8の19 皇国の諜報員(後編)
「マスさんも死にたいとか言ってましたけど、なんでそんなに命を粗末にするんですか?せっかく救った意味がなくなります」
「俺はもう皇国へ戻っても皇帝陛下に顔向けなどできるはずもないし、王国にも居場所などない。大罪人という消せぬ恥を見世物として生かされ続けるのであれば、いっそこの場で殺してくれ」
この人もマス=クリスの闇みたいなの吸収しちゃってる系だね。あんまり強く言わない方が良さそうだけどどうしよっかな・・・と思っていたら、タル=クリスの隣にピッタリと座っているアルテ様が暖かい光を送り込み始めてくれた。さすがわかっていらっしゃる。
「まあまあそう言わず、居場所は私が作ってあげますから。あと、マスさんとも約束しちゃったんですけど、将来的にポインセチアちゃんに必ず会わせてあげますから、それまで頑張って下さいよ」
「マスと娘の話をしたのか。俺にはもう娘に会わせる顔もない。実は逃亡中に何度かマスと心中しようとしたのだが、叶わなかったのだ・・・」
「駄目ですよ死んじゃ。そんなこと誰も望んでいません」
よくよく話を聞いてみると、マルセイ港近くの崖から冬の海に向かって投身自殺をしたらしいけど、無事に砂浜に流れ着いて生き残ってしまい、その後は服毒してみたりもしたけど、マルセイ港の親切な宿の人にたくさん水と薬を飲まされ、生き残ってしまったそうだ。
だからと言って互いの首や胸に剣を突き立てるほどの勇気もなく、王国にも皇国にも逃げる場所などないと感じ、途方に暮れていたところをアンドレおじさんに確保されてしまったらしい。
「それ、死なずに罪を償えって神様が言ってるんじゃないですか?」
「俺はこの数年、ヴァルガリオ王の従者を切り捨ててしまったことを悔やみ続けて生きてきた。もうこの苦しみから開放して欲しい・・・」
「タル=クリスよお、何度も言ってるけどよお、リベルディアってのは、ありゃ殺しても死なねえと思うからそんなに気にすんなっての」
なにその重要情報。リベルディアって人は殺されちゃった宮廷魔道士でアンドレおじさんの元カノだよね?
「アンドレさん、殺しても死なねえってどういうことですか!?」
「なんかな、斬られちまった直後に「この肉体が朽ちても魂は残るんだよ」みてえなのが聞こえたんだよ。聞こえたつうか感じたんだよな」
私はアンドレおじさんとタル=クリスに聞かれないように、眼鏡とチョーカーを外してアルテ様に日本語で問いかける。
「【ねえアルテ様、たぶんリベルディアって人、創造神ですよね。この世界に人間になって遊びに来てたんですか?今のアルテ様みたいに】」
「【どうなのかしら、わたくしにはわからないけれど、状況から推測してそれ以外は考えられないですし、人族としてこの星で生活していた創造神様を、タルさんが殺めてしまったのでしょうね。ナナセ、これは憶測なのですけれど、きっと神殺しは簡単には死ねないのよ】」
「【そんな重要な裏設定があったんですか!?】」
「【タルさんはこの世界で最も犯してはいけない大罪を背負ってしまったのかもしれないわ。創造神様がどのような神の摂理を決めたのかはわかりませんけれど、タルさんの寿命が尽きるまで何かしら意味のある行動を取り続けなければならないのかもしれないわね】」
「【摂理、ですか・・・なんか久々にファンタジーになっちゃいましたねぇ】」
私はゆっくりと考えをまとめてから眼鏡とチョーカーを戻す。
「私もちょっと混乱してるんですけど、タルさんは死ぬまで善行を積まなければならないかもしれません。仮になんか悪いことしちゃったとしても、執行猶予中のタルさんは即刻処刑です。けど、たぶんですけど、それでも死ねないのかもしれません」
「俺は首を斬られても死ねないというのか?」
「ちょっと斬ってみます?首」
「おいナナセ!やめろ!」
「冗談ですよ。でも、何かしらの形でこの世界に魂が取り残されるんだと思います。どんな形か私にはわかりませんけど、おそらく天命を全うしなきゃ次のステージに行かせてもらえないんじゃないかと」
アルテ様がいつになく難しい顔になって考えている。どんなに考えても知識を与えられていないなら答えは出せないし、私も創造神の創造パターンから推測することしかできない。
私は再びチョーカーと眼鏡を外してアルテ様と日本語で相談する。
「【ねえナナセ、タルさんもきっと、わたくしたちと同じなのよね】」
「【たぶんそんな感じにされちゃってますよねぇ。創造神から与えられたクエストを全部完了しなきゃ駄目なやつだと思います。でも、その先にはいったい何があるんですかね?アルテ様は晴れて見習い限定解除になれるかもしれませんし、私は前世に戻ったりするかもしれませんし、なんかしら創造神からのアクションがあるとは思いますけど、タルさんはこれといって無さそうですよね。アルテ様なんか聞いてないんですか?】」
「【地球に戻ってしまうの?】」
大変だ。アルテ様がガビーンて顔になってしまった。
「【た、たぶんお断りすると思うから大丈夫ですよアルテ様っ!】」
「【そう、そうなのね・・・わたくし何もわからなくて情けないわ、本当にごめんなさい】」
「【アルテ様が謝ることじゃないですよ。なんというか、タルさんは世界一厄介な女を殺しちゃったのかもしれませんし、アンドレさんは世界一厄介な女に捕まっちゃったのかもしれませんね】」
「【うふふ、間違いなくこの星で一番厄介ね】」
結局、私たちは考えがまとまるわけがないのであっさりと諦めた。装備を戻し、アンドレおじさんにリベルディアの話を聞いてみる。
「ねえアンドレさん、今でもリベルディアのこと好きなんですか?」
「はぁ?そういう感じじゃねえよ」
「でも好きだったんですよね」
「ちっ違えし!俺は子供の頃から振り回されてただけだし!」
「子供の頃から付き合ってたんですかっ!マセガキ様ですかっ!」
「うるせえ!あとで説明するって言ったろ!その話は辞めろ!」
「これは宰相命令です!詳しく聞かせて下さい!」
ここでアルテ様がいつもの肩ゆさゆさをしてきた。
「【ねえねえナナセ!きっとこれが逆光源氏計画のことよね!妄想が捗ってしまうのよね!憧れてしまいます!】」
「【ちょ、ちょっとアルテ様っ!?】」
「【創造神様がおっしゃっていたから間違いないわ!】」
「【それ間違いだらけですからっ!】」
「おいお前ら!さっきからニッポンとやらの言葉でコソコソ相談すんじゃねえ!何話してんだよ!?」
「乙女の内緒話を盗み聞きしようとするなんてアンドレさんは相変わらずデリカシーが無いですね!最低です!」
「お、おう、わりいな・・・って、なんか納得いかねえー!」
創造神とアルテ様の大変尊いご趣味のお話なんて口が裂けても言えない。
「ねえアンドレッティ様、わたくしも聞きたいわ、素敵な恋のお話だったのかしら?」
「そう!そうですよアンドレさん!私、気になりますっ!」
私はアンドレおじさんに顔をグイッと近づけたところでタル=クリスがフッと笑った。というより失笑されてしまった。
「以前から思っていたことだが、この暖かな光といい、その謎の言語といい、なんとも言い難い緊張感の無さといい、ナナセ様とアルテミス様ってのは俺たちとは全く別の世界の住人なのだろうな。貴女たちを見ていたら殺せとか死にたいなどと思い悩んでいたことが、もうどうでもよくなってしまったぞ」
「あはは、なんかすみません。アンドレさん謎が多いんで思わず興奮してしまいました」
「謎じゃねえ!情報の秘匿は護衛騎士の重要な責務だっ!」
「はいはい、恥ずかしいんですね!」
「フッ・・・ナナセ様、早いところ俺に天命ってやつを与えてくれ。罪深き俺がこの先どれほどの善行を積めるかはわからぬが、ナナセ様の指示を守っていれば間違いなど起こらなそうだな」
「ありがとうございます。とりあえずマスさんの精神状態が落ち着いてくれるまでは、しばらく王城にいてもらうことになります。どちらにせよタルさんとマスさんは二人一組で行動してもらうことになりますし」
「そうだな。だが俺もマスも諜報活動の教育しか受けていない。できることなど偏っていると思うから、そのあたりの配慮を願うぞ」
「私、前に住んでいた国で好きだった物語に出てくる潜入捜査員とかって少し憧れてるんです。でも私がそんなことするわけにも行かないので、二人には小競り合いになっているイグラシアン皇国に潜入して情報収集をしてもらおうと思います」
「そんな重要な任務を与えていいのか?俺とマスが皇国へ逃げ帰ってしまうと考えるのが普通だと思うぞ?」
「逃げられないと思いますよ。私とか、鳥に乗って地の果てまで追ってきそうじゃないですか?」
「む・・・」
「それに、私よりかなり強くて、さらに粘着質そうなアイシャ姫が追ってきたら逃げ切れると思いますか?」
「むむ・・・」
「まあ、たぶんそんな面倒なことにはなりませんよ。皇国に潜入してもらう前に、なんとしてでもポインセチアちゃんを人質にしますから!」
「むむむ・・・。」
「おいおい、ひでえなナナセは」
「それと、私たちとタルさんの間に信頼関係ができていないことくらい、さすがにわかってます。まずはそこからなんですけど、それもどうするかすでに考えてありますから安心して下さい。ひとまず、今後二度と王国に逆らえなくなるような過酷な任務にあたってもらいます。それこそ「殺してくれー」って懇願するかもしれませんね!」
「・・・覚悟はできているが、あまり酷い扱いを受けるようなら信頼関係とは正反対の効果が生まれてしまうのではないのか?」
「これはアンドレさんの彼女を殺しちゃった罪に対して、私が創造神に変わっておしおきです!」
「・・・創造神って何だ?」
「なんでもありません!とにかくその過酷な任務が終わったら、晴れて潜入捜査員になってもらいますから!わかりましたかっ!?」
「承知した」
こうしてタル=クリスとのだいたいの話は終わった。二重スパイなんて上手くいくかな?
長いあとがき
お話が大きく動いた回になりました。
今後のナナセさんたちの行動指針になりそうです。
様々な登場人物との組み合わせで行動するナナセさんですが、やはりアルテ様とペアになったときの脱力感が気に入っています。大切にしたいですね。
さて、先日ついに30000PVに到達しました。
1話の文字数が多く、なかなか次のページをめくるのも大変だと思いますが、こうやってたくさんの方々に読んでもらえていることが筆者への励みになっています、本当にありがとうございます!
なので、キリがいい記念にどうでもいい設定集でも書いてみようと思います。
こういうのは覚えなくても読める作品づくりを目指していますが、ナナセさんの思考がいちいち説明臭くなるのも気持ち悪いし、こうやってまとめてしまうと「ぼくのかんがえたさいきょうの異世界設定集!」みたいな感じになって痛々しいし、だからと言って100万字も話が進んでいるのに、最初の数話で登場しただけの設定をいきなり常識でしょみたいな感じで最新話に放り込むのもなんか違うし……なかなか悩ましいところです。
【暦】
・1日=24時間
早朝10回、朝1回、昼5回、夕方1回、夜5回と、日中は神殿にある砂時計を目安に、鐘を鳴らす回数でアバウトに時刻のお知らせをしている。王国では24時間で勝手にひっくり返るチート砂時計が各市町村に配布されている。
・1週間=6日
光曜、月曜、火曜、水曜、風曜、土曜となっている模様。光曜日は休日。
・1か月=30日
5週間で1か月となっているので、1日は必ず光曜日に固定されている。民は日付などあまり意識しておらず、休日の光曜日だけを目安に暮らしている。
・1年=360日
太陽系がモデルになって作られている星のようなので365日+うるう年に対して5日ほど足りない。その分は12月と1月の間で3日間程度、6月と7月の間で2日間程度、太陽と月の位置をひたすら観測している人によって暦合わせをしているそうだ。つまり、その暦合わせの数日間がみんな楽しみにしている大型連休。
【通貨】
銅貨、銀貨、金貨、それぞれ穴あきと穴なしがある。高額な取引の場合は羊皮紙弊という魔法製の透かしのようなものが入った小切手を使ってやり取りしている。
・孔銅貨=10ゼル(=日本円で10円くらい)
・純銅貨=100ゼル
・孔銀貨=500ゼル
・純銀貨=1000ゼル
・孔金貨=10000ゼル
・純金貨=100000ゼル
純、とは言っても純粋な素材ではなく硬度を保つために混ぜものがしてある。高額になればなるほど宝石のように魔子の絡みつきが豊富になるようだ。
【魔法】
魔子=魔法因子を操作することで、地球の物理法則に反した事象を引き起こすことができる。曜日の名称が魔法の属性に近いようで、一般の民は火魔法、水魔法などのわかりやすい呼び方をしている。また、宝石のような透明度や密度の高いものを利用することで、魔法の効果を宝石に閉じ込めてゆっくり放出することができる。
・光魔法=光魔法 責任者:イナリちゃん
光子というものを集めて光る。血球や細胞の活性化による治癒、電波や音波などの波形もこの魔法の分野のようだ。
・闇魔法=重力魔法 責任者:ピステロ様
重力子というものを操作して物体を軽くしたり重くしたりできる。他にも遠心力のようなものを生み出したりもできるが、効果範囲はそれほど広くない。また、重力子は感情にイタズラをするようで、憎しみや悲しみに暮れている人に絡みついてその感情を増幅させてしまう。悪魔化の原因。
・火魔法=温度魔法 責任者:ベルおばあちゃん
温度調節。代表的な使い方として大気中の水分を使って暖かくしたり寒くしたりできる。血を沸騰させてヒデブっみたいな危険な使い方にはストッパーがかかる。温度調節する対象物が鉄などの場合、密度が高ければ高いほど疲れちゃうらしい。
・水魔法=液体魔法 責任者不明
水だけでなく、液状のものを噴水のように吹き出させたり、空中に停止させたりと、様々な操作ができる。また、大気中の水分をかき集めることができるようなので、もしかしたら雲の中でこれを使えば意図的に雨を降らせることができるかも。
・風魔法=気体魔法 責任者不明
詳しいことはまだわかっていないが、ハルピュイアが羽の上下に意図的に気流を発生させて飛んでいるのが気体魔法。効果範囲は狭そう。
・土魔法=固体魔法 責任者不明
ナナセさんがまだ目撃したことがないので詳細は謎。学園の授業で聞いた内容だと、砂の中から砂鉄だけを選択的に取り出したりすることができるようで、どうやらナナセさんは石油の発掘に使いたいと考えてる模様。
【種族】
今のところ判明しているのは、神族、妖精族、竜族、魔人族、人族、悪魔族、獣人族、がある。植物や昆虫、鳥や魚に関しても「族」を付けて呼ぶ場合があるらしい。
【国】
・ヴァチカーナ王国
ナナセさんたちが住んでいる王国。以前は王様の名前がそのまま国の名前となっていたが、お年寄りが混乱するので創始者ヴァチカーナ様の名称に回帰した。200年ほど前に贅沢ばかりしていた貴族と平民との間で戦争が起こり、平民が勝利をおさめ爵位が撤廃された。その後、平民ではまともな国営ができず、民に信頼されていた王族だけが国営に返り咲き、結果として領主教育を受けた王家の血を引く者を市町村に配置することで、すべて王国の直轄領といった国の形態になったそうだ。
・ベルサイア共和国
ベルサイアの町からいきなり国に昇格した新生国家。まだ行ったことないので詳細は不明で、アルペニア山脈とやらの北側の広大な土地を管理しているらしい。初代の国家主席代理はブルネリオ元国王陛下の弟でベルサイア町長さんだったラフィール。
・グレイス神国
王国から南東に海を渡った先にある国。イナリちゃんが土地神様と呼ばれて住んでいる。神殿が各地に建設され、かつての民は神様への信仰心が厚かったようだ。現在はすっかり衰退してしまい、神都であるアスィーナにほぼすべての民が集まり、王国と変わらぬ文化水準を保った生活をしている。最高責任者は教皇と呼ばれるようだが長年不在。現在の責任者代理はパルフェノス神殿長のアギオルギティス様。
・ベルシア帝国
グレイス神国からさらに南東へ進んだ位置にある国。アイシャール姫の父親が生死不明のまま皇帝として扱われ続けている。アイシャール姫の立場はあくまでも皇帝代理であり、帝国民と役人が賛成すればいつでも帝位の交代が可能なようで、一人娘であるアデレードさんは次期皇帝筆頭候補ということになってしまっている。
現在の帝国は30年前の戦争と砂漠化の影響ですっかり衰退していまい、執政官のガファリさんが海を挟んだドゥバエの港に小さな集落のような形態で最低限の国営機能だけを守りながら細々と暮らしている。
・イグラシアン皇国
先代の皇帝は王国と経済協定を結ぶような比較的良好な国家間の関係だったようだが、現在の皇帝はまだ若く、老害大臣が偉そうにしているらしいが詳細は不明。
以上です。
こういうのって好きな人と読み飛ばす人、たぶん極端に分かれますよね。なろう時代からの名残りで続けているこのあとがき、これからも「こっちが本編なの?」みたいな長いやつをたまに書いていこうと思います。どうぞお付き合い下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます