10の18 吶喊攻撃



── ぶぉん・・・ ──


 私は身の危険を感じ取ったので、重力魔法でどっしりと身体を重くして低い姿勢で身構える。髪が逆立ち、不気味な闇が身を包み、足が少し地面にめり込んだ。


「……さまぁ‥‥えさまぁあ・・・お姉さまぁああーーー!!」


「アデレちゃぁーーんっ!」


 上空からすごい勢いで滑降してきたアデレちゃんを両腕でしっかりと抱き止める。いきなり速度ゼロになるのは危険なので、そのままその場でぐるんぐるん高速回転しながらその勢いを逃がす。


── ぽよーん ──


 リュックに押し込まれた動力源であるベルおばあちゃんが耐えきれず射出された。そこへ後ろからついてきたハルコが凶悪な爪で見事に空中キャッチした。安心安全のいつものパターンだ。


「どうしてアデレちゃんまで一緒に来ちゃったの?」


「ベル様だけ呼ぶなんで酷いですのー!」


 最近のアデレちゃんはすっかりアイシャ姫に似てきた。私のほっぺに頭をぐりっぐりしながらしがみついてくる。勢いを逃し終わって地面にアデレちゃんを降ろしてから、さっそく頭をなでなでしつつ暖かい光で包んであげると、とても嬉しそうに顔を上げた。うむ、やっぱりアイシャ姫とアデレちゃんって同じ年くらいな感じがする。十四歳の私が一番上のお姉ちゃんってことは譲れない。アデレちゃんが十二歳だから、アイシャ姫の推定精神年齢は勝手に十三歳ってことに決めよう。


「ごめんごめん、アデレード商会のお仕事が忙しいと思ってハルコとベルおばあちゃん交代してもらうつもりだったんだけど、来ちゃって大丈夫なの?」


「ヘンリー商会の大半がアデレード商会に吸収されてしまいましたから、毎日毎日超絶激務ですの・・・」


「だよねぇ、みんなで揃って新学期から学園通うなんて難しいかな」


「あたくし、そのために頑張っておりますのーっ!」


 どうやらアデレちゃんも来月から学園に通うため、かなり急ピッチで事業の整理をしているようだった。いきなり王国最大の商会を吸収合併しちゃったら、そりゃ大変に決まってる。


「それが、ヘンリー商会はお父様がほぼ単独頂点の組織形態で取り仕切っていましたから、その役割がそのままケネスおじい様に戻っただけで、思っていたような大きな混乱はありませんでしたの」


「あー、代表者が創業者に戻っただけって感じだ。いまだに王都でもケンモッカ先生は人気あるもんねぇ」


「ただ、アデレード商会で細々と取り扱っていたような商品・・・例えば生活雑貨などの細かなものが把握しきれないほど増えてしまって、そういったものをゼロから整理して数え直すのが大変ですの」


「年度末の棚卸しって感じだ」


「似たような商品を取り扱っている商店が王都中に多数点在しているのも困りものですの」


「そっかー。だったらさ、あの細工屋だったとこにコンビニ開くんじゃなくて、もっと別の広いところで百貨店でもやろうか。色々な商店を混在させる大きな建物を作って、みんなそこに引っ越してもらうの」


「何十年と王都の同じ場所で商店を営んできた方々にお引越しは強要できませんの」


「ああ、そっかー、そうだよねぇ・・・」


 ショッピングモールみたいなところを作って全部押し込めちゃえば色々と合理的になるかなと思ったけど、それをやっちゃうと強引な手法だったレオナルドと同じになってしまう。むしろ、レオナルドでさえそんなことをしていなかっった。何もかも私たちで新しく作って古い商店を切り捨ててしまう方が早いのかもしれないけど、たぶんそれはケンモッカ先生のポリシーに反するから駄目だ。商売って難しい。


「王都にシャッター通りを作っちゃうわけに行かないもんねぇ・・・」


「それはなんですの?」


「閉店したお店が並んでる寂しい商店街のことだよ。なんかみんなが納得するような方法を考えないと、いつまでたってもアデレちゃんが大変なままだよ」


「少なくとも、日々の売上金や精算書の収集はあたくしが空を飛び回って毎日回収しておりますから、以前よりは円滑になりましたし不正も減ったと思いますの」


「でもそれ、ずっとアデレちゃんとベルおばあちゃんがやるわけに行かなでしょ?」


「かと言ってケネスおじい様やアレクおじい様に王都中を歩き回らせるわけには行きませんの。あたくしの代わりに空を飛んで回収して下さる信用できる方がいればいいのですけれど・・・」


 鳥が足りないね。



「そんな怪しげなところ行きたくないのじゃ」


「そこをなんとか・・・」


「おばけなんて嫌なのじゃー!」


「イナリ殿は神なのに臆病なのじゃよ」


「そうだよー、きっと幽霊も光の神様見たら昇天してくれるよ」


 手足だけでなく九本の尻尾までジタバタさせて嫌がるイナリちゃんを無理やり説得して、イスカ島の幽霊調査に連れて行くことにした。なぜかと言えば、アデレちゃんが一緒に来たいと言い出したからだ。


「私がベルおばあちゃんで飛んで行くから、アデレちゃんは獣化したイナリちゃんに乗って着いてきてね」


「あたくし、お姉さまと冒険に出るのは初めてですから、とてもワクワクしますの!」


「そういえばそうだね、一緒にどっか遠く行ったことなかった。でもさ、ヤバそうだったらすぐ逃げてよ?」


「わかりましたの」


「逃げるくらいなら最初から行かない方がいいのじゃ」


「イナリちゃん怖いならちょっと離れたとこにいてもいいよ」


「姫から離れたら怖いのじゃ、できるだけ近くにいるのじゃ」


「離れたいのか離れなくないのかどっちなの!?」


「どっちも嫌なのじゃー!」


「ハルコも、そら、から、みてる。イナリ、あんしんして」


「あはは、ハルコが上空から見張ってくれるなら心強いねぇ」



 アデレちゃんはナゼルの町でゆっくりすることもなく、すぐにみんなでナプレ市の役場へやってきた。ブルネリオ市長が第二夫人と長男に事務仕事を教えているようで、ピステロ様は少し手が空いていた。


「ねえピステロ様、光魔法の紡ぎ手のイナリちゃんを連れてきましたよ。何百年も前に会ったっきりなんですよね?なんか砂浜で待ってるそうです」


「ほほう、それはお会いするのが楽しみであるな。」


 ピステロ様もナゼルの町で遊んで暮らしているイナリちゃんのことは前から気になっていたようで、すぐに砂浜へ移動することになった。どうやら互いの身体に過剰にまとわりついている光子と重力子が毒になってしまうようで、十分な安全マージンを取って大声で会話するようだ。なるほど、だから砂浜なのか。


「光魔法の紡ぎ手殿ーーー!お会いできて光栄であるーーー!」


「おーい!ナゼルの町に滞在しておるわらわもーーー!ピストゥレッロ殿にはーーー!ご挨拶が遅れて申し訳なく思っておったのじゃーーー!」


「じゃあイナリちゃん、私たち夜の調査に備えてお昼寝するから、ピステロ様とゆっくりお話しててね」


「わかったのじゃぁーーー!」


「そんな大きい声で言わなくても聞こえてるよ!」


 残された私たちはのんびりと温泉に浸かりに行ってきた。徹夜の調査になるかもしれないので、アデレちゃんと一緒に市長の屋敷の貴賓室で軽くお昼寝をしておくことにした。ブルネリオ市長の護衛侍女とレオナルド監視のお仕事をしていたアイシャ姫は、まだ明るいうちからアデレちゃんを貴賓室に連れ込んでいる私を恨めしそうな目で見ていた。そんな目で私を見ないで下さい。


 綺麗にセットされているベッドにドサッと寝っ転がると、アデレちゃんが素早い動きで私の腕枕に潜り込んできた。これもなんだか記憶に新しい。やたら甘えてくるアデレちゃんの頭をいいこいいこしながらお昼寝の前に少しお話をする。


「ねえねえアデレちゃん、なんかね、アイシャ姫って若い頃から成長が止まってるのか、成長がめちゃめちゃゆっくりになってるのかもしれないんだって」


「どういうことなのかよくわかりませんの」


「えっとね、悪魔化しちゃうと歳を取りにくくなるって感じ」


「あたくしにとってはアイシャお姉さまが何歳であっても、大切なお母様であり頼れるお姉さまですわ。何も変わりませんの」


「そっか、そりゃそうだよね」


 この世界の人たちは不思議現象に対する順応性が高い。ナゼルの住人やアデレちゃんなんか特にそうだ。私もずいぶん素直に受け入れられている方だと思うけど、やっぱ地球時代の常識が邪魔をして色々と考えて警戒してしまう。


 幽霊退治にアデレちゃん連れて行くの悪くないかもね。





あとがき

今年も残すところあと2日となりました。年末年始のお休みということで、恒例の連続更新を、本日12月30日から新年1月5日まで中一日で行います。


第10章はけっこう長く、今がちょうど折り返し地点くらいになっています。廃墟の要塞や幽霊さんの謎、その後にはゼノアさんの昔話など、なんとも盛りだくさんになってしまいました。事態がややこしくなっていく今後の展開にご期待下さい。


2022年は、読んで下さっている皆さまのお陰で、心折れることなく書き続けることができました。もちろん来年も頑張って継続していくつもりです。というより、のだめさんのパクリですが……楽しんで書くので、頑張って読んで下さい!


2023年、皆さまにとって良い年になりますように。

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