9の3 ナゼルの町へ帰還



 いつもの野営から順調に進む荷馬車タクシーは、移住民であるバルバレスカにナゼルの町がどういうところか色々と見学してもらうため、牧場や農場に寄り道してから帰ることにした。ようやく町の門に到着した頃にはすでに西の空へ太陽が沈みつつあり、あたりは綺麗な夕日に包まれていた。


「建物の高い王都では味わえない美しい夕暮れの景色ですわ。マセッタも言っておりましたけれど、ナゼルの町は田舎の農村であった片鱗などほとんど残っておりませんのね・・・」


「まだまだ開発途中ですよ。町がどんどん拡大してるんで、農業地もどんどんずらして行かなきゃならなくて」


「農地の作物が安定するには数年がかかるのではなくて?」


「さすがバルバレスカさん、そんなこと気づけるんですねぇ。私とアルテ様とリアンナ様が土を元気にする魔法をかけて回ってるんで、耕してすぐに種植えても農作物が初年度から元気に育つんです」


「アタクシが学園でお勉強していた常識とはずいぶん違いますのね」


「よく非常識な魔法の使い方だって言われます。でも私思うんですけど、魔法そのものが非常識なんですから、工夫すればもっともっと生活が便利で裕福になる使い方があると思うんですよね」


「先ほど紅茶を温めていた装置のようなものでして?」


「おお、よく見てますねぇ、感心しちゃいます。あれは電熱線って言って、あの中をビリビリしたやつ高速で通すことで熱を発生させてるんです。ああいう魔法を使った便利な装置は魔品って呼ぶことにしたんですよ。宝石がたくさん必要になると思うんで、量産して売るって感じのものではないですけど」


「アタクシ、王城の小部屋に囚われていた際、アナタのビリビリで気絶させられたのをそれとなく覚えていましてよ。そちらが本来の使い方ではなくって?」


 悪魔化してたのに頭冷やそうか行為を覚えてるんだ・・・ごめんなさい。


 それにしてもバルバレスカの質問は色々と鋭いね、王宮でワガママ放題だった王妃様とは思えない。さすが商家の娘といった感じで物事を見てるし、これはナゼルの町にとって良い戦力になってくれそうだ。



 ひとまずカルスに頼んで宿泊施設に主要な人たちに集まってもらい、今回の事件の顛末の簡単な説明、それにともなうバルバレスカの移住について説明した。いつものことながら、元王妃様で王殺しの大罪人にもかかわらず、みんな快く受け入れてくれた。よかった。


「「「バルバレスカ様、よろしくお願いします!」」」


「アタクシ、このように歓迎して頂けるとは思っておりませんでしたから少々戸惑っております。この町の皆さまにご迷惑をおかけしないよう、アタクシも心を入れ替えてご奉仕いたしますわ」


「じゃあ、今夜は新しい罪人を迎える歓迎会をしようと思います!それぞれ食べ物を持ち寄って食堂へ集合!いいっすよね?姐さん!」


「もちろん!むしろお願いします!」


 若頭カルスがいつもの調子で宴の準備をみんなに指示する。大きな拍手で迎えられてしまったバルバレスカは、少し照れくさそうにアリアちゃんと手を繋いで住居となる神殿へ消えていった。


「やっとおうちへ帰ってこれたー!ただいまー!」


「お疲れさまでございますナナセ様、お風呂の魔法が心もとないので、是非とも最優先でお入りになって下さいまし」


「あはは、やっぱ最初のお仕事はそれですよねー」


 ロベルタさんに荷物を渡すと、私は土鍋風呂のメンテナンスに向かう。水の交換や鍋の掃除はこまめに行なってくれていたようで、とても清潔な状態が保たれていた。私は宝石に魔法の補充をしてからお湯に浸かり、ぼけぼけと夜空を見上げながらようやく帰宅を実感することができた。


 考えてもみたら一か月くらいかけて神国へイナリちゃん探しに向かい、その後帝国でアイシャ姫を逮捕してからようやく戻ったときも、数日したらすぐに王都へ出発してしまった。こうやってナゼルの町の自宅でのんびり過ごせるのはマセッタ様が遊びに来てた時以来かも。



 久しぶりの露天土鍋風呂から上がった私はソファーにドサッと座ると、失礼しますと言いながら濡れた髪をロベルタさんが丁寧にふきふきしてくれた。侍女がいるって素晴らしい。


 しばらくコーヒーを飲みながらぼけぼけしていると、カルスが私たちを呼びに来た。どうやら町の中央広場に宴の準備が整ったようだ。


「宴の準備やたら早くない?私もなんか作って持ってった方がいい?」


「姐さんに訓練された俺たちなら宴の準備なんてあっという間っすよ。料理人がずいぶん増えた食堂も、おやっさんがとんでもない速度で大量の料理を作ってくれましたし。姐さんが何か料理を作って持ち寄る必要なんてありませんよ」


「あはは、私がお風呂に入ってる間に終わらせちゃうとかすごいねぇ。町のみんなの進化に驚いちゃうよ」


 私は久しぶりに村娘風の服に着替えた。ずっと女性騎士風の堅苦しい服を着ていたので心も体も緩んでしまう。町の中央広場にやってくると、すでに多くの住人が今か今かと乾杯を待ちわびていた。聖堂の村長さんとゼノアさんと私の石像の前にも、宴に差し当たって色々な供物のようなものが捧げられていてなんだか気まずい。


「それでは、新生ヴァチカーナ王国の門出と、ナナセの姐さん宰相就任おめでとうと、前国王暗殺事件解決おめでとうと、新しい移民のバルバレスカ様の歓迎と、あとなんか色々・・・とにかく乾杯!」


「「「「「カンパーイ!うぇーい!」」」」」


 いつもどおりカルスが乾杯の発声を上げ、みんなでウェイウェイしながらコップをぶつけ合う。バルバレスカはこんなお下品な乾杯は生まれて初めてだったようで、アリアちゃんがやっているのを見習って、少し恥ずかしそうにみんなと遠慮がちな乾杯をしていたのが微笑ましい。


 私はひとまずエマちゃんとアンジェちゃんを捕まえて、来月から王都の学園へ一緒に通おうと誘ってみる。


「ねえねえ、二人ともオルネライオ様から学園に通うの誘われてたんでしょ?」


「うんうんー」

「誘われたぁ」


「なんかね、今年は厳戒態勢とかやってたから新規に入学する生徒が少ないらしくてね、二人ともすぐ通えるようになったんだよ」


「えー、今年からなのー。あたしー、学園のお勉強なんて難しくてわかるかなー?」


「あたしもぉ、通うとしても来年からだと思ってたよぉ。王都でお勉強なんて自信ないなぁ」


「大丈夫だよ、私もしばらく学園に復帰するつもりだから、アデレちゃんと四人で一緒に頑張ってお勉強しよ、ねっ!」


「「うんっ!」」


 こうしてエマちゃんとアンジェちゃんと一緒に学園へ通うことが決まった。三人できゃっきゃウフフできるかと思ったら、山羊は誰に面倒を見させて、チーズとキャラメルの管理は誰にやってもらって、大豆とトマトの種まきは前倒しで始めて、タケノコの収穫は孤児たちに手伝ってもらって・・・みたいな感じで、二人とも経営者らしい難しい顔になってぶつぶつとつぶやき始め、そのままその勢いで色々な住人にお手伝いのお願いに立ち去ってしまった。


 私、町のみんなの成長から取り残されちゃってるのかな。



 歓迎会はバルバレスカが主役なので、私はなるべく目立たないように静かにしていた。カルスにレオナルドのことをお願いしたり、ミケロさんにバルバレスカのことをお願いいたりと、今後の事務的なお話を簡単にしたくらいで、あとは食堂のおやっさんのお手伝いをすると言って厨房の中へ引っ込んだ。


「ねえおやっさん、ずいぶん町が広がったし、建築作業してる働き盛りでたくさん食べそうな人とかも増えたし、そろそろここ一件だけで住人全員の食事をまかなうのって厳しくないですか?」


「・・・。」


「おやっさんは何でもかんでも作れるし、おかみさんがその日のおすすめをゴリ押しで売ってくれてるから今はなんとかなっちゃってますけど、そろそろ三店舗くらいに分けた方がいいですよね」


「馬鹿野郎、俺は楽する気なんてさらさらねえぞ」


「やっぱ厳しいんですね。前にも話したと思うんですけど、たとえば唐揚げとかハンバーガーは専門店にしちゃった方がいいと思うんですよ。同じものしか作らないなら厨房設備も合理的に準備できますし、見習いみたいな若い子でも調理補助ができるような感じにするんです。この食堂で同じものを作ってもしょうがないので、おやっさんにはそれ以外のメニューを提供してもらいたいです。ナプレ市から新鮮なお魚が毎日届いてるみたいですし、少し手の込んだ高級な路線で行くってのはどうです?同じおすすめを売るにしても、ちょっと高価な予約制にして王宮の食事みたいなコース仕立てで出したり」


「勝手にしろ」


「ありがとうございます!」


「あっはっは、ナナセ様はうちの旦那の気持ちがわかるんだねぇ」


「はいっ!私は料理人の娘でしたからっ!」


「・・・ふんっ」


「それじゃ、あたしらは若い子をビシビシ鍛えて準備しとくよ!」


「よろしくお願いしますっ!」


 おやっさんから大変に快いお返事を頂いたので、他の街でも展開できるような試験的な意味合いも含めて、ナゼルの町に唐揚げ定食屋とハンバーガーショップを作ることにした。どうやらおかみさんも店舗展開に賛成してくれているので助かった。


 是非ともトンカツ屋も、と思ったけど、今はまだ狩りで獲ってきたイノシシ肉で作っているので安定供給が難しく専門店向きじゃない。いよいよイノシシを飼いならして養豚場みたいなの作らなきゃならないけど、私は以前やたら懐いてきた可愛いうりぼうとふれ合っちゃったから絶対に無理なので、是非とも誰かにお任せしてしまいたい。


 あ、そうだ、お寿司屋さんも展開しなきゃいけないんだった。


 やることいっぱいだね。

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