃんが、氷の壁に近寄って外を見る。
警備隊の人たちは世話しなさそうに動いているけど、魔族の姿は見えなかった。
遠くの方は見えなくて、どうなっているのかはわからないけど、さっきまでは街の至る所で煙が上がっていたのに、今は少しずつそれがなくなっていっている。
街の消火活動が始まっているみたい。
そうこうしているうちに、警備隊の人たちが街の人たちを連れてきた。
多分、避難してきた人たちだ。
「屋敷の中は安全です。警備隊がこの周りを警護します。皆さんは屋敷の中で固まっていてください」
街の人たちをすごく疲れたような顔をしているけど、ここまで来てやっとホッとできたみたい。
そう思っていると、私たちの周りを覆っていた郡の光の盾が、スッと消えていった。
「あれ?」
どうしたんだろう。
「アリス様、皆さん、ご無事ですか?」
「シュルフさん」
シュルフさんは、警備隊の人たちと一緒にここまで来たみたい。
シュルフさんは警備隊の人に少し指示を出して、私たちの所まで来た。
「とりあえず、事態は収束に向かっています。皆さんも屋敷の中でお待ちください。警備隊が守りを固めているので、ここは安全でしょう」
あ、なるほど。
だから、魔法を解いてくれたんだ。
みんなの所に行くように。
確かに、ずっとここにいるのも変だよね。
警備隊の人も増えてきたし、多分、もうここは安全だってことなんだ。
「ねぇ、あいつは?」
「あいつ、ですか?」
「あの馬鹿領主よ」
テンちゃんの質問に、シュルフさんは顔を曇らせる。
「それを聞いて、どうするのですか?」
「殴る」
テンちゃんは拳を強く握って絞り出すように言った。
さっきまではすごく弱っていたテンちゃんだったけど、少し泣いて。泣くことができて、調子を取り戻したみたい。
そうしたら、シュンバルツさんへの怒りがまた沸き上がってきたということだと思う。
テンちゃんの勢いが面白かったのか、シュルフさんは少し笑っていた。
「ふふ。それは良いと思います。ですが、残念ながら、まだ見つかっていません。すぐに見つけますので、その時はお願いしますね。それでは、失礼します」
シュルフさんは魔法を使っているのか、すごい早さで何処かに行ってしまった。
そのあとも警備隊の人たちは、シュルフさんの指示通りなのか、迅速な動きで避難してきた人たちを誘導していた。
そんな様子を見て、テンちゃんは信じられなさそうな顔をしていた。
「本当に、あの2人だけでなんとかしてるの?」
2人だけ。
ううん。違うと思う。
「みんなだよ。リリルハさんたちは、みんなで協力するのがすごく上手なの」
リリルハも、シュルフさんも、すごい人たちだけど、それだけじゃない。
警備隊の人たちの動きは、さっきまでとは比べ物にならないくらい、統率された動きをしている。
だからこそ、こんなに早く、魔族の侵入に対応できてるんだ。
警備隊の人たちもみんなで頑張ってるから。
「警備隊なんて、あいつの飼い犬、ぐらいにしか思ってなかったけど」
真剣な表情で街の人たちを守ろうとする警備隊の人たちを見て、テンちゃんはそう溢した。
「やっぱり、屑なのはあいつだけ。いや、あの警備隊のリーダーもか」
テンちゃんは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そして、大きく溜息を漏らすと、さっきとは違って、すっきりとした顔で、ニヤリと笑った。
「とにかく、あのシュルフって人があいつを見つけてくれたら、全力でぶん殴ってやる」
「ふふ、うん。わかった」
それから、私たちは、警備隊の人たちについていって、屋敷の中に避難した。
これでもう安心。
そう思っていたんだけど。
「くそ。いたか?」
「いえ、見つかりません」
警備隊の人たちは焦った様子で会話をしていた。
何について話しているのかはわからないけど、誰かを探しているみたい。
その人が見つからない、という話らしい。
誰を探してるのかな。
「まだ、あいつ、見つかってないのね」
「あいつ? ああ、シュンバルツさんのこと」
そっか。
みんな、シュンバルツさんを探してるんだ。
シュルフさんも探してるみたいだけど、何処にもいないんだね。
警備隊の人、みんなで探してるみたいなのに、まだ見つからないなんて、よっぽどかくれんぼが上手なんだ。
でも、そういえば。
「あそこは……」
みんな、外ばっかりを気にして探してるみたいだけど、屋敷の地下は見たのかな。
「ねぇ、テンちゃん」
「ん? どうかした?」
テンちゃんはシュルフさんたちと一緒にここに来た。
ということは、外に出たなら、テンちゃんたちが見てると思うんだけど。
そうじゃなくても、警備隊の人がこんなにいるのに、誰もシュンバルツさんを見てないなんて、あるのかな。
「シュンバルツさんって、外に出たのかな?」
私の疑問に、テンちゃんがポカンとしたわ
「は? 逃げたんだから、そうに決まってるでしょ。まさか屋敷に残る訳ないし、魔族を放ったのはあいつなんでしょ? 何処から出したかは知らないけど、少なくともそこに行くために外に出てるでしょ」
テンちゃんは呆れたように言う。
でも。
「シュンバルツさんが逃げて魔族を放ったにしては、早すぎると思うの。私たちがシュンバルツさんがいなくなったのに気付いたすぐあとに、シュルフさんが来たんだから」
「え? そうなの?」
みんな慌てていて、そこら辺はきちんと話してなかったけど、シュンバルツさんがあの部屋から逃げて、魔族を放ったとして、それから街が襲われたのなら、シュルフさんたちが来るのは早すぎる。
私たちはシュンバルツさんがそうやったと思っていたけど、もしかしたら、違うのかもしれない。
もし、そうなら、誰がやったのかはわからないけど。
「あいつ以外に魔族を放った奴なんて……。そうか! 多分、あの警備隊のリーダーの奴よ」
「リーダーの人?」
そういえば、あの人は最初、あの部屋にはいなかった。
途中からやって来たみたいだったけど、もしかして、魔族を放ってから来たのかな。
「なら、あいつはまだ屋敷の中で隠れてるのかも!」
そう言うと、テンちゃんは屋敷の中へと走っていった。
「あ! テンちゃん!」
テンちゃんを1人にできない。
絶対、危ないもん。
でも、シュルフさんにも今の話を伝えた方がいい気がする。
「ドラゴンさん」
「ブウゥゥン」
「シュルフさんをここに連れてきてほしいの」
「ブウゥゥン」
私がお願いすると、ドラゴンさんはすぐに飛んで何処かに向かった。
そして、私は警備隊の人に、お願いする。
「子供たちをお願いします」
「え? 君!」
みんなを連れていく訳にはいかないから、子供たちをお願いして、早く行かないと。
テンちゃんがあぶない。
◇◇◇◇◇◇
「リリルハ様! シュルフさんの報告で、魔族の出所が判明しました。1つは東のロンド商会の地下、もう1つは南のエリスト伯爵の屋敷になります」
「何ですって? そんなに離れた場所で?」
リリルハは告げられた報告に驚く。
その2つはかなりの距離を離れていて、普通に考えて、人がそう簡単に往復できる距離ではなかった。
それはたとえ、魔法を使ったとしても。
しかも、シュンバルツには魔法の才はない。
そんな人間が、リリルハとハインドの戦っている最中に行けるはずがなかった。
リリルハも、ここに来てその事実に気付いたのだった。
「あの、馬鹿が!」
机を叩きつけたリリルハが睨むのはシュンバルツの屋敷。
そして、頭に浮かぶのはハインドの顔。
ハインドは最初からリリルハを殺すつもりだった。それを考えれば、魔族を解き放ち、その混乱に乗じてリリルハを殺す算段だったということだろう。
まさか、ああも容易く負けてしまうなど思っていただろうから。
それに気付き、リリルハは自分の浅はかな勘違いに頭痛を起こしていた。
「すぐに屋敷に戻らなくては。進捗は?」
「はっ。避難はほぼ完了済みです。残った魔族についても制御できるレベルまで落ち着いています」
「なら、みなさんは、そのまますべての地区の安全の確認をしなさい。A班は私についてあの無能の屋敷に向かいますわよ」
「了解しました!」
指示を出して、リリルハはすぐに本部を出る。
外に出ると、騎馬隊の馬が用意されていた。
「リリルハ様。準備はできております」
待っていたのは騎馬隊の隊長。
リリルハは、その手際に驚きながらも、やっと自主的に機能し始めた警備隊に、少し安堵していた。
「ありがとう。みなさん、あの無能を放置すれば、こんな事態が続く可能性がありますわ。決して油断せぬよう、気を引き閉めなさい」
「はっ!」
リリルハは馬になると慣れた様子で馬を走らせる。それに続いて警備隊は一斉にシュンバルツの屋敷に向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます