9の7 虫を統べる者(前編)
ボクたちワタシたちのセカイを守る聖戦が終わった数日後、責任者に会いたいと言い、一風変わったお客さんがやってきた。北門の護衛をしているハイネが困った顔をして私を呼びに来たので、町役場まで来てもらうようにお願いした。
「いや、それが、本人もわきまえているというかなんというか、町に入るのは遠慮しますと言ってたんっすよ。俺もその方がいいと思ったんで、倉庫の家で待機してもらってるっす」
どれどれと北門の近くにある倉庫の家にやってくると、上半身ほぼ裸の超絶美人がハルピープルたちと楽しそうにお話をしていた。
よくよく見ると上半身は女性だけど、その下半身は蜘蛛だった。
「ひぎぃ・・・」
内股になってガクガクと震えながら剣を抜いて魔子を集める。
「ナナセ、わるいひと、ちがう、だいじょうぶ」
「お初にお目にかかります領主様」
ハルコが心配して私の前まで来てくれたので、蜘蛛女から隠れるように背中に乗り込んだ。これでいつでも逃亡可能だ。
「ナナセ、だいじょうぶ、ハルコ、たぶん、なかま」
「な、仲間なんだ・・・あのあの、どういったご用件でしょうか・・・」
「先日討伐して頂いた魔物化した蜘蛛型の件でお礼に参りました。しかし、領主様が虫に強い忌避感をお持ちであることはハルコ殿から伺っております。自分も、人族がこのような容姿の生命体を受け入れがたい事は重々承知しております。にもかかわらず、お目通し頂いたこと、深くお礼申し上げます、ありがとうございます」
どうやら蜘蛛女さんはきちんとした人のようだ。むしろ私の方が失礼な感じだ。覚悟を決めてハルコから降り、念のために重力結界を展開しながら近づいてごあいさつをする。
「ナゼル町長ナナセです、お礼とおっしゃっているということは、故郷の村を焼かれ同族を殺された恨みとか、そういうやつではないんですね?」
「はい、感謝の意をお伝えに上がりました。自己紹介が遅れました、自分はアラクノイド・クイーンと申します。あの林で魔物化した蜘蛛型の討伐、心よりお礼申し上げます」
「そうなんですね、林から出て町を襲うとかって感じでもなかったですけど、昆虫業界では害悪だったんですか?っていうか、アラクノイド・クイーンさんはあのような昆虫の責任者なんですか?」
「自分は創造神様より虫族を統べるものとして創り出されました。人族がまだ国という概念を持っておらず、各地に小さな集落がある程度であった数千年前から存在しております」
なんか創造神の新しい情報だね、色々聞いてみよう。
「創造神のお使いさんなんですねぇ。虫族ってことは、アラクノイド・クイーンさんとかハルコみたいに人族と異種族が混ざっちゃったような容姿の人が他にもいたりするんですか?」
「いえ、ハルコ殿のような獣人とも違った存在を確認したことはございませんし、自分のような人族と虫が融合した存在も知りません。ちなみに自分の正式な分類は、節足動物門融合科妖精属蜘蛛種亜人族であると創造神様がおっしゃっておりました。人族の間では虫族というよりも、単に「妖精」や「亜人」といった方が親しみあるのでしょうか、ハルコ殿の場合は妖精属鳥種亜人族かと思われます」
「な、なんか急に学術的になりましたね・・・」
「創造神様が「よくわかんないからググって決めた」とおっしゃっておりました。おそらく“ググ”という行為は種族に分類を与える神聖な儀式のようなものなのでしょうか、自分のような者には尊すぎて理解に及びませんでした。その際、アラクノイド・クイーンという名を、創造神様から頂きました」
創造神、あまりにもテキトーすぎる。
「何千年も前なのにググったんですか・・・」
私だって検索したいよ。お料理のレシピとか。
「領主ナナセ様はググという行為をご存知なのですね。創造神様ともなれば時間という概念を超越できるのではないでしょうか。ともかく、自分のことは妖精族、または亜人族、とお考え下さい」
私もアルテ様と出会った時の流れ無視の謎空間を知ってるし、創造神が時間旅行できたとしても不思議ではない。実に羨ましい。
「なんかまあ、だいたいわかりました。他にも人族とか魔人族とかにも“統べるもの”ってのがいるんですかね?」
「人族や魔人族にそのようなものが存在するかは知り得るところではございませんが、妖精族を統べるものがエルフの長であると聞き及んでおりますし、植物を統べるものとして世界樹をお創りになったという話も聞いたことがございます。自分の目で確かめたわけではございませんし、創造神様から与えて頂いた知識以外のことは、正直に申し上げるとよくわかりません」
世界樹・・・いいね、異世界感があって心踊る。
「なるほど。私は魔法の紡ぎ手さんを三人ほど知ってますけど、それぞれの種族にもそういった感じの責任者がいるってことなんでしょうね。きっと神族を統べるものが創造神ってことなんだと思います。それでアラクノイド・クイーンさんは、創造神になんか虫についてのお仕事を与えられているんですか?」
「増えすぎず、減りすぎず、バランスを保てといったことを指示されておりますが、それは自然の摂理に任せていれば際立った問題など数百年単位でしか起こりません。ただ、虫に関しては魔物化すると繁殖力が強化されてしまうのが厄介で、例の林に巣食って何十年、あるいは何百年もかけて着々と数を増やし・・・‥…」
アラクノイド・クイーンさんの説明によると、知能がそれなりに発達している四足歩行の動物が魔獣化するのとは違い、脊髄反射みたいな生き物としての本能しか持っていない虫が魔物化することなどほとんど無いそうだ。なぜあの林に巣食ったのかはわからないけど、ひたすら数を増やし、とんでもない数まで増えたところで集団行動をするようになり、そして最後は餌を求めて大移動をするらしい。
「ああイナゴだ・・・みたいなやつですね、知ってます。そう考えるとナゼルの町の畑とか危ないところだったのかもしれません。でも、そんな数百年に一度しか起こらないようなことがどうして近所の林で起きちゃったんでしょ。最初の一匹って、どうやって発生したんですかねぇ?」
「自分の知識ですと二通り考えられます。一つは過去に魔物化した虫が生き残り数百年の時を超え地中などに潜んでおり、今回、何らかの刺激によって生命力と繁殖力を得たか・・・」
「なるほど、それはあり得ますね。もう一つは?」
「高い知能を持つ者が意図的に作り変えたか、でございます」
「え?魔物を作る技術があるってことですか?危険じゃないですか」
「自分が見てきた中でも、うまく説明がつかないような不自然な虫の魔物化が起こった過去もございますから、それが何者かの作為だったとしても不思議はありません。過去にそのようなことが起こった際は、いずれも自分が対処可能な範囲の出来事でしたが、もし飛翔する虫が世界の果てへ拡散するようなことになったら厄介でしょう」
「そうですねぇ・・・今までに飛べるやつ発生したことあるんですか?」
「魔物化すなわち巨大化が必ず行われるので、強靭な外殻を形成することにより自重に耐えられず飛翔することができなくなるようですが、そのように言い切れるものでもないと思われます」
「なるほど・・・」
よくよく考えてみたら、人族の悪魔化も恨みや憎しみ漬けにすれば意図的に作り出すことができるかもしれないし、きっと魔物を作ることも可能なのだろう。なんか怖いね。
「アラクノイド・クイーンさんとお話をしていたら恐怖心とかそういうのは消えました。先ほどは失礼な態度を取ってしまってごめんなさいです。正式にナゼルの町へいらっしゃった客人としてお迎えしようと思いますので、私のおうちへご案内しますね」
「領主ナナセ様、そのように言って頂けると嬉しゅうございます」
すっかり蜘蛛女に慣れてしまった私は重力結界を解除し、アラクノイド・クイーンさんと握手してから一緒におうちへ帰った。町の住人がギョッとした顔をしていたけど、隣にいる私の姿を確認すると、いつものように「あーまたナナセがなんかやってる」みたいな感じで日常生活へと戻っていった。みんな順応性が高くて助かるよ。
「なっ!ナナセ様おかえりなさいませ、またずいぶんと奇抜なお仲間をお連れになっているようですが・・・」
ロベルタさんはとっさに腰を落として身構え、侍女服のロングスカート中に手を突っ込んで手裏剣を投げる準備をした。これこそ脊髄反射みたいなものなのだろう。
「ロベルタさん警戒しなくても大丈夫ですよ、この人はアラクノイド・クイーンさんって言って、昆虫業界の偉い人みたいです。すでにハルコと仲良しみたいですし、こないだ討伐した蜘蛛型の魔物はこの世界にとっての害悪だったみたいで、私たちが根絶やしにしたお礼をわざわざ言いに来てくれたんです。古の知識もけっこう豊富なようなので、町の防衛や拡張に役立つ情報とか教えてもらえるかもしれません」
私が説明したらロベルタさんはすぐに警戒を解いて姿勢を正し、侍女らしい雰囲気に戻ってくれた。軽く会釈をしてから焼き菓子と紅茶の準備に向かったので、アラクノイド・クイーンさんにソファーに座ってもらうように言った。
「自分はこのような下半身でございますから、人族が着席なさるような椅子を利用するのは難しゅうございます。お気遣いありがとうございます」
「確かに・・・なんかお客さんなのに立たせたままみたいになっちゃって申し訳ないですけど、気にしないことにしますね」
この後、紅茶をすすりながら色々とお話を聞いた。
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