第19話

 私たちが今何処にいるのか、私にはわからなかった。


 でも、ドラゴンさんにはわかるみたい。


 ドラゴンさんは、全く躊躇することなく、真っ直ぐに空を飛んで、ものの数分でアジムさんたちの村に辿り着いた。


 夜もそろそろ明けそうで、空には太陽が登り始めている。


 なのに、外ではミスラさんが待っていて、帰ってきた私を抱き締めてくれた。


 そして、そのあと、同じ様にアジムさんも抱き締めるのかと思ったら、すごい勢いでグーパンチしていた。


 痛そう。


「本当にごめんね、アリスちゃん。この馬鹿のせいで恐い思いさせて」


 ミスラさんは、本当に申し訳なさそうに謝る。


 その顔を見たら、私はミスラさんにもすごく心配をかけちゃったんだってことがよくわかった。


「ううん。アジムさんは悪くないよ。私こそ、勝手なことをして、ごめんなさい」


 アジムさんは、困ってる私を助けようとしてくれただけ。

 だから、悪いことなんてしてないの。


 そう説明すると、ミスラさんは納得してなさそうな顔だったけど。


「アリスちゃんが、そう言うなら、そういうことにしておくわ」


 そう言ってくれた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから私は、今度こそ、私の記憶の欠片かもしれない石を取るために、あの場所に向かった。


 ミスラさんは、少し休んだら、と言ってくれたけど、私が待てなかった。


 ライコウさんたちは、もうあの石に用はないと言っていたので、勝手に持っていって良いと言っていた。


 そもそも、あの石を欲しがってたデリーさんは、よくわからないけど、あの石に宿っているすごい魔力が欲しかったみたい。


 その魔力があれば、私の魔力を奪ったみたいなことができるとかなんとか言ってたけど。


 私には難しかった。


 でも、そのデリーさんが捕まったから、あとは自由ってことみたい。


 今度はミスラさんも一緒にその場所まで来て、石を見つけた。


「へぇ。すごく綺麗な石ね」


 言いながら、ミスラさんが石を持ち上げようとする。


 でも、やっぱりその石は重いみたいで、ミスラさんでも、持ち上げられなかった。


「俺に任せろ」


 そう言ってアジムさんも試すけど、やっぱり駄目。


「本当に重いな、こんな石があるとは」

「でも、普通に考えてそんなのあり得ないわ。ということはやっぱり、アリスちゃんの記憶の欠片なのかもね」


「うん。私もそう思う」


 この石にはそんな感じがする。


「そういえば、もしかしたら、この石を取ったら、私、気を失うかもしれないの」


 私は、この前に起きたことを説明した。

 じゃないと、またみんなを心配させちゃうかもしれないから。


「そう、わかったわ」


 ミスラさんが頷いてから、それから私は石を手に取って、持ち上げる。


 やっぱり石は簡単に持ち上がって。

 やっぱり石は青く輝きだした。


 その光に包まれて、私の周りの景色は、一気に変わっていく。


 ◇◇◇◇◇◇


 私とドラゴンさんだけの空間。


 少しして、私たちが立っていたのは、この前とは違う。何処かの森の中。


 暗い森の中。


 周りを見ても、誰もいない。

 ドラゴンさん以外、誰もいない。


 この前と同じだ。場所は違うけど。


「ドラゴンさん。何処に行けばいいのか、わかる?」


 ドラゴンさんは何も言わない。


 仕方なく私は当てもなく、歩いてみる。


 ドラゴンさんは私の後ろをついてきた。

 何も言わずについてきた。


 それから少し歩くと、前の方から女の子が走ってくるのが見えた。


 私より少し大きいくらいの女の子。

 顔は髪でよく見えなかった。


 その女の子はすごく焦っているみたいで、一心不乱に走っている。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 近くまで来れば、女の子の姿がはっきり見えた。


 何処から走ってきたのかわからないけど、すごい汗で、足もおぼつかないくらい疲れているみたいだった。


 それでも、走るのをやめないのは、どうしてだろう。


 女の子が私のすぐ横を通りすぎる。


「どうして、どうして?」


 小さく聞こえてきた声は、泣きそうなもので、悲しそうなもので、そして、少し怒っているようだった。


 でも、ここまで近寄っても、女の子の顔は見えない。



「逃がすな! 追え!」

「化け物め! 生きて返すな!」


 女の子が走り去っていくと、それを追うようにたくさんの人が向こうから走ってきた。


 みんな、すごく恐い顔。

 そして、その後ろには、何か大きな物体がある。


「え?」


 少しずつ鮮明になる光景の中に写ったそれは、血だらけの、ドラゴンさんだった。


 ドラゴンさんには、何本も剣を突き立てられていて、その目は閉ざされている。


「ドラゴン、さん?」


 ドラゴンさんの方を見る。

 ドラゴンさんは、目をそらしている。


 でも、すごく悔しそうにしているように見えた。


 それからまた、景色が変わる。


 今度は、さっきの女の子と動かなくなったドラゴンさんが、何処かの洞窟にいる所だった。


 女の子は、ドラゴンさんに寄り添い、泣きながら、何かを呟いていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 ずっと、まるでうわ言のように紡がれる言葉は、多分、誰の耳にも聞こえていない。


 このドラゴンさんにも、多分、もう聞こえていない。


 それでも、女の子はずっと続ける。


「私が、魔力を制御できなかったから。私が、魔力を遮断できなかったから。私が、魔力を使いこなせなかったら。私が……」


 延々と繰り返される謝罪に、私は段々涙が溢れてきた。


 他人事のようには思えない。


 まるで、自分のことのように思える。


「次はできるから。次はできるから。次はできるから。次はできるから。次はできるから」


 女の子は、自分の手を力任せに握り、血が滲むぐらいに握り、歯を食い縛り、そして、周りの空気が変わった。


 辺りに漂っていた何かが、意識をもって動くような、そんな感じ。


 そして、女の子が立ち上がると、ピシッと空間が音を立てたような気がした。


 張り詰めた空気と、女の子のすべてを切り裂くような空気。


 重い、重い、空気。


 そして、女の子が私の方に振り向く。


 そこで初めて、女の子の顔が見えた。


 その顔には表情がなくて、瞳には光がなくて、そして、泣いていた。


 その真っ黒な瞳は、真っ直ぐに私の方を見ている。


「もう、逃げないから」


 そう呟いた女の子は、ユラユラと私の横を通りすぎていった。


 周りには、淡い、炎のような、赤い、青い、不思議なオーラのような、何て言えば言いのかわからない。


 でも、それは、魔法とは違うような、そんな気がする。


 ユラユラと漂うそれは、少しずつ黒く染まり、やがて、女の子の姿も黒く染まっていく。


 まるで、人間じゃないみたいに。


 それを見て、私はふと、デリーさんに言われたことを思い出した。


「お前。魔人なんじゃないか?」


 そこで、世界が真っ暗になった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ゆっくりと、目を開ける。

 すると、そこに心配そうに私を見ているミスラさんがいた。


「おはよう、アリスちゃん」

「おはよう」


 ミスラさんは、私を見て微笑んだ。


「聞いてたからよかったけど、本当に、急に気を失うのね。驚いたわ」


 ミスラさんが優しく頭を撫でてくれる。

 すごく暖かくて、すごく気持ちがよかった。


 でも。


「アリスちゃん?」


 ミスラさんが心配そうに私の名前を呼ぶ。


 心配をかけてるのはわかってる。

 でも、どうしても、笑顔になれなかった。


 自分は魔人かもしれない。

 それを否定できる根拠はない。


 そう思ったら、笑顔になんてなれなかった。


「大丈夫だよ」

「……そう」


 無理矢理作った笑顔を見せても、ミスラさんは困ったような顔をしていた。


 すごく疲れただろうからって、ミスラさんには、今日はこのまま休んでなさいって言われた。


 私もまだ眠たかったから、そうすることにした。


 でも、やっぱり、デリーさんのあの言葉が、頭の中にから離れなくて、目を瞑っても、眠ることができなかった。

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