13の5 帝国の求心力
私たちが目指すドゥバエの港町への旅路は順調だ。イナリちゃんと猫神様がヌルヌル滑り走る速度のまま、点在する休憩所を二か所飛ばしくらいのペースで進んでいる。
飛行チームも順調なようで、ベルおばあちゃんを背負ったアデレちゃんは移動中に固体魔法の練習をしている様子だ。ハルコはシンくんを背負ったまま突然急降下して食料の確保とかしながら少し先を飛んでいるので、ご飯の心配はいらない。
私が乗る黒猫号は重力結界の中に快適な空間を作りつつ、テレス君と一緒に魔法の練習をしながら走っている。一方、イナリちゃんに乗るシャル皇帝は、レオナルドの話を聞いてからますますアイシャ姫とべったりになってしまったので暑苦しい。
「あっ、次の休憩所の看板だ、あっちで煙が立ってるから人が住んでるんだろうね」
「あたし、こんな遠くへ来たの初めてだからわかりませんっ!」
「ぼくも、アリッシア以外の人が住んでる集落は初めてですぅっ!」
カッパの二人がワクワクしていて可愛い。でもデカい黒猫に乗った妖怪がいきなり人族の集落に突入したら驚かせちゃうので、まずはシャル皇帝と私の二人だけで向かうことにして、アイシャ姫とアデレちゃんにみんなの護衛をしてもらいながら待つようにお願いした。
雑な看板には矢印とともに『ニエヴェ』と書かれていた。矢印の先は小高い丘になっていて、街道から外れた緩やかな登り坂の一本道をてくてく登った中腹にあるようだ。
「あの、シャル皇帝、昔はすべての休憩所に人が住んでたんですよね」
「はい、戦争物資の輸送拠点として、意図的に小さな集落を王の道沿いに配置しておりました」
「なるほど。今はそういった集落ってどのくらい残っているんですか?」
「自らの目で確認したわけではありませんから正確なことは申し上げられませんが、時折遠征に出ていたアリッシアの民の話ですと、比較的大きな集落には年寄りが残って生活しているようです。おそらくこの場所を含めて三か所ほどでは」
シャル皇帝は帝国の指導者として復帰するつもりなのか、アリッシアって所に戻ってのんびり暮らすつもりなのかわからない。でも、お年寄りしか残っていないってことはきっと限界集落みたいな感じになっていると思うので、皇帝としてなにかしら手を差し伸べてあげて欲しい。
「そういう集落に若い人たちが集まるような、なんか考えたいですね。私がやろうとしている輸出入には必要不可欠な輸送経路の拠点になると思うんです」
「砂漠に人を集めるのですか・・・」
「はい、私が知ってる砂漠の真ん中にある大都市は、世界中から観光客が集まるような場所になってるので不可能じゃないと思いますよ」
「ほほう、興味深い。その大都市はどのような方法で外国人の観光客を呼び寄せているのでしょうか?」
「お酒と博打ですね」
「・・・。」
「王国の人たちがそうなんですけど、みんな賭け事に熱狂するんですよ。剣闘大会の参加者の名が王国全土に轟いてたり、町の酒場で「アタシに負けたら銀貨一枚よ!」みたいなことやったら大盛況だったり、わりと最近そういうのを目の当たりにしたんで間違ってないと思います。そうですね、お酒と博打と・・・あと人を集めるために足りないのは女ですかね、アイドル的な」
リザちゃんみたいな特殊アイドルを見つけるのは難しいと思うけど、たぶん言ってることは間違ってないはずだ。
「酒と女と博打ですか・・・」
「ドゥバエはちょっと違うかもしれませんけど、アデレちゃんの話を聞いた限りでは砂漠のオアシスってところをそういう方向で進化させられる気がします。ただ現状だと、世界中から観光客を集めるっていうのは、まず神国までの定期船の増便と安定航行が必要ですし、神国から先はハルコの仲間たちに帝国まで遠距離タクシーしてもらったり、ナゼルの町の高性能馬車を連結して一度に大勢の人を運べるバスみたいなの作るのが必須になると思うんで、そのために各休憩所の整備を進めておかなきゃならないと思うんですよね。資源に乏しい砂漠の国が大金を稼ぐには外貨を獲得しなきゃ無理だと思います」
「少々難解な言葉がありましたが・・・壮大かつ実現可能な計画であることは理解できました。ナナセ姫の言葉には不思議と説得力がありますな」
「あはは、まあ口ばっかりの夢物語になっちゃう可能性もありますけど、最初の一歩を踏み出さないと何も始まりませんから。帝国の人たちが新たな目標を持つのも大切なことだと思いますし、何よりも旅行っていう娯楽ビジネスは私たちの最大の武器である「空を飛べる」とか「大勢が高速で移動できる」っていうアドバンテージを最大に活かすことができるんでなんとか形にしたいんですよ。輸出入に向けて神都アスィーナにナナセトラベルの支店を作ったくせに、そのまましばらくほったらかしになっちゃってるんで、神国と帝国を結ぶ航空路については観光地とか関係なく進めなきゃならないんです」
「ナナセ姫は噂に違わぬお方ですな・・・」
「どこの噂ですかっ!」
「イナリ様やアイシャールから懇々と説明を受けました」
まあラスベガスに匹敵するようなカジノホテルが立ち並ぶ大都市にするには何百年もかかっちゃうと思うけど、最初の一歩を踏み出すのは大切なことだと思う。そんな夢物語を話しながら一本道を登っていると、ようやく集落の入り口が見えてきた。もう少しだね。
「なんだか寂しい所ですねぇ・・・」
「戦時中は常に輸送兵で賑わっていたものですが、本来は集落に兵など不要なのです。ですが私はこうなることを望んでいたはずなのに、実際に廃れた姿を見てしまうと、いったい何が正しかったのかわからなくなってしまいますな」
「大丈夫ですよシャル皇帝、必ず取り返すことができますから。私に任せ・・・るんじゃなくて、みんなで協力して帝国復興を目指しましょう」
任せなさぁい!は禁止である。
「イナリ様にも指摘されたのですが、帝国の民の多くは皇帝一族に対しての求心力を失っていると思います。姿を隠していた私がどれほど強い言葉を投げかけようとも、それは取り戻せるようなものではないのかもしれません」
「シャル皇帝がそう考えるなら、新しいリーダーが必要ですね。いや、シャル皇帝がリーダーにふさわしくないとかじゃなくて、私が前に住んでた国では王様に決定権が無くて、執政官のガファリさんみたいな感じの政治専門の人を投票で選出して、さらに色々なことは基本的に多数決で決めていく感じでやってたんです。だから、みんなで協力しながら復興を目指すのは間違っていないと思いますよ」
正直なところ、私から見たシャル皇帝は指導者に向いていないと思う。娘にべったりな情けない姿を見てしまったってのもあるけど、なんとなくこの人は優しすぎる気がする。これだと、同じように優しすぎたチェルバリオ村長さんみたいに、村や町という小さな単位で民を盛り上げて行くには良いかもしれないけど、ピステロ様やマセッタ様のような圧倒的な存在感で国を導いていく、って感じとは少し違う。
さらにアデレちゃんから聞いた話によると、帝国皇帝の一族は絶対に謝罪をしない教育を受けているそうで、戦争を終わらせるためという立派な理由があったにせよ、分裂してしまった帝国を再び統一するという難題に向かうには、謝罪をしないのが障害になりかねない。そもそも、隣国どころか自国の集落すらほとんど見当たらない砂漠地帯で、侵略と領地拡大を目指す帝国主義を続けるなんておかしな話だ。
「任せられるような有能な人物がいるのであれば、ナナセ姫のおっしゃる通りかと思いますが、今の帝国にそのような人物がいるのでしょうか・・・」
「さあ、どうなんでしょ?なければ作ればいいと思いますよ。ひとまず若くて才能ありそうな子供を王都の学園に放り込むなんてどうですか?あ、王都じゃなくてナゼル学園でもいいですし、ポーの町とヴィンサントの町の間に作る新しい学園でもいいと思います。意図的に三か所に分散させて通わせても、それぞれ違う特色があると思うんで良いかもしれませんね。今年は王都の学園にイグラシアン皇国からも才能ありそうな留学生が二人も来てるんですよ、だから、王国としてはそういうのの受け入れ体制もきちんとできてます」
王都の学園なら色々とバランスよくお勉強ができるし、ナゼル学園なら農業や住人管理に特化している。ポーの町とヴィンサントの町の間に作る方は、意匠設計や畜産、それと葡萄酒作りに強い学園になる気がする。
「・・・女性に対して少々失礼かもしれませんが、ナナセ姫のお歳はおいくつなのでしょうか?」
「こないだ十五歳になりました!」
「未成年の少女の発言とは思えないほど思慮深いですな」
「あはは、さっきも言いましたけど、ほとんどが前に住んでた国の受け売りですから気にしないで下さい。それと、こんな小娘の私でもマセッタ様から宰相っていうけっこう強い権限もらってるんで、互いの国が良くなるような話はどんどん進めたいんです。帝国が経済的に安定してくれないと、私たちの商品を売ってバンバン儲けられませんから!これは新時代の戦争なのです!」
「はっはっは、これからの世の中、教育と経済ですな!」
そうこう話しているうちに、ニエヴェという休憩所の入口らしき場所へ到着した。そこは戦時下を思わせるバリケードの囲いで守られてはいるものの、王国の町みたいに門番は立っていない。
私はキョロキョロしながら門をくぐると、すぐ近くで気難しそうなおばあさんが一人でゴミ処理みたいな作業をしていた。どうやら雑な看板の所から見えた煙はゴミの焼却のものだったようだ。
「あのー、王国からの旅のものなのですが、こちらの集落で少し休憩させてもらっても良いでしょうか?」
「あん?王国だって?余所者はお断りだぁよ!」
「そうおっしゃらずに・・・帝国のえらいひとも一緒なんで・・・」
怪訝な顔で私のことを上から下までジロジロ見ながら通せんぼしてる怖いおばあさんにまごついていると、シャル皇帝が私の肩に優しく手を置いてから前へ進み出た。
「この集落には無礼者しか残っておらぬか」
「あぁん?無礼者?・・・・・・ぁぅっ」
「我はシャルタナーンである、道を開けよ」
「ごごご、ご無礼申し上げますたぁあぁあ!!!」
気難しいそうなおばあちゃんが飛び上がってから、すかさずひれ伏して頭を地面になすりつけた。なかなか機敏なお年寄りだ。
「よい。一族の専用宿へ案内できる者をよこせ」
「かかかぁ、かしこまりますたぁあぁあっ!!!」
機敏なおばあさんがどこかへすっ飛んで行った。シャル皇帝への求心力、全然失われてないじゃんね。私、大変失礼なことを偉そうに語っちゃってたみたいで、なんだか恥ずかしくなってきたよ。
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