10の8 ナゼルの町の先生たち



 神楽ちゃんに吸われすぎなアルテ様が、夜になってようやく目を覚ました。眼鏡でぬぬんと健康診断してみても身体に問題はなさそうだけど、なんだかイマイチ元気がない。


「はぁ・・・わたくし情けないわ」


「神楽ちゃんの吸い取り攻撃は特別すぎるからしょうがないですよ」


「わかっているのよ。でもね、ナナセやイナリ様みたいに素早く逃げることもできませんし、工夫して魔法を使うこともできませんし・・・」


「気にしすぎですよぉ、アルテ様の暖かい光に匹敵する人なんて誰もいないんですから、もっと自信持って下さい。今回はたまたま神楽ちゃんとの相性が悪かっただけですよ」


「そうなのかしら・・・」


「おいアルテミス、今日からわらわが光魔法の特訓をするのじゃ。姫からもお願いされたから色々とやってみるのじゃ」


「イナリちゃんありがと。あ、そうだアルテ様、しばらく私は遠くへお出かけしないで町役場に出勤しますから、二、三日イナリちゃんと二人でのんびり休んで下さい。ずっとお休みらしいお休みしてないんですよね?」


「ありがとうナナセ、けれどもそれだと牧草や農作物のお世話が気になるわ」


「そんなの私がハルコかペリコに乗ってぱぱーっ!ってやっちゃうから大丈夫ですよ!とにかくイナリちゃんと家でゴロゴロしてて下さい!」


「わたくしでは時間がかかってしまうようなことも、ナナセならあっという間に終わらせてしまうのね。はぁ・・・わたくし情けないわ」


 ありゃりゃ、また振り出しに戻っちゃったよ。


「もー、大丈夫ですってばアルテ様っ」


 この後、似たようなやりとりを何度か繰り返してから、しょんぼりアルテ様の頭を胸に抱き寄せ、暖かい光を目一杯浴びせながら眠った。おやすみなさい。



「そんじゃお仕事に行ってきまーす!」


「ゆぱゆぱも、やくば、いっしょに、いくにょ」


 しょんぼりアルテ様はイナリちゃんとロベルタさんに任せて役場へ出勤した。学園の再開が迫ってるから、できるかぎりのことはやっておきたい。ゆぱゆぱちゃんは早朝のお風呂に入りにきているバルバレスカに何か声をかけられたそうで一緒についてきた。


 役場のドアを開けると、相変わらずミケロさんが建材のサイズや数量なんかをまとめていた。孤児院の中でもわりと大きな子が何人かお手伝いに来ているようで、言われた数字の足し算らしきことを必死になってやっていた。


「へえ、こんなに計算が早くできるんだ、偉いねぇ」


「うん、アルテ先生が優しく教えてくれたから、みんな計算はやいよ」


「言われてみれば、アルテ様が孤児院で本格的に先生を始めてから一年くらい経ってるもんねぇ。みんなもお手伝い頑張ってるんだね、よしよし」


「うん!ぼくたちもっと頑張るよ!ナナセお姉ちゃん!」


 ミケロさんが忙しそうだったので、お手伝いの孤児たちの頭をなでなでしながらお小遣いを渡して甘やかす。じゃあ頑張ってねと言ってから隣の部屋へ移動すると、そこにはバルバレスカの講義を真剣に聞くアンジェちゃんとエマちゃんがいた。


「ゆぱゆぱも、ばりゅばれしゅかせんせ、おそわりゅ、にょ」


「そうなんだ!なんかここ塾っぽい!バルバレスカさん、ありがとうございます!」


「うるさい小娘ね、今は授業中でしてよ。さ、ゆぱゆぱも早く席にすわりますの」


「お邪魔してすみません・・・」


 この部屋では主に銀行業務を行っている。ナゼルの町の住民はお買い物をほとんど請求書で行っているので、各商店で集計された木の板を見ながら貯金通帳みたいなものから差し引きしていく作業がある。これがけっこうな量になっていて、事務員さんの補充が必要だったはずだ。


 私はバルバレスカ先生の授業の邪魔をしないよう、木の板を何枚か持って部屋の隅っこに移動してからチマチマと計算を始めた。あれ、今日の分なんてほとんど終わってんじゃん。


「もしかして私が寝ている間にアルテ様がやってくれたのかな?」


「そこ、うるさいですわよ」


「すんません・・・」


 とりあえず授業の区切りが良いところまで静かに作業をしながら待つことにする。今日の分の貯金通帳記入作業なんてほとんど残っていなかったので、あっという間に終わってしまった。手持ち無沙汰になっちゃったので給湯室みたいなところへお茶を作りに行くと、町役場の窓口担当みたいな年配の女性がすでに人数分のお茶をいれていた。さっきから私やることほとんどないよ。


「ナナセちゃん、お茶はあたしが皆さんに運んどくよ」


「いえいえ、私が運びますよ」


「あたしらみたいな年寄りでもお手伝いできることがあって嬉しいんだ。先行き短い年寄りから数少ない楽しみを奪わないでおくれよ」


 この言葉には胸を打たれた。


 他の村や町では、お年寄りは邪険な扱いを受けているらしいけど、ナゼルの町に関してはアルテ様やリアンナ様が神殿で治癒魔法をかけまくってくれてるから、みんなとっても元気だ。元気なうちは、こうやって頑張って働きたいのだろうか。


「この町のお年寄りはみんな元気で、色々とお手伝いしてもらって本当に助かってます。孤児たちなんかにも職人さんの技術的なお話とか、昔の失敗談なんかをしてくれてるんですよね」


「あたしらはねぇ、チェル君村長やゼノアちゃんらと一緒にこの村を育てるために王都から何十年も前にやってきたんだ。チェル君村長が先に逝っちまったからねぇ、もうあたしらの出る幕なんて無いと思っとったけどねぇ、今度はナナセちゃんが輪をかけて立派な町に育ててくれてるだろう?どんなにちっぽけなことだって、この体が動く限りお手伝いするさ」


「そんな無理しないで、ナプレ市の温泉とか遊びに行って下さいよ」


「無理なんて思っちゃいないさ、あたしらはね、こうやって働く生き方しか知らないんだよ」


「そうなんですね・・・なんで王都を出ようなんて思ったんですか?田舎の農村の開拓なんかより、王都で生活してた方が楽だったんじゃないですか?」


「あの頃の王都はねぇ、今よりもっと貧富の差が激しくてねぇ、あたしらみたいな貧民の子は、そりゃあもう酷い差別を受けてたし、酷い生活をしていたもんさ。でもねぇ、子供の頃からあたしらんとこに遊びにきていたチェル君村長はねぇ、あたしら貧民の子と裕福な子を分け隔てなく付き合ってくれてねぇ、そりゃあもう、その頃のことを今でも、いんや、これから先も死ぬまで感謝し続けるさ」


 えっちらおっちらと階段を登ってお茶を運ぶ年配女性の邪魔などできず、私は黙って昔話を聞きながら一緒に部屋へ戻ってきた。チェルバリオ村長、やっぱ優しい人だったんだね。


「ナナセちゃーん、バルバレスカ先生の授業、すごくわかりやすいんだよー」


「あたしもぉ、学園に入る前に文字のお勉強なんて終わらないかと思ってたけどぉ、間に合いそうかなぁ」


「ゆぱゆぱ、えっと、よく、わかんにゃいにゃ」


「アンジェもエマも真面目によく頑張っておりますから、アタクシの教え方など関係ありませんわ。もう学園の初年度教育に出しても恥ずかしくない程度には学んでおりますから、あとは反復練習ですわね。ゆぱゆぱに関してはまだこれからですけれど」


「素晴らしいです、ありがとうございます」


 みんなでお茶をすすりながら話を聞いてみると、ゼル村で生まれ育った二人は、文字を書くことだけでなく、王都で生活する際の一般常識的なものが欠けていたそうだ。そこで、学園に通うのであればということで、私が獣人族や小人族と遊んでいた数日前から、バルバレスカ先生が短時間で色々と詰め込む授業を始めたらしい。なんか頭が下がります。


「これはナゼルの町に学園を作りたいと言い出したアタクシの責任ですわね。アタクシにとっても練習のようなものですから、アナタから礼を言われるようなことではなくってよ」


「謙遜しないで下さい、本当に助かってますよ、バルバレスカ先生!」


「そう。」


「ところで、通帳記入のお仕事ほとんど終わってましたけど、アルテ様が夜中にやったんですかね?」


「あら、あれでしたら早朝からアタクシとアリアニカで大半を済ませてしまいましたわよ。こういった作業は溜め込んでしまうと本当に大変になりますから、日課にして処理するのが商人としての基本中の基本ですわね。残りをアナタが終わらせたのであれば、午後は少し難しい授業に時間を割くことができましてよ」


「アリアちゃんまでお手伝いしてくれてるんですか・・・なんだかすごい五歳児ですねぇ」


「アリアニカは必ず首席で学園を卒業させますわ。父親であるサッシカイオが逃亡したことへの、アタクシができる数少ない罪滅ぼしでしてよ」


「・・・。」


 すました顔でピンと背筋を伸ばし、お上品にお茶を飲むバルバレスカ先生を見ながら、アンジェちゃんとエマちゃんもそのお作法を一生懸命真似して、お上品訓練までしているようだった。これは私も負けらていれない。


 この後、ミケロさんのところへ行って例の野営地に作る建物の区画整理図面を修正したり、給水塔の水車タイプの方の設計概要をまとめたりしてから、ハルコに乗って農場や牧場の超高速治癒魔法ばらまきを済ませた。役場へ戻ってくるとバルバレスカ先生のスパルタ授業を終えて目がぐるぐるしていたゆぱゆぱちゃんを小脇に抱えて帰宅した。



「ゆぱゆぱ、えっと、ろべりゅたせんせ、おそわりゅ、にょ」


「え?まだなんかお勉強すんの?」


「えっとえっと、かぐりゃの、かまえかた?ふりかた?ってにょ」


「あー、剣のお稽古するんだ。ロベルタさんに教わったら、私ますますゆぱゆぱちゃんに勝てなくなっちゃうかも」


「ナナセ様、わたくしごときの教えで申し訳ありませんが、ゆぱゆぱ様には剣術の基礎を学んで頂きたいと思います」


「ごとき、なんてとんでもない!たぶんゆぱゆぱちゃんは動き回るような近接戦闘型になると思うんで、ロベルタさんの戦い方が最も参考になると思います!よろしくお願いします!」


「ありがとうございます、では」

「いってくりゅ!」


 ロベルタさんとゆぱゆぱちゃんは練習用の木剣を持ってお庭へ消えていった。元気でよろしい。


「ねえねえ、アルテ様どう?大丈夫?」


「ええ、イナリ様やペリコがとても優しくして下さったの。それと、イナリ様に光魔法をじっくりと見てもらったわ。しばらく基礎に戻って練習ね」


「あはは、イナリちゃんも先生やってくれてるんだ。アルテ様も少し元気が出たみたいで良かったです」


「おい姫、おなかすいたのじゃ。わらわはしばらくここに住むから美味しい食事を頼むのじゃ」


 ナゼルの町には先生がいっぱいいるから助かる。イナリちゃんはいなり寿司だけじゃなく、子供が喜びそうな食べ物が大好きなので、今日はアルテ様を元気にしてくれたご褒美でご馳走を作ってあげよう。


「わかったよ、今日はハンバーグとナポリタンとオムライスのセットね!」


「わーい!なのじゃー!」


 イナリちゃんが九本の尻尾をめっちゃフリフリして喜んでる。なんか久しぶりにモミモミしたくなったけど、お料理の方が先だ。ゆぱゆぱちゃんは獣のお肉を食べられないのでチキンハンバーグをコネコネと作る。ナポリタンも肉なしだけど、これは付け合せみたいなものなのでまあ良しとしよう。ついでに私の好物で大量に作り置きしてあるコーヒーゼリーを小さなコップに人数分取り分ける。これも植物性のゼラチンを使っているのでゆぱゆぱちゃんに出しても問題ない。


 そうこうしているうちに、お稽古を終えたロベルタさんとゆぱゆぱちゃんがいい匂いに釣られてタイミングよく戻ってきたところでご馳走が完成した。


「カンカンカン!できましたよー!」


 久しぶりに鍋の底をお玉でカンカン叩いてみんなを呼ぶ。なんかこれ好きなんだよね。


「姫!わらわはこういう食べ物なら毎日でもいいのじゃ!もぎゅもぎゅ」

「ナナセ様はケチャップの使い方が幻想的です、もぐもぐ」

「ナナセ!これはお子様ランチよね!わたくしも大好きだわ!」

「ゆぱゆぱ、ちゅるちゅる、しゅきぃ」


 獣人族は手がずんぐりしている人が多いので、食事の時はスプーンくらいしか使わない。スパゲッティのようなスプーンに乗らない料理は手づかみで食べる。


 ゆぱゆぱちゃんが熱々の肉なしナポリタンを両手でつかんで嬉しそうにズルズル食べ始めた。猫って猫舌じゃないのかな。よくネットで夏の散歩は肉球やけどするってブチギレてる人いたけど大丈夫なのかな。あ、もしかしてこれがAIラーメンってやつなのかな。異世界は不思議なことだらけだ。


「みんな喜んで食べてくれると私も嬉しいよ、もぐもぐ」


「「「おかわりー!」」」


 あ、エビフライ忘れた。


 大変だ、旗も忘れた。

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