第17話

 ライコウとウンジン。そして、アジムは、すでに瓦礫の山となったデリーの屋敷に来ていた。


「おい! これはどういうことだ! 何でこんなに、ぐちゃぐちゃなんだよ」

「さあなぁ。知らねぇ」


 食って掛かるアジムに、ライコウは適当に返事をする。


 だが、その視線は瓦礫の山に向かっていて、何かを探っているようだった。


「お前のマッチポンプ商法は、たまにこういうことがある。どうするんだ?」

「まさか、こんなことになってるって予想できるかぁ? 無理だろうがよ」


 ライコウの指摘に、ウンジンもそれ以上、口を出さなかった。


「まあ、無事だろ。殺す意味もないからなぁ」


 ライコウはさして気にした様子もなく、瓦礫の中をピョンピョンと跳ねて移動する。


「おい、待て」


 それを追いかけて、アジムも瓦礫の山に向かっていった。


 そして、ライコウが立ち止まった所まで行くと、そこには、大きな穴があった。


 その大きさはちょうどドラゴンが通れる程の大きさ。


 無理やりこじ開けたであろう穴であり、ドラゴンが通ったことは用意に想像できるものだった。


「地下かぁ。面倒だなぁ」


 ライコウは先の見えない穴を見ながら呟いた。

 その後ろから、ウンジンが大剣を構えて歩いてくる。


「だが、依頼は依頼だ。途中で投げ出す訳にはいかない」


 言うと、ウンジンは穴に飛び降りていく。


 ズシィンと着地するウンジン。

 そこまで深くはないようだが、夜ということもあり、すぐにウンジンの姿は見えなくなる。


 だが、走っていく音は聞こえてきて、アジムも慌てて穴に飛び込んだ。


「待て! 俺も行くぞ!」



 そんな2人を眺め、ライコウは思案するように顎をなぞる。

 そして、その場に座り込み、空を見上げた。


「まあ、とりあえずは任すかぁ」


 そんなことを言って、ライコウはその場に寝込んでしまった。


 ◇◇◇◇◇◇


「私が、魔人?」


 そんなこと、考えたことがなかった。


 私が魔人である可能性。


 それは。


 絶対に違うとは、言えないかもしれない。


 だって、私には記憶がないから。


 もし、私が忘れているだけで、実は魔人なんだとしても、私には否定できる証拠がない。


 魔人は人に化けることができるって聞いたし、無意識に人の姿をしているだけかもしれない。


 そうじゃないって言いたいけど、そんなこと言えないかも。


 それに、デリーさんが言うみたいに、私がそんなにすごい魔力を持っていて、そのせいでドラゴンさんが私のことを守ってくれてるというのなら、それは人間じゃないという方が正しいようにも思える。


 そんな人、聞いたことないもん。


 そう考えれば、自分でも、自分が魔人なんじゃないかと思えてきた。


 何も言えなくなった私に、デリーさんはわざとらしく鼻を鳴らした。


「ふん。今さら気付いたのか?」


 デリーさんは、装置を操作しながら言う。


「魔人は、高度な知能を持つがゆえに仲間割れをすることがあるらしい。お前も、その仲間割れで記憶を奪われたんじゃないのか? そもそも、普通の人間が、魔人に遭遇して記憶を奪われるなんてそうそうないだろう」


 デリーさんは、心の底から馬鹿にするように私を見下ろす。


「それにすら気付けないとは、お前の周りにいる人間は、無能な奴らばかりだな」


 そう言ったデリーさんに、私はカッとなってしまった。


「みんなはすごくいい人だよ。そんなこと言わないで!」


 みんなすごく優しくて、すごくいい人なの。


 何にも知らない人に、そんなこと言ってほしくなかった。


 みんなのことを知れば、この人だって同じように思ってもらえるはずだから。


 なのに、デリーさんは頑なに話を聞こうとしてくれない。


「はっ。どうでもいい。今となっては、すべてな」


 デリーさんは興味なさそうに背中を向ける。

 その背中に手を伸ばそうとしても、ドラゴンさんがそれを止める。


 うん。わかってる。壁に触れたら危ないからだよね。


 でも、でも!


「みんなのこと、悪く言わないでよ」


 ポタポタと涙が溢れていく。


 みんな、すごくいい人だよってわかってほしいのに。

 私、話すのが下手だから、ちゃんと伝えられないんだ。


 それがすっごく悔しかった。


「さて。次の実験は……」


 デリーさんは、もう私の話なんて耳に入っていないように、また何かを書き始めてしまう。


 違うよって、わかってほしいのに。

 わかってくれない。

 話も聞いてくれない。


 どうして話を聞いてくれないんだろう。


 気持ち悪い。

 胸の辺りが気持ち悪い。


 デリーさんを見てると、気持ちが悪くなる。

 どうしてだろう。


 こんなの嫌だよ。

 気持ち悪い。気持ち悪い。


「ドラゴンさん。どうすればいいの?」


 ドラゴンさんに尋ねる。

 でも、ドラゴンさんは答えてくれない。

 いつものように。



 助けてほしいのに。



 助けて。



 ほしいの。


「アリス!」

「っ!」


 そんな時、不意に声が聞こえてきた。


 聞いたことのある声に振り向くと、そこにはアジムさんがいた。

 それと、大きな人も。


「邪魔者か?」


 デリーさんは煩わしそうに息を吐く。

 そして、大きな人を見て、驚いたような顔をした。


「ウンジン。貴様、裏切ったのか?」


 大きな人のことを、デリーさんがウンジンと呼ぶ。そうなんだ、この人、ウンジンさんって言うんだ。


「契約は遂行した。その後のことは契約に記載はない」

「屁理屈を」


 デリーさんは苛ついたように言って、それからフッと笑った。


「まあ、いい。貴様らでも試してみるか」


 デリーさんがまた装置を操作する。


「アリス。すぐ助けるからな」


 その間に、アジムさんが私を囲む壁に剣を突き立てた。


 けど。


「のあっ!」


 それは弾かれてしまい、アジムさんはふっ飛ばされた。


「な、なんだ?」

「この壁、すごく固いの。私の魔力を使ってるみたい。ドラゴンさんでも壊せないみたいなの」

「なんだと?」


 アジムさんが焦ったように言う。


 そんなアジムさんを嘲笑うようにデリーさんがアジムさんたちの前に立った。


「ふん。邪魔物は消えろ」


 さっきみたいな、雷がアジムさんたちに襲いかかる。


「逃げて!」


 叫んだ。


「うおっ!」

「ぬぅ」


 2人はなんとか一撃目を避けたけど、二撃目、三撃目と続き、端の方に追い詰められていった。


「ははは。どうした? 逃げるだけか?」


 デリーさんが高笑いする。


 なおも止まない攻撃に、アジムさんは飛ばされて転がっていた瓦礫の裏に隠れた。


 でも、ウンジンさんは隠れようとせず、剣を構えて、避け続ける。


 隠れているアジムさんは後回しにしたのか、デリーさんの攻撃はウンジンさんに集中した。


「いくら貴様でも、この攻撃はどうしようもないぞ」


 デリーさんが一際大きな雷をウンジンさんに向けて放った。


「ぬうぅぅん!」


 それを見たウンジンさんは、腰を低くして、剣を後ろに引き、その雷に合わせて大きく振り回した。


 雷はウンジンさんの剣に直撃し、ビシャッと激しい音が鳴る。


 けど、そのままウンジンさんが剣を振りきると、雷はデリーさんの方に跳ね返ってきた。


「なっ!」


 驚いた様子のデリーさんはすぐに装置を操作すると、私の周りの壁と同じような壁を作って防御したみたい。


 バシャンって、すごい音が響いた。


「は、はは。流石と言うべきか。だが、無駄だ。どんな攻撃も、もはや通用しない」


 デリーさんは一瞬固まっていたけど、自分が無事だとわかると、さっきのように余裕な笑みを浮かべた。


「おい、お前。アリスだったか?」

「へ?」


 急にウンジンさんに名前を呼ばれて驚いた。


 見ると、ウンジンさんは剣を構えて、デリーさんから目をそらさないようにしながらも、こちらに声をかけていた。


「今すぐ魔力を遮断しろ」

「え? しゃだん?」


 しゃだんって、何?


「ちっ。そんなことも知らんのか」


 ウンジンさんは苛立たしげに舌打ちをした。

 そして、またデリーさんの攻撃を避けながら、弾き返したりする。


 でも、しゃだん、なんて聞いたことがない。

 やり方もわからない。



 それとも。


 私が忘れちゃってるだけなのかな。


「ドラゴンさん。しゃだんってわかる?」


 ドラゴンさんは私の方を見て、頷いた。


「教えてくれる?」


 でも、ドラゴンさんは何も言ってくれない。

 いつもみたいに。


 振り向くと、デリーさんの雷で、辺りはボロボロになっていた。


 ウンジンさんも疲れてきているみたいで、さっきよりも動きが遅くなってる。


 アジムさんの隠れている瓦礫もそろそろ限界みたいで、もう少しで壊れちゃいそうだった。


 このままだと、2人が怪我をしちゃうのも時間の問題かもしれない。



 そんなの嫌だ。



 そんなの。


 絶対に。



 嫌なの!


 そう思って、力任せに私を取り囲む壁を全力で叩いた。

 今度は、そんな私をドラゴンさんが引っ張ることはなかった。


 そうしたら、さっきまで私の前にあった壁がバキンと粉々に砕け散った。


「なっ! なんだと!」


 突然の出来事に、デリーさんが驚愕する。

 私も驚いた。


 ドラゴンさんも壊せないって言ってた気がする壁をこんなに簡単には壊しちゃったから。


「やっと魔力を遮断したのか。これで反撃できる」

「くっ」


 その瞬間、ウンジンさんがデリーさんに飛びかかった。


 デリーさんは咄嗟に魔法で壁を作ったけど、それも簡単に壊されてしまう。


「くっ。魔力の供給ができていないのか。いきなり、どうして」


 デリーさんが雷をウンジンさんに向かって放った。でも、その雷もさっきまでとは比較にならない程、弱々しいものだった。


「無駄だ。お前の本来の魔力では、俺には勝てん」


 ウンジンさんは、その雷を簡単そうに弾く。

 そのまま、もうデリーさんのすぐ側まで来ていた。


「くっ。止むを得ん」


 デリーさんは装置を投げ捨てると、ウンジンさんに何かを投げつける。


「無駄だ」


 ウンジンさんはそれを剣で弾いた。


 けど、その瞬間、それから鎖が飛び出してきて、ウンジンさんを拘束する。


「むっ。ふんっ!」


 動けなくなったウンジンさんだけど、力任せに引っ張って鎖を壊していく。


「時間稼ぎには十分だ」


 でも、その間にデリーさんが逃げていく。


「逃がすかぁ!」


 その前にアジムさんが立ちふさがった。


「アリスを誘拐した罪、ここで償ってもらうぞ」

「くっ。邪魔だ、小僧」


 デリーさんが魔法を放つ。

 それをアジムさんは颯爽と避けて、デリーさんのお腹を剣の柄の部分で殴った。


「うぐっ」


 痛そうな声を出して、デリーさんが踞る。


「これで終わりだな」



 そのあと、動かなくなったデリーさんを、アジムさんが縄で拘束して、やっと、みんな、落ち着いた。

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