9の6 聖戦
私は上空から眼鏡を使って生命反応の数を確認している。虫に体温は無いようなので、ある程度の地下まで探ることができる温度魔法を使ったサーモグラフィー機能は使用しても意味がない。
「【左舷、弾幕薄いよ!何やってんの!?】」
「【左舷とはどこなのじゃ、そんなの聞いておらんのじゃ】」
昔から左舷っていうのは弾幕が薄いと決まってるのだ。
「【ごめんごめん言ってみたかっただけ。えっとえっと、左翼側のエマちゃんがいるあたり】」
「おーい、エマー、姫元帥がもっと頑張れって言っておるのじゃー!」
「わかったー、がんばるねー」
左翼側は殺傷力の高いクロスボウの少数精鋭部隊が自由に動き回っている。アンジェちゃんもそちら側に配置したけど、面倒になっちゃったのか、途中からサバイバルナイフで嬉しそうにぐさぐさやっていた。そういえばナイフで果実を収穫するのとか上手かったもんね。
右翼側はロベルタさんが部隊長になって仕切っているようで、狩人や護衛中心の弓部隊が完璧な行動をとっていた。偶数列と奇数列が交互に射的と装填を繰り返しているようで、押し込まれたヤツらが集団で逃げるように移動すると、ロベルタさんの的確な指示によって隊列が素早く組み直され、再び矢の雨を振らせていた。
しばらくその統率の取れた素晴らしい動きに見とれていると、何やら弓部隊を制止させ、ここぞとばかりに隊長のロベルタさんが単独で群れの中に飛び込んで行った。心配して少しだけ近づいて様子を見てみると、普段は無表情で冷静な感じのロベルタさんの目が釣り上がり、口角がクイッと上がり、撃たれて弱っているヤツを片っ端からククリナイフで必要以上に切り刻んでいた。しかもお上品な白黒の侍女服のまま。
嬉々として見事なまでのオーバーキルを決めまくり、キモい液体が付着したククリナイフを兵士に向かって誇らしげに掲げると、その動きに見とれていた弓部隊から地鳴りのような大歓声が沸き起こった。これはさながらナゼル軍のジャンヌダルクだ。元帥はロベルタさんにやってもらった方が兵士の士気が上がったかもしれない。
右翼も左翼もすごい勢いで矢を消費しているけど、補給担当が所狭しと駆け回っているので全く心配ない。どうやら右翼側は早馬に乗ったカルスが馬車から矢の補給を滞りなく行なっているようだ。
左翼側はもっとすごかった。
驚くことにチヨコにまたがったティオペコさんが、ものすごい速度で駆け回りながらクロスボウ専用の殺傷力が高い矢を部隊のみんなへ順次補給しつつ、チヨコのくちばしと強烈なキックを使い、林の外へ逃げようとしているヤツらを何匹もすっ飛ばしていた。さらには小さめのクロスボウを片手で扱い、林の外まで逃走してしまったヤツに近づいては矢を射抜き、百発百中で仕留めていた。こう言ってしまうと申し訳ないけど、アルテ様よりよっぽどチヨコの乗り方が上手い。どうやらティオペコさんはかなり優秀な弓騎兵のようだ。
中央の剣や槍の部隊は戦線をじわじわと林の奥へ押し込み、掃討作戦は順調に進んでいった。そうこうしているうちに、たくさんいたキモいヤツらを巣と思われる穴まで追い詰めたらしい。
それとは別に、すでに安全地帯となった林の外側では、木こり隊による倒木作戦が始まっていた。二人がかりで引くような巨大なノコギリや、まき割り用とは比べ物にならないくらい巨大な斧を使い、中央に向かって林をどんどん狭くしていっている。
手の空いた兵士たちはヤツらの死骸から甲冑なんかに使えそうな部位を集めているようで、パーツごとに切り刻んでは持参した袋に放り込んでいる。あんな黒光りしたキモい素材をナゼルの町で取り扱うのはお断りなので、あとでアデレード商会に売りつけよう。
いっぽう私はハルコに乗って上空から兵士たちの動きを確認しながら、みんなのことを心の底から応援している。
つまり、さっきからほとんど何もしていない。
・
「【おーい姫元帥ー、ずいぶんいなくなったのじゃー】」
「【私も確認してるよー、なんか一か所に集まっちゃったみたい】」
どうやら生き残ったヤツらが巣穴にすべて逃げ込んだようなので、各隊の荷物持ちに持参させている、私が大人買いした大量の油を巣穴に流し込んでもらった。火炎瓶なんて必要なかったね、これ何か別のことに使おう。
しばらくしてから恐る恐る巣穴の近くに降りると、すぐに逃げられるようにハルコにしがみついたまま、元帥自ら決死の覚悟で油を流し込んだ巣穴の様子を見に行くことにした。
「・・・油で溺れ死んだかな?」
── ぷくっ・・・ぽこっ・・・ ──
油から気泡が立っている。巣の中はいったいどうなっているのだろうか。このまま放置していれば掃討作戦は終了するのだろうか。私は目が悪いので、さらに近づいて命がけで穴を覗き込む。
── ぽこっ・・・ ──
入り口スレスレまで流し込んだはずの油位が下がってしまい、巣穴がだんだんと顕になってきた。何も考えずに着火しても良かったけど、火が着くのは入り口だけになってしまいそうな気がしたので、もうちょっと様子を見ていようと思う。
「ヤツらだって呼吸できなくなれば死んじゃうよね・・・」
「魔物なのじゃから、そうとは言い切れんのじゃ」
「そんなぁ」
水や酸素がないと生きていけないっていうのは地球の常識なのだろうか?確かに、強そうなモンスターなら宇宙空間でも生きていけそうな気がする。
「このまま穴を塞いじゃうとかどうかな」
「申し上げますナナセ元帥、別の場所に逃げ道を作るだけだと思われます。このように地中を拠点としている魔物であれば、新たに地下道を掘って逃げることも可能であることが推測されます」
ロベルタさんが冷静に分析している。なんか油の他に流し込めそうなものないかなー、なんて考えていると巣穴に異変があった。
── カサカサ・カサカサ・・・キシャー!!!! ──
「ぎぃゃぁあああああぁああああ!でぇーたぁーああああああ!!!」
私はハルコに目一杯しがみつく。巣穴から出てきた一匹は油まみれでテカテカしていて、キモさと毒々しさに磨きがかかっている。若干苦しそうにしているみたいだけど私はそれどころじゃない。
「げんすい、いたい」
「ハルコ逃げて!にげえてええええええ!やだぁあああ!」
「落ち着いて下さい、ナナセ元帥」
── ヒュンッ!サクッ ──
ヤツに向かってロベルタさんが投げた手裏剣が見事に脳天あたりに突き立てられ、その場で裏返しになって足をピクピクさせていた。完璧に仕留めた後のその姿さえキモいとか本当にやめてほしい。
「もーやだぁ!ロベルタさん元帥チェンジぃ!」
「は?」
「チェンジぃ!とにかくチェンジでぇ!これは王族命令ですぅ!」
私はナゼル軍を退役し、巣穴の処理は後任のロベルタ元帥にお任せした。半泣きのまま一目散で飛んで向かった先は、アルテ様とリアンナ様とアリアちゃんが待機しているであろう野戦病院だ。
「何ぃ・・・この大行列ぅ・・・」
その行列はアルテ様たちが乗っている馬車まで続いており、戦闘で疲弊した兵士たちがアルテミス派だリアンナ派だとか言いながら、アイドルの癒やしを受けようと嬉しそうに順番待ちをしていた。なにやら新たにアリアニカ派などというとんでもない不届き者まで発生してたので、私は背中の剣を抜いてぶんぶん振り回し、片っ端から怒りの治癒魔法を乱暴にかけまくる。そして、「とっとと巣穴まで行って残りを殲滅してきなさーい!」と大声で叫びながら兵士たちをシッシッと追いやり、そのまま野戦病院は休診にした。
「あらナナセ元帥、作戦はもう終わったの?」
「えぐえぐ、元帥はロベルタさんに引き継ぎましたぁ、むにゅり」
「うふふ、甘えん坊の町長さんに戻ってしまったのね」
・
私が馬車に引きこもり、アルテ様に埋まってから数時間が経った頃、掃討作戦は無事に終了したようだ。ロベルタ元帥の戦況報告によれば、油で弱ったヤツらは巣穴から一匹づつ這い出して来たので、数名でのんびり狩りながら、大量に持参した枯れ枝を使用したキャンプファイヤーの準備をして、手の空いている兵士は木の伐採のお手伝いに回ったらしい。
ヤツらが出てこなくなってから巣穴を掘り起こすと、ひたすら卵を産んでいるだけの女王アリだか女王蜘蛛みたいなのがいたそうで、そいつを葬ったことでもうこの林にヤツらは出没しないだろうと言っていた。ホントかなぁ・・・
「ナナセ様、お食事の準備が整ったようです」
「えっ?誰か食材まで持ってきてたんですか?さすが私のナゼル軍」
「いえ、高品質な食用油にほどよくまみれておりましたから、そのまま刻んでから兵士の盾を鉄板代わりにして焼いたようです」
「い、い、いやぁあああああああああああああああああ!」
せっかく精神的に落ち着いてきた私は全身に鳥肌が立ち、ヒザがガクガクと震えて腰を抜かしてしまった。すると、アルテ様がひときわ輝く暖かい光を放ちながら、優しい笑顔で私の手を強く握ってくれた。ありがとアルテ様。
「ナナセ、弔いの時間よ」
「え・・・‥…やだー!やだやだぁー!」
アルテ様が私の手を強く握ったまま離さない。
「せっかく隊員の皆さまが頑張ってくれたのですもの」
「もしかしてゴブリンときと同じですかぁー?無理ですぅ、虫なんてでんでん虫しか食べられませんよぉー」
「駄目よナナセ、生命体の無駄な殺生はいけないことなのよ。それに、きっとポテトフライよりも体に良いわ、うふふ」
私は満面の笑みを浮かべたアルテ様にズルズルと引きずられ、じたばたと暴れる手足をリアンナ様が抑えつけられ、ゴブリン食べた時とは違った意味でわんわん大泣きしながら、ヤツの腹部と思われるブヨっとしたキモい部位を一口だけ食べさせられてしまった。
「リアンナ様、こういうのをね、以前ナナセが住んでいた国ではね、エドの敵をナガサキで討つって言うのよ、うふふっ」
「アルテ様はナナセ様のことなら何でも知っているのですね、エド様も災難ですこと、ふふふっ」
どうやら私はイモフライのことを根に持っているアルテ様とリアンナ様に復讐ざまぁされてしまったようだ。食べ物の恨みは恐ろしい。
「えぐえぐ、もぐもぐ、あれ?・・・」
・・・この味、そんなに悪くないね。っていうか私、あと食べるだけの状態になっていればキモい虫だろうが可愛いウリボウだろうが関係ないのかもしれない。むしろ塩コショウが足りてないぼんやりとした中途半端な味で、せっかくの食材がもったいないよこれ。
「これロベルタ元帥が作ってくれたんですか?もぐもぐ」
「いえ、わたくしは途中からナナセ様が滞在している本陣の護衛に戻っておりました。ですので、こういった森林での捕獲物処理に手慣れている狩人のモレッティオ様が仕切って焼いていたようです」
「ちょっとモレさん!味付け薄いよ!何やってんの!?」
「す、すまねぇ、姐さん・・・」
「塩がないと戦力に影響するよ!」
「姐さんみてえに常に大量の調味料なんか持参してねえっすよ・・・」
昔から異世界人っていうのは味付けが薄いと決まってるのだ。
あとがき
なんだかこのお話、登場人物の性格が軽く崩壊してますね
数少ないギャグ回ってことでスルリと通り過ぎて下さい
モレ様も災難ですこと、ふふふっ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます