第25話

 牢屋の中はここに来るまでよりも、さらに薄暗くて、ジメッとしていて、空気が悪かった。


 こんなところにいたら、病気になっちゃうんじゃないかな。


「不気味な所ね。きゃあ!」


 急にガシャン、と檻から音が鳴る。


 見ると、狼みたいな動物が、涎を滴しながら私たちに噛みつこうと、檻に体当たりをしていた。


 暗くてよく見えなかったけど、その動きはすごく不気味で、少し恐かった。


 それは、襲ってくるのが、という訳ではなくて、その動きが、普通の動物とは思えなかったから。


 この動きはまるで、魔獣。


「は、早く行くわよ」

「あ、うん」


 そのあとも、たくさんの動物が私たちを襲おうと檻に群がってくる。

 みんな、涎を垂らして、お腹が空いているみたい。


 テンちゃんは、それに驚きながら、先へと進んでいく。


 そのうち、私たちはかなり道幅が広い場所までやって来た。


「ここの広さ。ドラゴンがいるのはこの先ね」


「グオォォォン!」


 そして、ドラゴンさんの咆哮が聞こえる。


「ドラゴンさん!」


 私はドラゴンさんが心配になって走り出していた。


「あ、ちょっと!」


 ◇◇◇◇◇◇


「くっ。おい、早く取り押さえろ!」

「無理だ。俺たち3人でどうにかなる相手じゃないだろ!」


 広い空間に出てくると、そこにはドラゴンさんと、さっきの3人の警備隊の人がいた。


 ドラゴンさんは、檻には入れられてなかったけど、足には枷がついていて、身動きが取れないようにされていた。


「な、なんだ、お前たちは」


 急に現れた私たちに驚く警備隊の人。


「ああ、もう。見つかっちゃったじゃない」


 テンちゃんが、私から少し遅れて広場に出てくる。そして、その勢いのまま、警備隊の人に蹴りかかった。


「なっ! ぐべっ!」


 いきなりの攻撃に警備隊の人が倒れる。


「くっ。この忙しい時に!」


 警備隊の人がテンちゃんに切りかかる。

 けど、テンちゃんはそれをかわして、逆に警備隊の人の顎の辺りを蹴り上げた。


「あぐっ!」


 すごい。

 テンちゃん、すごく強い。


「このっ!」

「危ない!」


 でも、残っていた警備隊の人が、着地する前の身動きのできないテンちゃんに攻撃しようとしていた。


「くっ、やばっ!」

「グオォォォン」


 私は咄嗟に声を出したけど、それに反応して、ドラゴンさんが尻尾でその警備隊の人を吹き飛ばした。


「どわぁ!」


 まるでお人形さんみたいに吹き飛んだ警備隊の人は、そのまま地面に叩きつけられて気絶してしまった。


 静かになった空間で、ドラゴンさんは付けられていた枷を無理やり引き千切って、私の所までやって来た。


「ドラゴンさん。よかった」


 私はドラゴンさんに抱きつく。

 なでなでして、ドラゴンさんの体温を感じる。


 ああ、よかった。

 怪我もないみたい。


 ドラゴンさんも、私に撫でられて気持ち良さそうに声を漏らしていた。


「ちょっと、感動の再会もいいけど、ばれないうちに逃げるわよ」

「あ、そ、そうだよね」


 そうだった。これで終わりじゃなかった。


 ドラゴンさんを助けたい後は、テンちゃんたちも助けないといけないんだった。


「ドラゴンさん。私の荷物はある?」


 尋ねると、ドラゴンさんは私たちの後ろの方の壁を見た。


「あ、あった」


 私の荷物。

 リリルハさんの書状もちゃんとある。


 これで大丈夫だね。


 でも、どうやって逃げたらいいんだろう。


「逃げるのは簡単よ。この魔法具を使えば簡単に家まで戻れるわ」


 そう言ってテンちゃんが取り出したのは、小さなガラス玉だった。


「この前、ちょっと盗んでおいたのよ」

「盗みは駄目だよ?」

「今はそういうのいいから」


 テンちゃんがそのガラス玉を下に投げつけると、それは簡単に割れて、中から白い光が漏れてきた。


 その白い光は私たちを包み込んで、目の前が真っ白になった。


 そして、気が付くと、私たちはテンちゃんの家の前に来ていた。


「あ、おねえちゃんだ」

「うわっ! ドラゴンもいる!」


 みんなはすぐに集まってきて、ドラゴンさんにも集まっていく。


 ドラゴンさんはすごく鬱陶しそうだったけど、動かずにみんなの相手をしてくれていた。


「とりあえず、これで任務完了ね」

「うん。ありがとう」


 ドラゴンさんも助けたし、リリルハさんの書状も戻ってきた。


 これで全部、解決できる。




 そう思ってた。


「いたぞっ! ここだ!」

「え?」


 突然現れた大量の警備隊の人。


 その人たちは瞬く間に私たちを取り囲んで、武器を突きつけてきた。


「ちょっと! いたっ!」


 テンちゃんはすぐに警備隊の人に立ち向かおうとしたけど、すぐに取り押さえられてしまう。


「抵抗するな。無駄なことはしたくない」


 警備隊のリーダーみたいな人が言った。

 そして、何か合図をすると、他のみんなも警備隊の人に捕まってしまった。


「みんな!」

「動くなっ!」


 リーダーの人が叫ぶ。


「動くなら、こいつらを痛めつけなければならない。それでもいいのか?」

「だ、駄目だよ」


 そんなことさせない。


 でも、どうしよう。

 みんな捕まっちゃったし、ドラゴンさんはいるけど、こんな狭い所で暴れたら、みんなも危ないかもしれない。


「黙っていろ。抵抗しなければ、丁重に扱う」

「嘘つけっ! あんたらが、そんな約束を守る訳ない!」


 テンちゃんが言う。

 きつくリーダーの人を睨み付けて、取り押さえられているのに、今にも飛びかかりそうな勢いで。


 でも、リーダーの人は気にした様子もなく、テンちゃんのところに行って、テンちゃんを蹴った。


「うぐっ!」

「黙れ、ガキが」


「っ! ドラゴンさん!」

「グオォォォン!」


 何も考えられなかった。

 私がドラゴンさんを呼ぶと、ドラゴンさんは大きな咆哮を上げる。


 耳を塞ぎたくなるような大音量に、ビリビリと空気が揺れた気がした。


 そして、ドラゴンさんは、みんなを取り押さえる警備隊の人たちを尻尾で薙ぎ払った。

 みんなには怪我をさせないように。


 そして、リーダーの人に襲いかかる。


 けど、リーダーの人はそれを後ろに飛んで避ける。テンちゃんを連れて。


「やめておけ。次、動けば、このガキの首を切るぞ」

「う、ぐ」


 テンちゃんが苦しそうに呻き声を漏らす。


 この距離じゃ、助ける前にテンちゃんを傷つけられちゃう。

 私はドラゴンさんを止めた。


「どうして? どうして、こんなことをするの?」


 リーダーの人に聞く。

 どうして、こんなひどいことをするのかと。


「こいつらは、犯罪者だ。当然のことだろう」

「みんないい子たちだよ? 悪い子なんていないよ」

「他人の物を盗む。立派な犯罪だ」


 そうかもしれない。

 でも、そうしないと生きていけなかったんだって、テンちゃんは言ってた。


「どうしてもそうしないといけない理由があったの。話を聞いてくれてもいいと思うの」


 でも、リーダーの人は、私の話なんて聞いていないように、ドラゴンさんの方を見る。

 そして、そのあと、冷めた目で私の方を見た。


「そのドラゴンは、領主様の屋敷にいたはず。不法侵入もしたようだな」

「それは……」


 悪いことだってわかってる。

 でも。


「そもそも、この街で生きていくためには、税金を納めなければならない。こいつらは、それを払っていない」

「そんなの、こどもだけで払えるわけないよ」

「ならば、この街を出ていくしかない」

「そんなの!」


 そんなの、おかしいよ。


 みんな、この街に住んでいる人なのに。

 子供たちだけで頑張って生きているのに、それをそんな簡単に否定するなんて、おかしいよ。


 リリルハさんなら、そんなこと、絶対言わないのに。



 そうだ。


「これ。私、これ持ってるの。だから、話を聞いてほしいの」


 私はリリルハさんからの書状を見せた。

 それを見ると、警備隊の人たちは、ザワザワと騒がしくなった。


 驚いたように見る人。

 戸惑いを見せる人。


 色んな人がいる。


 それなのに、リーダーの人は顔色を全く変えなかった。


「そんな偽物、通用しない」

「偽物じゃないよ! ちゃんと」


 私が言おうとするよりも前に、リーダーの人が指示を出す。


「おい、それを押収しろ」

「はっ」


「あ、やめ……」


 警備隊の人の1人が、私から書状を奪い取る。


 私の手から書状が離れて、私はなんだか、力が抜けてしまった。


「これで証拠もない。おい、全員連行しろ」

「はっ」


 そして、そのまま、私たちは全員、警備隊に連れていかれてしまった。

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