第30話

「状況を報告しなさい」

「はい」


 リリルハさんは早足で歩きながら言う。

 その横を歩きながら、シュルフさんが見てきたことを話してくれた。


 まず、魔族は突如として街に現れた。

 現れたのはついさっき、何の前触れもなかったみたい。


 魔族は街の人たちを襲って、建物を壊して、好き勝手に暴れているらしい。


 今は警備隊の人たちが避難誘導と魔族の対応をしてるみたいだけど、指揮を執る人がいなくて、大変な状況らしい。


「あのハインドとか言う男がいないと、何も機能しないのですわね」


 そっか。

 あのリーダーの人がいないから困ってるんだ。


 でも、それは大変だ。


 街の人にも被害が出てるなんて、早くどうにかしないと。


「まさか、どうして魔族がこんな所に」


 リリルハさんが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。


 確かに、こんな街中に、急に魔族が現れるなんて、少しおかしい気もする。


「あれ?」


 そういえば。


「どうかしました、アリス様」


 私の様子に気付いたシュルフさん。

 うん、思い出した。


「この屋敷の地下に、魔獣みたいな動物さんがいたのを見たよ」

「なっ! まさか! だとしたら、あの無能は、まさか」


 リリルハさんが走り出す。

 屋敷の外に出ると、そこかしこから煙が出ていた。


 人たちの悲鳴を聞こえてきて、すごく大変な状況だというのがすぐにわかった。


「ブウゥゥン」

「あ、ドラゴンさん」


 ドラゴンさんは、そんな様子を空から眺めていたみたいで、私を見つけると側まで下りてきた。


「シュルフ。警備隊の本部まで案内しなさい。私が指揮を執りますわ」

「かしこまりました」


「アリス。あなたはドラゴンさんと一緒に……」

「シュルフさん、テンちゃんたちは?」


 リリルハさんは、私のことを心配してくれているみたいだったけど、それよりも、私は気になっていることをシュルフさんに尋ねた。


 だって、テンちゃんたちはシュルフさんと一緒にいたはずだから。

 でも、シュルフさんはここにいる。


 テンちゃんたちは大丈夫なのかな。


「大丈夫よ。私たちはここにいるわ」

「テンちゃん!」


 そこにはテンちゃんとみんながいた。


「申し訳ありません。リリルハ様へ報告しなければと思ったのですが、彼女たちを放置することもできないので、連れてきてしまいました」

「いえ、良い判断ですわ。ここの方が、まだ安全でしょうから」


 そう言うと、屋敷の周りで呆然としている警備隊の人を捕まえた。


「ちょっと、あなた!」

「え? あ、はい」


 呆気にとられた様子の警備隊の人に、リリルハさんは指示を出す。


「あなた方は、この屋敷の警備を任されているんでしょう。そのまま継続し、警戒を強めなさい。できないとは言わせませんわよ。ほら、他の人にも伝えなさい、早く!」

「わ、わかりました!」


 警備隊の人、すごい勢いで走って行っちゃった。


 その動きは素早くて、リリルハさんの言葉が、ここまで人に影響を与えるんだって思った。


 やっぱりリリルハさんはすごい。



「アリスたちは、ここまでですわ」

「え?」


 そんなことを思っていると、リリルハさんは、魔法で私たちの周りに氷の壁を作った。


「リリルハさん?」

「あなたたちはここにいなさい。私たちが何とかしますから。シュルフ」

「はい」


 リリルハさんの壁の上から、シュルフさんが魔法をかけて、以前のような、白い光の盾が覆い被さる。


「絶対に出ては行けませんわよ。いいですわね」

「リリルハさん!」


 リリルハさんはそれだけ言うと、走って行ってしまった。


 氷の壁は分厚くて、私の力では壊すのは無理そうだった。


「ねえ、これ、どうなってるのよ、どうして魔族がいきなり出てきたのよ?」


 テンちゃんは恐がるみんなを抱き抱えていた。

 私はわかる限りの話をテンちゃんに説明する。


 全部話し終わると、テンちゃんはガンッて、氷の壁を叩いた。


「あいつは、本当に屑ね。ここまでするなんて」


 ギリギリとテンちゃんが歯を鳴らす。


「しかも、当のあいつは、逃げてるって? ふざけんじゃないわよ」


 テンちゃんは、地団駄を踏む。

 本当に悔しそうに。


「テンちゃん」


 私はテンちゃんの手を握った。


 どうしてかはわからないけど、そうしたいと思ったから。


 そしたら、テンちゃんは私の手を握り返して、泣きそうな顔を浮かべていた。


「どうして、こんなことができるの? おかしいでしょ。みんな、普通に暮らしたいだけなのに、どうしてこんなことになるのよ」


 悔しそうに溢すテンちゃんは、未だに混乱の最中にある街の方を見ていた。


 それは、自分自身じゃない、街の人たちを心配してるからだって、すぐにわかった。


 テンちゃんはすごく優しい子。

 こんな時でも、他の人のことを考えられるなんて、すごいと思う。


 テンちゃんの目から溢れる涙は、私には宝石のように輝いて見えた。

 それくらい、テンちゃんはすごい子だと思った。


「大丈夫だよ。テンちゃん。リリルハさんたちが何とかしてくれるから」


「2人だけでどうにかできる訳ないじゃない。さっき見ただけでも、数えられないくらいにいたわ。多分、それだけじゃない。もっと、たくさんいるに決まってるわ」

「それでも、大丈夫」

「どうして!」


 テンちゃんは、混乱してるんだと思う。

 恐いんだと思う。


 ずっと、みんなのことを心配して、今だって、本当は自分も恐いはずなのに、怯えているみんなを心配して。


 だから、私はそんなテンちゃんが落ち着くように、抱き締めてあげるの。


 私がリリルハさんに、ミスラさんにされて、落ち着けたように、私もしてあげるの。


「大丈夫。大丈夫」

「うう、ううぅ。恐いよ。恐いよぉ」

「うん。うん。わかるよ。頑張ったね」


 テンちゃんはいつも頑張ってる。

 だから、私がそれを誉めてあげるの。


 テンちゃんは頑張りすぎなんだよって教えてあげるの。



 それならしばらく、テンちゃんは子供みたいに、ずっと泣いていた。


 テンちゃんも、私も子供だけどね。


 ◇◇◇◇◇◇


「警備隊の皆さん、今からあなたたちの指揮は私、リリルハ・デ・ヴィンバッハが執りますわ。次席指揮官はどなた?」


 警備隊の本部に到着したリリルハは、本部の人間に尋ねる。


 しかし、リリルハのその問いかけに答えられる人間は誰もいなかった。


「どうしましたの? 次席指揮官!」

「も、申し訳ありません。そのような役職の者はいません」

「はぁ?」


 リリルハは驚愕した。


 不測の事態に備え、次席の指揮官を用意するのは、警備隊に関わらず当然のこと。


 しかし、ハインドというリーダーがいない今、誰が代わりに指揮を執っていたのか、その問いかけすら、誰も答えられなかった。


「リリルハ様、おそらく、各地の魔族と対応も、突発的なもので、その場の判断で動いているだけかと」

「そのようですわね。考えられませんわ」


 リリルハは、全力で本部の壁を殴り付ける。


 その音に驚く警備隊の人間を見渡し、リリルハは凛とした、どこまでも届くような大声で叫んだ。


「さっさと動きなさいな、ボンクラども! あなた方が動かず、誰が動くのですか!」


 リリルハの容姿からは考えられない迫力に、警備隊の人間は固まってしまう。


 それに構わず、リリルハは壁に貼ってあった街の地図を乱暴に引き剥がし、近くの人間から軒並み指示を出していった。


「あなたは、すぐに街の東側に行きなさい。隣の3人を連れて、人々を避難をさせるのです。そこには駐屯所もあるのでしょう? そこの人間にも私が指揮を執っていると伝えなさい! さあ、早く!」

「は、はい!」


「あなた方は、街の西側ですわ! 指示は同じ、早く行きなさい!」

「はい!」


 次々と紡がれる淀みない指示に、警備隊の人間は、リリルハが外部の人間であるということも忘れて、従順に従う。


「残りは、避難してきた人たちの護衛及び情報の集約に勤めなさい」

「はっ」


「シュルフ!」

「はい、ここに」


 シュルフは呼ばれることを予期していたかのように返事をする。


「あなたは、魔族の出所を探しなさい。おそらく、そこにあの無能がいますわ」

「かしこまりました」


 シュルフは恭しく頭を下げて後ろに下がろうとした。


 しかし、それをリリルハは袖を掴んで止める。


「リリルハ様?」

「無茶をしてはいけませんわよ?」


 その目には不安が入り交じっている。

 それは、以前のことを思い出しているからだろう。


 魔獣に襲われ、大怪我をしたあの時のことを。


 シュルフは少しだけ驚いたような顔をして、ふと笑った。


「心得ております。以前のような失敗はしません。ご安心ください」

「絶対ですわよ。今回は本当に1人なのですから、もしもの時はすぐに撤退するのですわよ」

「ええ、そのように」


 そして、シュルフは颯爽と本部を出ていった。

 その背中は、以前とは違って、安心感のあるもの。そんな風に思えたのかもしれない。


 リリルハは心配そうにしながらも、同時に頼り強そうに見つめていた。


「リリルハ様! 東に向かっていた班からの情報です!」

「わかりましたわ。すぐに次の作戦を」

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