9の2 元王妃様の移住



 ナゼルの町への空輸メンバーは、バルバレスカがハルコに背負われ、精神安定剤のアリアちゃんがハル=ツーにくくりつけられ、身体の小さいハル=ワンが荷物持ちで、私はペリコに乗る。


 イナリちゃんは、なぜかわからないけど港で豆腐を作っているリノアおばあちゃんにごあいさつに行きたいそうなので、アルテ様とリアンナ様と一緒に船に乗ってナプレ市経由でのんびりと帰ってくるそうだ。


 ヘンリー商会の解散と財産の没収をされてしまったレオナルドは、その事後処理みたいなことをしなければならないらしく、一足遅れてからこちらに向かうと言っていた。ほとんどのことはアデレード商会への引き継ぎになるそうで、言ってしまえばこれは生前贈与だ。莫大な財産に関しては王国に大半を接収されてしまったけど、それをそのまま城壁に近い商業地区や工業地区などの治安の悪い場所の再開発に使うと言っていた。引き継ぎが終わったら一応罪人なので、警備の都合上ブルネリオさんと一緒に護衛に囲まれてナプレ市まで来ると言っていた。


「それじゃあー・・・しゅっぱーつ!」


「ナナセ、寄り道しないのよ!危ないのは駄目なのよー!」


 見送りのみんなに手を振りながら一気に上空へ加速する。まだ三月上旬なので少し肌寒いけど、アルテ様が編んでくれたやたらと暖かいマフラーがあるので防寒はバッチリだ。


「ペリコ、なんか飛ぶ速度速くなったねぇ。気持ちいいー」


「ぐわー!ぐわー!」

「あっははー!あたしもきもちいー!ななせおねえちゃんたち、はやいー!はるつーもがんばれー!」

「ハルツー、がばる」

「ペリコ、まえより、はやい、なった、ハルコも、がんばる」


「ぎゃあーあーーーぁーあーーぁーー!」


 バルバレスカの絶叫が背後から聞こえてきた。そりゃそうだ。



 私たち鳥ご一行は順調な飛行を続け、ナプレ市の上空を通過した。そのままナゼルの町へ帰ってしまっても良かったけど、休憩のためサッシカイオとアイシャ姫に襲われたいつもの野営に降り立った。


「バルバレスカさん、私が最後にサッシカイオに会ったのはここの野営なんですよ。アイシャ姫と王都から脱獄した三人衆と一緒に襲われたのがここなんです」


「ぜーはー、それ、どころ、では、ひーふー、なくってよ」


 初めての経験であるハルコの高速飛行に腰を抜かしてしまったバルバレスカは、顔面蒼白で息を切らせている。眼鏡でぬぬんと診断してみたら、どうやら高所恐怖症的なやつっぽく、心拍数が異常に高かった。かわいそうなことしちゃったかな?


「今から暖かい紅茶をいれますから、ちょっと休んでいて下さい」


 私は旅行用の大きなリュックから電気コンロと手鍋を取り出し、みんなの分の紅茶を作って出してあげた。ペリコが途中、突然低空飛行したと思ったら何かの魚の群れをバシャバシャとつついて獲物を確保したので、おやつ代わりに焼き魚でも食べようと思う。


「ねえハルコとハル=ツー、適当に燃えそうな木の枝を拾ってきてよ」


「「わかった」」


 ペリコが口の袋からぐえっと吐き出した魚はサンマっぽい細長い魚だった。私はさっそく内臓やウロコを処理してから塩を振り、適当な木の枝に波々に突き刺し、ハルコたちが集めてきてくれた枝のたき火で炙り焼きにする。いい感じに火が通ったら、そこへ醤油を乱暴に振りかけるのがポイントだ。


「アナタのお料理は作っている時点から楽しめますのね」


「あっ、それ言ってもらえるの嬉しいです!」


 醤油が焦げた美味しそうな煙が上がり、まっちろい顔をしていたバルバレスカが紅茶を片手に立ち上がると、興味深そうにこちらへ歩いてきた。醤油の焦げた匂いは人を元気にする。


「じゃあこのまま、お行儀悪くかじりつきましょう、いただきまーす!」


「「「いただきます」」」


 バルバレスカは魚を皮ごと食べるという野蛮なことなどしたことがなかったようで、最初は戸惑いを見せていたものの、私やアリアちゃんがあまりにも美味しそうにサンマのろばた焼きみたいなものにかじりついているのを見て、遠慮がちにカプリと食べてくれた。


「お魚も新鮮で美味しいですし、味付けも独特の香りが食欲をそそりますけれど、何よりもこのような屋外で火を囲んで食事をすることが、これほど爽快なものだとは知りませんでしたわ、良い経験をさせて頂き感謝しましてよ、ナナセ」


「あはは、いいですよねー、バーベキュー」


 王宮に閉じ込められ、いつも味の薄い料理をお上品に食べさせられていたバルバレスカにとっては刺激的な食事だったようで、口のまわりを汚しながら、とても嬉しそうに焼き魚にかじりつき、口に残った骨をぺっぺと吐きつつ、それでも紅茶を飲む姿はお上品だった。


「・・・サッシカイオは生きているのかしら」


 一息入れて落ち着いたバルバレスカは、隣に座ってしがみつくアリアちゃんの暖かい光を受けながら、野営からの景色をキョロキョロと見回し、寂しそうにポツリとつぶやいた。


「きっと、どっかの田舎の集落で王子様ぶって威張ってますよ」


「アナタは本当に酷い言い方をするのね」


「それに、もし死んじゃってたら集落の人に口止めとかできなくなりますから、王都に知らせが届いていると思いますよ」


「そうだといいわ、生きているだけでも・・・」


「あと、バルバレスカさんもそうだったと思うんですけど、軽く悪魔化しちゃってる人は生命力が高まるみたいなんです。魔子か重力子が大切な臓器器官系を守ってくれるんじゃないかと思うんで、もし一人でジャングルとかに潜んでいたとしても、そうそう死なないですよ。昔から言い伝えられてるような、悪魔化して自滅するっていうのは逆だと思います」


「そう。」


 バルバレスカはあまり納得している様子はなかったけど、そのまま何かを吹っ切るように首を振ってから、骨やたき火のお片付けを手伝ってくれた。するとそこにタイミングよくカルスの馬車が通りかかった。


「姐さんじゃないですか!こんなところで何してるんですか!」


「あっ!カルスお疲れさま!ナプレ市の帰りなの?」


「はい、今日は購入品も少ないんで、荷台はスカスカっす。乗っていきますか?」


「飛んだ方が早いけど・・・あ、そうだカルス、こちらは元王妃のバルバレスカさん。知ってると思うけど罪人になっちゃったから、ナゼルの町で無償奉仕してもらうことになったの。なんか空飛ぶの怖いみたいだから、ナゼルの町まで乗せていってもらえると助かるかな」


「荷運びのカルスバルグと申します、元王妃様の話は以前から聞いております。ひとまずナゼルの町まで送らせて頂きます」


「バルバレスカでございます、アタクシのような罪人がナゼルの町へ移住することをお許し下さいませ」


「ナゼルの民は誰一人としてそのようなことは考えておりませんよ、ご安心下さい。ではこちらの荷台の座席へご案内致します、手をお貸しした方がよろしいでしょうか?」


「ありがとうカルスバルグ。アタクシ、ナゼルの町での新しい生活に向け、このようなことに慣れるためにも馬車の乗り降りにお手を煩わせる必要などございませんわ」


「わかりました。それでは段差に気をつけてお乗り下さい」


 バルバレスカは私なんかと話すときと全く違い、座っていた地べたからサッと立ち上がってピンと背筋を伸ばし、元王妃様らしい雰囲気でカルスに丁寧な挨拶をしてくれた。カルスの受け答えも元罪人とは思えないほどしっかりしたもので、こういうの、なんか私も嬉しい。


「じゃあアリアちゃん、寄り道しちゃダメだよ」


「うん、わかった。ぺりこー、はるわんー、はるつー、いこー!」


「「しゅぱつ」」「ぐぇー」


 荷車には私とバルバレスカを乗せてもらい、アリア隊長が鳥たちを引き連れてすごい勢いでナゼルの町へ飛び去った。


「アリアニカの成長にも驚きますけれど、この馬車にはもっと驚きましたわ・・・噂には聞いておりましたけれど、王族が使っているものよりも遥かに乗り心地がよろしいですのね」


「そうなんですよ、なんか、ナゼルの町のお年寄りが色々とあーしろこーしろ乗り心地の注文がうるさいらしくて、それ全部実装したらこんな上流階級馬車になっちゃったそうです。すっごい速いのに、ぜんぜん揺れが気にならないですよねー」


「これでは、今の王族ではアナタに勝てないわけですわ」


「私も一応王族ですけど・・・っていうか、私、王族と何も勝負してませんけど・・・」


「そうだったのかしら。アタクシも含め、すべての勝負に勝っているのではなくって?」


「勝ち負けだったんですかねぇ、私にはよくわかんないです」


「では、大商人であったレオナルドとの勝負には勝ちましたわよね」


「あれはマヨネーズがたまたま王都の人に受け入れられただけです」


「レオナルドは、どれほど高価で美味な食材を準備しようともナナセには絶対に勝てなかったであろうと言っておりましてよ」


「どうだったんですかねぇ。私が以前住んでいた国は安くて美味しいものがたくさんありましたから、これからもたくさん安くて美味しいものを開発していきますよ」


「そう。アナタのお料理を毎日食べられるのは楽しみでしてよ」


「そうやって言ってもらえると嬉しいです」


 私の料理、毎日食べてると太るやつが多いんだよね・・・

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