第20話

 デリーさんの事件から数日が経った。


 あれから私は、あの時の事をあまり思い出さないようにしていた。


 けど、やっぱり、どうしても思い出してしまって、気分が悪くなることが多くなっていた。


 その度に、ミスラさんやアジムさんに心配をかけてしまっていたと思う。


 ミスラさんは、悩んでることがあったら、話してねって言ってくれたけど、でも、こんな話、誰にもできないよ。


 だって、自分が魔人かもしれない、なんて、そんなの聞かされたら、みんな、恐がっちゃうかもしれないもん。


 そして、みんな、いなくなっちゃうかもしれない。


 もしかしたら、あの時見た光景みたいに、みんなが恐い顔をして、私を追いかけてくるかもしれない。

 ドラゴンさんが傷つけられてしまうかもしれない。


 そう考えたら、どうしても言うことができなかった。


 ミスラさんも、アジムさんも、そんなことはしないって、わかってるはずなのに。



 私は悪い子だ。


 こんなに優しくしてくれるミスラさんたちを、信じることができないなんて、私をきっと悪い子なんだ。


 そうだ。


 こんなに悪い子なら、私は本当に魔人なのかもしれない。


 私が魔人じゃない証拠はないけど、私が魔人であるかもしれない理由はいくらでもある。


 今は忘れているだけで、いつか、私の記憶を取り戻したら、魔人になって、私が、みんなを傷付けてしまうかもしれない。


 そんなの嫌だ。


 嫌だ。


 嫌だ。


 ◇◇◇◇◇◇


「私、この村を出ていくね」

「え? どうしたの? 急に」


 ミスラさんが驚いている。

 眉を下げて、困惑した顔。


 本当にごめんなさい。でも。


「いつまでも、ここにいたら、みんなに迷惑をかけちゃうかもしれないから」

「そんな、迷惑なんて……」


 ミスラさんはそう言ってくれたけど、私は首を振った。


「迷惑をかけちゃうの。そんなの嫌なの」


 涙が溢れそうになる。

 そんな私を、ミスラさんは辛そうに見つめて、そっと抱き締めてくれた。


「ごめんなさい」

「え?」


 どうして、ミスラさんが謝るの?


「あなたが辛そうにしているのに、何も力になれなくて、ごめんなさい」

「そ、そんなことないよ。私、ミスラさんがいてくれて、アジムさんがいてくれて、すごく嬉しい」


 だから、私はこんなに辛い気持ちでも耐えられるんだと思う。


 デリーさんに言われた言葉に耐えられているんだと思う。


 二人がいるから、私はまだ耐えられているんだと思う。


「違うのよ。そうじゃないの。結局、私たちはあなたを支えられていないの。あなたが、我慢をしなきゃいけないなんて、そんなの間違ってるのよ」

「そんなことないよ。私、すごく支えられてるよ」


 でも、ミスラさんは、もっと強く私を抱き締めた。


「ごめんなさい」


 そう最後に言って、ミスラさんは私の頭を撫でてくれた。


 やっぱり、ミスラさんたちに、迷惑はかけたくない。

 そんな気持ちが強くなった。



「おい。本当に出ていくのか?」


 そんな時、ふと、アジムさんの声が聞こえてきた。

 振り向くと、アジムさんは何処かに行っていたみたいで、少し服が汚れていた。


 アジムさんはムスッとした顔で私を見ていた。


「うん。迷惑をかけたくないから」

「そんなことを気にする必要にないぞ」

「ううん。私が気にするの」

「お前はまだ子供なんだぞ」


「でも、私はみんなが大好きだもん。迷惑なんてかけたくない」


 正直に言ったら、アジムさんは目をそらして、がしがしと頭を掻いた。


「ああ、もう、わかったよ。なら、1つだけ言うことを聞け」

「うん。わかった」

「即答かよ。まったく」


 アジムさんが呆れたように言う。


「あんた、変なこと言わないでしょうね」


 そんなアジムさんに、ミスラさんが言う。

 すごく低い声に、アジムさんはタジタジしていたけど、大丈夫だ、と言っていた。


「変なことじゃない。簡単なことだ」

「うん」


 アジムさんは、私に小さな四角い箱をくれた。


「困ったことがあったら、俺を呼べ。それは、魔法の道具だ。1度だけ、俺を呼ぶことができる」

「え? すごい」


 そんなものがあるんだ。


「まあ、1度しか使えないものだが、それしか見つからなかった」

「見つからなかった? 探してくれたの?」


 最近、アジムさんはよく何処かに出掛けていたけど、これを探していたのかな。


 聞くと、アジムさんは恥ずかしそうに、少し強めの口調で言う。


「まあ、どのみち、お前は旅を続けると思ってたからな」


 やっぱりアジムさんは優しい人だ。

 すごく、嬉しい。


「それ、私は呼べないの?」


 ミスラさんが尋ねた。

 アジムさんに詰め寄って尋ねた。


 そんなミスラさんに、アジムさんは1歩引き下がる。


「ま、まあ、できる。2人ぐらいなら登録できるはずだ」

「なら、私も入れなさい。早く、さあ、早く」


 あまりの勢いに、アジムさんはたじろいでいたけど、箱にササッと何かを書いて、ミスラさんの手に箱を乗せる。


 登録はそれだけで大丈夫みたいで、アジムさんが、よし、と呟いた。


「これで大丈夫だ」


 そして、改めて箱を私にくれる。


「アリスちゃん。本当に困ったことがあったら、いつでも呼んでね」


 ミスラさんは手を握って、そう言ってくれた。


「うん。わかった。ありがとう」


 私もそう言った。


 けど、でも。


 やっぱり、私の中には、迷惑をかけちゃうんじゃないかと言う気持ちは消えなかった。


 それでも、ミスラさんたちがそう言ってくれたことが、すごく嬉しくて、私は少しだけ笑顔を浮かべることができた。


「行ってきます」

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