9の27 記憶の欠片(其の三)



「ねえゼノア、あんなにたくさん一人で倒せるの?」


「チェル君は弱っちいんだから黙って見てなさぁーいっ!」


「・・・。」


 私の名前はゼノア、今は魔獣に囲まれてる。


 チェル君は弟さんのヴァル君に皇太子を押し付けた。なんか王様には絶対なりたくないみたいで、ナプレの港町とアブル鉱山の間あたりに新しい集落を作りたいんだって。今日はその視察のつもりでやってきたけど、こんなに魔獣がいっぱい住んでるところに集落なんて作れるのかな。


── ガルルルル ──


 私は護衛侍女っていう変わったお仕事をしているから、王子様であるチェル君を守りながら戦わなければならない。とはいえ、こんなに広い場所ではチェル君が逃げる場所も隠れる場所もない。どうしよっか。


「やっぱ作戦変更、チェル君が前ね!」


「えええー!」


「いいからっ!男だったら前に出なさぁーいっ!」


「ひぃー!ゼノアの鬼ぃー!悪魔ぁー!」


 震えながら剣と盾を構えるチェル君のお尻をぺちんと叩くと、魔獣よりも私が怖いようで、言うこと聞いて前に出てくれた。


「だってぇ、このへん隠れたりする場所ないからさ、私が群れの中に行くとチェル君が一人になっちゃって危ないでしょ?」


「わかったよぉ・・・」


 私はいつも背負っている大きな剣を構えてチェル君に向かってきた魔獣を一匹づつ処理していく。剣とは言っても、さやから抜いていないのでお稽古用の木剣みたいなものだ。斬るっていうより殴り倒す感じだね。


「ゼノア!何で剣を抜かないのさ!」


「えー、この子を抜くと疲れちゃうから嫌だよぉ・・・」


「何の為の剣なの!?ただの黒い棒切れなの!?こんな時こそバッサバサ斬るための武器じゃないの!?」


「うるさいよ!いいのっ、これでっ!」


 そんな話をしながらコツコツと魔獣を殴り殺し続ける。たまに三匹くらい同時に襲ってくることもあるけど、私の飛び蹴りの前に魔獣たちは無様に吹っ飛びながら転がっていく。私つえええええええ!!


「ふぅ、これで全部倒したかな?」


「すごいよねゼノアは・・・王国で一番強いんじゃないの?」


「子供の頃からすっごい鍛えてるもん!」


 この重たい剣は、七歳くらいの頃にお城の偉い人が港のおうちまで持ってきたものだ。最初は振り回すどころか抜くことさえできなかったけど、剣に気に入ってもらうために、いつもいつも抱いて眠っていた。私にしか使えない剣だって言われたから、頑張って子供の頃から身体を鍛え続けて振り回せるようになったんだよね。


「あれ、ねえねえゼノア、まだいるみたいだよ。あっちの林の奥」


 チェル君が指さしている方を見てみると、とてつもなく禍々しい気配を感じ取った。


「うわぁ、やばそー。なんか親玉っぽい強そうなのが出てきちゃったのかも・・・」


「逃げた方がいいかな?」


「でもさぁ、あれやっつけとかないと、いつまでたっても集落を作ろうとしてるあたりが陸の孤島のままなんじゃないかな。とりあえず戦ってみて無理そうなら一旦逃げよう。あとで王城の兵を借りて討伐にくればなんとかなるよ」


「そうだね、ゼノアに任せるよ!」


 チェル君を私の背後に隠しながら林の奥の様子を伺っていると、どうやら魔獣の親玉は単体で行動しているようで、いきなり群れで襲ってくるということはなさそうだ。というか、群れの手下はさっき全部やっつけちゃったのかな?


「チェル君、あれ本気出さないとまずそうだからさ、私からできるだけ遠くまで離れてくれる?」


「そりゃあ逃げたいけどさ、心配だから近くにいるよ」


「いいからっ!早く私から離れなさぁいっ!お尻叩くよ!」


「わ、わかったよぉ!」


 ついに姿を現した魔獣の親玉のサイズは牛の三倍くらいあった。手下の群れをことごとく倒しちゃった私のことを警戒しているようで、すぐに飛び込んでくるようなことはなさそうだ。でもそれって、それなりの知能があるってことだよね・・・こんなの倒せるのかなぁ。


── グルルルル ──


 のしのしと近づいてくると、まずその異様な臭いに戦意を削がれる。お腹のあたりや前足、それに片目が腐って溶け落ちちゃってるようで、そこにウネウネした気持ち悪い虫が湧いてる。もうやだ・・・


「一瞬でかたを付けてやるからね、覚悟しなさい!」


 言葉が通じているとは思えないけど、魔獣の親玉に話しかけつつチェル君との距離が十分に離れたことを確認すると、私はいよいよさやから剣・・・というか、マイちゃんをゆっくりと抜く。今日のご機嫌はどうかな。


「マイちゃぁん、お仕事のお時間ですよぉー(シャキーン)」


 剣を抜くと、マイちゃんの可愛い声が頭の中に響く。


「【ご主人、おはようなのだ。おおおお、おいご主人んん!なななな、なんか禍々しいのがいるのだ!危ないから逃げるのだ!】」


「逃げちゃ駄目でしょ!今から戦うのっ!」


 私の右手にはマイちゃん、左手にはさやを構える。盾を持たない私にとって、危険そうな敵と戦うときは、さやが盾代わりなのだ。





あとがき

ゼノアさんの武器はしゃべる剣だったようです。

それにしても、あまり緊張感のない人たちですね。


さて、8月は夏休みということで中3日で更新していましたが、本日更新分で終了し、またしばらくいつもの中5日更新に戻します。現在、第十章の20話目くらいを書いていますが、なかなかストックが10万字まで到達しません。

長く書いていると細かな設定が増えすぎてしまい、過去のお話を確認に行くような作業に時間を取られてしまいますね。口調とか呼び名とか。引き続き頑張って書こうと思います。


7月と8月は素敵レビューを頂いたり、ぽつぽつと★★★評価を頂いたりで、かなり好調なPV数になりました。フォロワー様も20名くらい増えたのでしょうか?本当に感謝しています、ありがとうございました!

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