第26話

「よくやった、ハインド。ドラゴンが盗まれたと聞いた時は驚いたが」

「はい。ちょうど、盗人のガキどものアジトを見張っていた所に、このガキどもも現れて幸運でした」


 檻の外で、そんな会話がされていた。


 話をしているのは、警備隊のリーダーの人と、最初に牢屋に入れられる前に、警備隊の人たちがお辞儀をしていた、きっちりとした服装の男の人だった。


「シュンバルツ様。ドラゴンの収容が完了しました」

「ああ、ご苦労」


 シュンバルツ。あの男の人の名前みたい。


「あいつが、この街の領主よ」

「え?」


 あの人が領主様。

 リリルハさんと同じ、領主様。


 シュンバルツさんは、不気味な笑みを浮かべると、私たちの方へと歩いてきた。


「手こずらせてくれたな。ゴミども」


 ひどいことを言うシュンバルツさんは、ガンッと檻を蹴った。


 それに私やテンちゃん以外のみんなは怯えてしまう。


「まったく、お前らのせいで、面倒な仕事が増えた。これだからゴミは嫌いなんだ」

「私たちはゴミじゃないよ」


 私が言う。

 シュンバルツさんの目を見て、言う。


「お前らのような、何の利益にもならん人間は、もう人間じゃないんだよ」

「そんなことない! みんなは、すごく、すっごくいい子たちなの! 頑張ってるの!」


 ひどい。


 ひどい。


 ひどい。


 そんなことを言うなんて、ひどい。


 みんな、すごく頑張ってるのに。

 確かに悪いことをしちゃったかもしれないけど。


 でも、みんないい子なのに。

 そんなことを言うなんてひどい。


 私は耐えられなくなって、シュンバルツさんを睨んだ。


 怒ってる。

 私は怒ってるの。


 すごく怒ってるの。

 これ以上ないくらいに怒ってるの。


「ふん。いや、だが、まあ、お前は少しは有益かもな」


 シュンバルツさんは、馬鹿にするように私を見下ろす。


「お前はリリルハの知り合いなのだろう。いや、リリルハの書状には、大切な者とまで書いてあったな」

「リリルハさんは、私の家族なの」


 リリルハさんがそう言ってくれたから。

 私もそう思ってる。


 でも、シュンバルツさんは、私の答えに満足そうに笑みを浮かべた。


「そんなお前が、ドラゴンを使ってこの街を襲った。それはつまり、リリルハにも責任があるということだ」


 シュンバルツさんは、気味の悪い顔をしている。悪意に満ちた、そんな顔。


 私はその顔が、すごく恐かった。


 人の悪意が、恐かった。

 ここまでの悪意を、私は見たことがなかったから。


「すぐにリリルハを呼び出せ。あいつにも、罪を償わせる。こちらには証拠もあるんだからな」

「わかりました」


 シュンバルツさんが指示を出して、リーダーの人が部屋を出ていった。


「待って! リリルハさんは何も悪くないよ!」


 リリルハさんに迷惑をかけちゃうかもしれない。それがすごく嫌だった。


 でも、シュンバルツさんは聞き耳を持ってくれない。


「お前が何を言ったところで無駄だ。こちらにはこの書状もある。お前と奴の繋がりは紛れもない」


 そうして見せてきたのは、さっき奪われたリリルハさんの書状。

 そんなことに使われるために、私はそれをもらった訳じゃないのに。


「くく。これでやっと、あのガキを潰すことができる。あの目障りなガキを」


 シュンバルツさんは、憎むように書状を睨んでいた。


 シュンバルツさんは、リリルハさんのことが嫌いなのかもしれない。

 そうかもしれない。


 けど、そんなことさせたくない。


「お願い、やめて。リリルハさんにひどいことしないで」

「おい、このうるさいゴミを何処かに連れていけ。ああ、殺すなよ。リリルハの裁判で発言させるんだからな」


 警備隊の人が私の手を掴んで引っ張る。


 その瞬間。


「グギャアアォォオォ!」


 今まで聞いたことのないくらい、大きな咆哮を上げて、ドラゴンさんが地下から這い上がってきた。


「ドラゴンさん!」


 地下に閉じ込められていたはずだけど、私のために飛び出してきてくれたんだ。


「おい! しっかりと拘束しろと言っただろうが!」

「も、申し訳ありません。ですが、あれ以上の拘束は不可能です」

「言い訳はいい! 早く捕まえろ!」


 警備隊の人が集まってくる。


 その警備隊の人たちを、ドラゴンさんが薙ぎ払っていく。


 翼で弾き飛ばして、尻尾で薙ぎ倒して。口で咥えて投げ捨てる。


 ドラゴンさんは強い。

 誰にも負けない。


 でも、警備隊の人たちは、まだまだやって来て、怪我をしながらもドラゴンさんに向かっていく。


 このままじゃ。


「あ、ああ」


 どうすればいいの。


 ドラゴンさんは、私を、私たちを助けようとしてくれている。


「ア!」


 でも、そのせいでたくさんの人が怪我をしている。もっと激しくなったら、もっとひどい怪我をしちゃうかもしれない。


 そんなの駄目。


 だけど、今、ドラゴンさんを止めたら。


 今度は、ドラゴンさんが傷付いちゃうかもしれない。


 だって、こんなにみんな、ドラゴンさんを攻撃しようとしてるんだから。


 それに、ドラゴンさんが、仮に大丈夫だったとしても、テンちゃんたちは、どうなるんだろう。


 こんなに暴れちゃったら、また悪いことをしたって、話を聞いてくれなくなっちゃう。


 そしたら、テンちゃんたちもひどいことをされてしまうかもしれない。


「リ!」


 そんなのも駄目。

 でも、その間にも警備隊の人の怪我が増えていく。


 どうして?


 どうして?


 どうして?


 私、こんなことしたくないのに。

 こんなことしてほしくないのに。


 どうして?


 みんな、どうして、話を聞いてくれないの?


 嫌だ。

 嫌だ。


 自分の中に、黒い気持ちが溢れてくる。

 気持ち悪い感情が溢れてくる。


 嫌だ。

 嫌だ。


 どうして、私は、こんなに悪い子なの?


 悪い子。

 悪い子。


 悪い子。



 悪い子。


 私は、悪い子、なの?


「ス!」


 目の前に広がる光景が他人事のように流れていく。


 ドラゴンさんは、頑張って警備隊の人たちを倒していく。


 警備隊の人たちを、頑張ってドラゴンさんに立ち向かっていく。


 止めなきゃいけないのに。

 私には、もうわからない。


 私は、悪い子だから、わからないの。




「ア、リ、ス!」

「……え?」


 何処か、遠くから、私を呼ぶ声が聞こえてきた。


 テンちゃんかなと思ったけど、テンちゃんは、ドラゴンさんたちの戦いからみんなを守るために、遠くに避難している。


 でも、私の名前を呼ぶ人なんて、他に。


「ア、リ、スゥゥゥゥゥゥゥ!」


 ドドドドドドッて、土ぼこりを上げて、遠くの方から誰かが走ってくるのが見えた。


 え?

 誰?


 でも、聞き覚えのある声。


 安心させてくれるような優しい声。


 ズドドドドドッと、すごい足音を立てて、近付いてくる誰かに、私以外の人たちも動きを止めていた。


 みんなが注目している先から、その誰かの姿は、少しずつ鮮明に見えてきた。


「あ」


 その姿を見て、私は涙が溢れてきた。


 すごく安心する。

 その姿を見るだけで、すごく安心する。


 走ってきたのは。


 その人は、その勢いのまま、シュンバルツさんの顔を全力で殴った。


「私のアリスに何してるくれてるんですのっ!」

「ぶべらっ!」

「え? えぇ!」


 すごい。一瞬、シュンバルツさんの顔に拳がめり込んで、顔の形が変わったように見えた。


 そして、シュンバルツさんは白目を向いて倒れてしまう。


「シ、シュンバルツ様!」


 警備隊の人が慌てた様子でシュンバルツさんの周りに集まる。


 完全に気を失ってしまったシュンバルツさんは、警備隊の人たちに担がれて、すぐに何処かに運ばれていった。


 それを見ていた私を、フワッと誰かが抱き締めてくれた。


 ううん。誰か、なんて、見なくてもわかる。

 この優しい温もりを。香りを。


 私は忘れたことがない。


「リリルハさん」

「お久しぶりですわね。アリス」


 見上げると、リリルハさんが優しい笑顔で私のことを見ていた。


 そして、頭を撫でてくれる。


 私はまた涙が溢れて、リリルハさんに抱きついた。


「恐かった。恐かったよぉ」


 私はリリルハさんに抱きついたまま、わんわん泣いた。


 そんな私をリリルハさんはずっと、抱き締めてくれた。

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