9の26 小人族(後編)
異種族と分かり合うには拳と拳を交えるのが一番手っ取り早い。この異世界生活数年で私が学んだ唯一の処世術だ。
「ナナセ様、危険では?アルテさんに危ないことは駄目だとくれぐれも言われておりますが・・・」
「たぶん大丈夫ですよ、最初に戦った異種族は悪魔族時代のベールチアさんかな?次がゴブレットの仲間でー、その次がハルコでー、そんでついこないだ獣人のらやらやさんとです。みんなその後仲良しになったから、たぶんこの方法が性に合ってるんですよ。あ、あと人族の強盗には常勝無敗です。アンドレさんとかマセッタ様とかロベルタさんは本気でやりあったことないですけど、魔法使えば少なくとも負けないと思います。とてもじゃないけど私じゃ勝てないって思うのは、誰かを護るために戦ってる感じのアイシャ姫と、あと深夜に遭遇しちゃったピステロ様ですかね」
「話が高次元すぎてよくわかりませんね、私は学園でも剣技の成績など及第点ギリギリでしたから」
「剣技っていうより魔法ですから」
ゴゴラ君の準備が整ったようで、みんなで工房の片隅の広くなってる所へ向かった。なにやら品質の良さそうな革手袋をして、その上から小さなカイザーナックルっぽいものを握っているようだ。武闘家って感じ。
「私の小手に比べるとずいぶん軽装なんだねぇ」
「ぼくたち皮膚が硬いから防具いらないでしゅ」
「でも腕力が強すぎて手の骨が折れるでしゅ」
「だからこういうの握らないと叩けないでしゅ」
「そ、そんなに強烈なパンチなんだ・・・」
私とゴゴラ君がボクシングのファイティングポーズのような構えに入ると、たくさんの小人族が見学にやってきた。あの人族は間違いなく死にましゅとか甲高い声が聞こえてくる。
「さあ、どっからでもかかっておいで!」
私は軽く重力結界で全身を覆う。このくらいの濃さなら人族が剣で斬りかかってきても軌道を逸らせるくらいの優れものだ。
「ただならぬ気配でしゅ・・・」
「けっこう危険な結界だから気をつけてね!」
「行きましゅ!」
幼児体型であるちびっ子ゴゴラ君の攻撃は太ももあたりに向かってくるとても低いものだった。私はすかさずしゃがみこんでから小手でガードする。その攻撃は走り込んでからのワンツーパンチのようなものだった。
── カキン・カキーン! ──
観客の小人族から歓声が上がる。重力結界を切り裂いて小手まで到達したそのパンチで、私は少し後ろに押し込まれてしまった。すごいよこれ、見た目よりズシリと重たいパンチだし、短い足でテケテケと走り込んでくる勢いもかなり素早かったよ。
「しゃがんで受けなかったヤバかったかもー」
「効かないでしゅか・・・」
「領主様すごい、受け止めたでしゅ」
「この勝負、簡単には終わらなそうでしゅ」
「こりゃ私も本気で行かないと危ないね・・・」
── ぶぉぉんっ・・・ ──
あの素早い攻撃を何度も喰らったら危険そうだったので、自分の身体が重くなるような魔法でしっかりと地面に吸い付いてから、多め濃いめ硬めの大盛り重力結界で全身を覆う。鉱山の近くだからだろうか?ここは地下にもかかわらず良質な魔子が溢れている感覚で、魔子不足になるどころか過剰供給を受けているようで調子がいい。私の周囲の空気が揺れるような不思議な音が鳴り、板張りの床がきしみ、髪が逆立ち、結界の闇がゴゴラ君への視線を隠す。
「領主様が本気出したでしゅ・・・」
「ますますヤバそうな気配になったでしゅ・・・」
この結界は基本的に下から上への反重力のようなものだ。さっそく様子見っぽい蹴りを仕掛けてきたゴゴラ君の足が不自然な方向に跳ね飛ばされ、驚いて距離を取るため背後に飛んで離れた。
「びっくりでしゅ、跳ね飛ばされそうになったでしゅ・・・」
「そうそう近づかせないよ!」
私はしゃがみこんだまま、牽制するような足払いキックを連発している。幼児体型であるゴゴラ君の射程は短い、いくらちびっこい私の短い足でも近づかせないことくらいはできている。
「だったら上からでしゅ」
一度下がってから走り込んだ勢いでピョンと跳ねたゴゴラ君は私に向かって飛び蹴りをしてきた。大人の身長ほどの高さまで到達する跳躍力があるようで、ゴブレットやゆぱゆぱちゃんが飛び跳ねて森の中を移動する身体能力と同じくらいはありそうだ。
── ガキン!ずざざざざ・・・ ──
「ぎゃあ!でしゅー」
飛び込んできたゴゴラ君にしゃがんだままの姿勢からアッパーカットのように小手をぶつける。飛び蹴りはかなりの威力だったけど体重増加中の私は問題なく耐えることができた。一方ゴゴラ君自体の体重が軽いからか、小手に衝突すると吹っ飛んで地面をゴロゴロと転がった。容姿が幼児なので少し気が引ける。
「すごい威力のキック!手がしびれるぅー!」
「あれは完璧なガードでしゅ・・・」
「これでは近づけないでしゅ・・・」
地面に転がって止まり体制を立て直したゴゴラ君に向かい、すかさず弱めの重力波動弾をポポンと何発か撃ち込む。ゴゴラ君が身軽に跳ねたり避けたりしながら近づいてきたら、しゃがみ中キックをシャカシャカして牽制する。高く飛び込んできたら重力結界で覆われた小手アッパーカットだ。
「すごいガードなのでしゅ、全く隙がないでしゅ」
完璧な待ちナナセの完成だね、これは良い戦法なのでまた使おう。
「私、受け止められるって言ったじゃん!」
「これはもう行くしかないでしゅ、必殺!ぐるぐるキックでしゅ!」
ゴゴラ君はそう叫ぶと、少し走って勢いをつけてからプロペラのように回転しながらの蹴りを繰り出してきた。私は身体を重くしてしゃがみこんでいたので、飛んで逃げることもできずにその場で受け止める。
── ガガガっ!ガガガっ! ──
「うわ!うわわわわわあ!!」
その竜巻旋風のような攻撃は腕をクロスさせた防御態勢の小手で全部受け止めることができたけど、デコった宝石がいくつか弾け飛んでしまった。アルテ様ごめん。
「そして!必殺!ぐるぐるパンチのコンボでしゅ!」
ゴゴラ君が着地すると同時に、今度は両手を広げて高速に回転するラリアットのようなパンチをしてきた。ぐるぐるパンチって横回転だったんだ・・・てっきり泣きながら腕を縦回転して走ってくるやつだと思ってたから油断してたよ。
── ズガガっ!ズガガガガっ! ──
その攻撃も重力結界を余裕で切り裂いて小手まで到達する。再び腕をクロスさせた防御態勢で回転ラリアットを全部受け止めると、またもやアルテ様の宝石がいくつか弾け飛んだ。さすがに耐えきれず、私はついに背後へ飛んで逃げた。ここでおしゃべりしてるとまた連続攻撃してきそうだったので、いよいよ近接戦闘を覚悟する。
「私もいっくよー!うりゃうりゃああ!」
身体を軽くした重力ジャンプでピョンピョンとフェイントかけて飛び回りながら最後にはゴゴラ君の背後に降り立ちガッチリと捕まえる。凶暴な両腕を羽交い締めのようにつかんでみると、その皮膚はセルロイドのような質感でかなり硬かった。そして何より、人族よりもはるかに体温が高いようで、けっこう熱い。
「私だって回転攻撃できるんだからっ!とりゃああーー!」
掴んだゴゴラ君が短い手足をジタバタとしながら暴れてるけど、そのままお構いなしで回転大ジャンプをする。幼児体型なので頭の方が重いのか、ゴゴラ君の体勢が空中で逆さになってしまった。慌てて赤ちゃんっぽいぽっこりとしたお腹をしっかり掴むと、そのまま回転パイルドライバーのような形になり、硬そうな頭を下にしたまま板張りの床へゴゴラ君を叩きつけた。これで決まったはず・・・
「き、効いたでしゅ、でもまだまだでしゅ・・・ふらふら」
「えいっ!」
── ビリビリビリビリ ──
「あばばばば・・・ブクブク・・・でしゅ・・・ガクッ」
パイルドライバーが完璧に決まったにもかかわらず、体力がミリ残りしていた様子のゴゴラ君がまだ戦えると言わんばかりにファイティングポーズを取ったので、すでに光魔法に切り替えていた私は弱っている所へのビリビリ攻撃で気絶させ、この勝負はいつものパターンであっさりと終了した。
「そこまででしゅ!領主様の圧勝でしゅ!」
「三百年無敗のゴゴラが完敗でしゅ!」
「ナナセ様は見た目が幼児であっても容赦ないですね・・・」
「あはは、でも危なかったぁー」
気絶したゴゴラ君を膝枕して暖かい光で包んでいると、目を覚まして私にしがみついてきた。ふとルナ君と決闘したときのことを思い出し胸が熱くなる。それはそうと動く赤ちゃん人形怖可愛い。欲しい。
「ゴゴラ君起きた?私の勝ちだよね。あのね、攻撃の前に必殺技名を叫ぶのやめた方がいいよ、準備の時間くれるようなもんだから。それにしても、こんなちっこい体なのにすごいパワフルだったねぇ」
「この腕力はリベルディア様に無属性って言われたでしゅ」
「力属性とも言われたでしゅ」
「でもその時、「今思いついた」って言ってたでしゅ」
創造神、やっぱテキトーすぎる。
「へえ、無属性とか力属性ねぇ・・・でもでも、確かに魔子を消費してパワーを生み出してるって感じだったかもしれないから、みんなが強いのは魔法の一種なのかもね」
「ぼくたちと獣人たちは似たような感じでしゅ」
「獣人はぼくたちと違って体が大きくなりましゅ」
「その代わりあたしたちは手先の器用さがありましゅ」
魔獣とかもそうなんだろうけど、魔法が使えない代わりに身体能力が高い種族っていうのはそういう仕組みだったようだ。そのまま三人の話を聞いてると、仲良しなので喧嘩なんてしたことないからわからないけど、たぶん獣人族の方が腕力や体力に恵まれていて、小人族は器用さや知識に恵まれていると言っていた。
力属性とか憧れちゃうね。私、身体ちっこいし。
あとがき
少々無理のある格ゲー展開でした。
やはりナナセさんは剣を持たない方が強いみたいです。
立派な剣士を目指すんじゃなかったんですかね。
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