7の35 解決へ急展開



 慌てて部屋の中についていくと、アリアちゃんのちっこくて可愛い光がバルバレスカを優しく包み込んでいた。バルバレスカは目隠しと猿ぐつわをしたままムグムグしていたのがピタリと止み、寝っ転がっていたベッドから起き上がると、王族らしく背筋をピンと伸ばして座り直した。どうやら私とイナリちゃんの必殺技教育は有意義だったようだ。


「むぐむぐぐ?むぐぐむぐむぐぐ!?」


 なんか可哀想な感じなので拘束具を全部取ってあげる。


「アリアニカ?アリアニカなのね!?おばあちゃんアリアニカに会いたかったわ・・・」


「おばあちゃまっ、あたしがげんきにしてあげるね!えいっえいっ!」


 それまでの憎たらしいバルバレスカからは見たこともないような優しい表情で、うっすらと涙を浮かべてアリアちゃんの頭を愛おしそうになでた。私たち心が汚れてしまった大人とは違い、文字通り“無邪気”なアリアちゃんは「えへへ」と笑いながら、暖かい光を指先に発生させたままの手でバルバレスカにキュッとしがみついた。


「このまま二人にしておいてあげよっか」


「そうよね、それがいいわ、素敵な光景に涙が出てしまいそうよ・・・」

「アリアニカ・・・おばあ様に可愛がられていたものね・・・」

「まさかアリアニカ様が最後の鍵だったとは驚きだわ」

「さすが戦闘力530000なのじゃ!あとで褒めてあげるのじゃ!」


 この後しばらく、アリアちゃんはバルバレスカに付きっきりで看病していた。リアンナ様は当然アリアちゃんのことが心配だったようで、食事や飲み物をこまめに運ぶ係を自ら申し出て、そしてその護衛はマセッタ様が勤めることになった。


 王族に嫁いだ娘が過去に起こした問題を、王族に嫁いだ娘が協力して責任とっている形が美しい。あ、私も王族に嫁いだんだったっけね。



「ただいまなのじゃ!今日も楽しかったのじゃ!」


 イナリちゃんはベルおばあちゃんを背負ったアデレちゃんを案内役にして、ハルピープルとペリコを手下のように引き連れてこのあたりの探険に行っていたようだ。


「イナリちゃん、アデレちゃん、ベルおばあちゃんおかえりー。今日はどこ行ってきたの?」


「ベル殿の住処を見てきたのじゃ、わらわの泉と似ていたのじゃ」


「あー、山頂のカルデラ湖ね、すごいよねーあそこ」


「あたくし、あの山頂があんなにも神秘的な場所だとは思っていませんでしたの、感動で言葉を失ってしまいましたわ!」


「ほっほっほ、アデレードや、住むとなると話は別なのじゃよ。魚釣りしかすることがなくてのぉ、暇すぎて死ぬまで寝てしまうのじゃよ」


「そうですわね・・・荒んだ心を澄ませに行くような神聖な場所でしたの。でも決して住みたいとは思いませんの」


「そうじゃろぉ、じゃからナナセに連れ出してもろうたのじゃよ。今のような刺激的な生活を知ってしもうたら、もう戻れんのぉ」


「あはは、あそこもなんか開発するの考えよっか。ハルコたちならスイスイ行けるでしょ?」


「ハルコ、あのみずうみ、すき、また、いきたい」


「わらわの第二の別荘なのじゃ!またみんなで行くのじゃ!」


 あそこのカルデラ湖に何か面白いものでも作ってみるか考えたけど、変に観光地みたいにしちゃって荒らされるのは忍びない。というか観光地というよりも仙人が修行する山みたいな場所だ。


 そうだ!


「ねえねえ、あそこ山頂の牢獄にしちゃおっか。まさか普通の人族が自力で脱出できるとは思えないし、もし頑張って脱出できたら無罪放免!みたいな。最低限の食料と修行グッズだけ渡して放置すんの」


「お姉さまは残酷なことを簡単におっしゃいますの」


「だってさぁ、アイシャ姫を地下牢に閉じ込めておくとか気がひけるじゃん。あ、でもアイシャ姫なら余裕で王都に戻ってきちゃうか・・・」


「住処がどうなろうとわしゃ気にならんのじゃが、変な風に荒らしたら創造神様に怒られちゃうのじゃよ」


「あはは、怒らせれば私の前に姿を現してくれるかな?私、言いたいこといっぱいあるんだよね」


 カルデラ湖の使い方はまた考えよう。



 イナリちゃんチームは今日もどこかへ遊びに行ってしまった。リアンナ様とアリアちゃんもバルバレスカにつきっきりで看病しているので、最近はアルテ様と二人きりでのんびり過ごしている。


 今日はアルテ様を引き連れて久々に劇場にあるパイプオルガンの練習に来ている。しばらくぷわぷわ弾いていると、アルテ様がヴィオラっぽい弦楽器を手に私の横へやってきた。


「ナナセ、わたくしも楽器をお借りしてきたのよ」


「ええっ!?アルテ様って楽器できるんですかっ?」


「失礼しちゃうわ!わたくしだってこのくらいの嗜みはありますっ!」


 アルテ様が珍しくぷりぷりしちゃったよ、そういえばナゼルの町にある石像のデザイン画を描いたり、お裁縫が上手くて可愛い服とか謎の鳥人形を作ったりとか、色々と芸術的センスがあるんだったね。ごめんなさい。


「ナナセが弾いている曲に適当に合わせるわ」


「そんな高度なことができちゃうんですか・・・」


 私はベートーベン交響曲第九番の、あの有名なフレーズをゆっくりと弾き始めた。わりと簡単なやつを選んだつもりが、楽譜がないだけで間違いだらけになってしまい非常に情けない。


 と思ったら、アルテ様は私の間違いまで含めて完璧に合わせてきた。途中途中では聞いたこともないような美しい旋律を即興で奏でてしまう。なおかつヴィオラを弾いてる姿がとても優雅で美しい。何よりも、まるで呼吸をするかのように二人の演奏がピッタリと合っているのが最高に気持ちいい。


 何度か弾いてようやく間違わなくなると、私の右手は力強い金管楽器のつもりで、左手は鳥がさえずる木管楽器のようなつもりで、足ペダルはチェロやコントラバスが音楽の土台を支えるようなつもりで、そこにアルテ様のヴィオラの美しい音色が加わり、だんだんとそれらしい演奏になってきた。たまにアルテ様が微笑みながらアイコンタクトを送ってくる。私はそれに合わせて音をどんどん増やして行く。


 すると見学していた劇場の演奏者たちが、私がひたすら同じフレーズを繰り返し弾いているので覚えてしまったのだろうか?少しづつ楽器を手に持って舞台に上がってきた。なにこれ、すごいテンション上がる!


「アルテ様!なんかすごーく気持ちいいですね!」


「ええ!劇場の方々も、とても素敵な音を奏でているわ!」


 最終的には演奏者の見習いっぽい人も楽器を持って参加したり、舞台の裏方さんが箱をリズミカルに叩いてみたり、劇場の役者さんがハミングしながらコーラス参加してきたりで、フルオーケストラみたいな規模になってしまった。ひたすらあの有名なフレーズを何度も何度も繰り返し演奏しているけど、一度たりとも同じ演奏にはならず、みんながみんな、気持ちよさそうに適当にアレンジしていた。


 アルテ様はいつのまにか楽器を弾くのをやめていて、なぜか光り輝いているヴィオラの弓を高く掲げて指揮棒のように使い、全員の演奏をかっこよく導いていた。


── ジャジャン! ──


「「「「「ブラボー!ウェーイ!!」」」」」


 みんなこの曲の終わり方を知らないので、最後は私の独奏により、この歓喜の演奏会は終了した。いつものようにみんなでハイタッチして回ってから、一緒に舞台のお片付けをして劇場を出た。面白かったぁ!


「すごいですねぇアルテ様、世界的なマエストロみたいでしたよぉ」


「これはきっと創造神様が与えて下さった能力と知識だわ」


「なんか与えられた知識に偏りが激しいですねぇ。でも、まさかこの世界でみんなと一緒に私の知ってる曲を演奏できるなんて夢にも思っていませんでした!すっごく嬉しいです!気持ちよかったぁ!」


「わたくしもとても気持ちよかったわ!ねえねえナナセ、ナゼルの町に音楽室を作りましょう!孤児たちに音楽を教えてみるわ!わたくしにもできることが見つかって嬉しいの!」


 女神様おそるべし。喜んでいるアルテ様を見ていると私もなんだか嬉しくなっちゃう。今度はリサイタルでもやってみようか。


「そうだ!七瀬興業を立ち上げよう!ナゼルの町には音楽室なんてセコいこと言わず立派なオペラ劇場みたいなの作ってさ、ナゼル交響楽団とか王国華撃団とか作ってさ、コンサートとか舞台すんの。観劇後に握手会とかグッズ販売とかして、そんでそのグッズにまた握手券が入ってて、次の劇でまた同じようなことすんの。永遠に儲かる気がする!」


「面白そうね、ナゼルの町の新しい観光名所になるわ」


「でもアルテ様の方にだけ握手の大行列とかできちゃったら、私へこみそう・・・」


 面白そうだけど、私、練習してる暇あるかな?ないよね?



 いよいよやることがなくなってきた私は、今日はアルテ様と二人でベッドの上に寝っ転がってのんびりと過ごしている。この異世界にやってきてから、なんだかんだでずっとバタバタと駆けずり回っていたので、テレビもネットもゲームもないこの王宮でブルネリオ王様の判決をひたすら待つだけという無駄な時間の合理的な使い方がわからない。


 判決といえば、バルバレスカとレオゴメスはやっぱり引き剥がされてしまうのだろうか。そもそもブルネリオ王様は自分の奥さんの不倫どころか、子供まで産んじゃってることを本心ではどう思っているのだろうか。まだまだおこちゃまな私では想像もつかない。


「ねえアルテ様、やっぱバルバレスカは愛するサッシカイオの子であり初孫であるアリアちゃんが一番可愛いんですかねぇ。もしオルネライオ様にもちっちゃな子がいたら同じように可愛がるのかなぁ・・・」


「とてもデリケートなお話ね、わたくしだったら、どのようなお相手の子を産むことになったとしても、ナナセがずっと一番かもしれないわ」


「うーん、なんか私みたいな小娘じゃ想像もつかない話ですよねぇ・・・私、アルテ様との赤ちゃんが産みたいです」


「そうね、それが一番平和よね」


 アルテ様ならどんな父親の子であろうと平等に愛するだろう。でもアルテ様が男の人と子作りするかもなんて考えていたら、なんだかすごい勢いでモヤモヤしてしまった。そんなの絶対に嫌だよぉとか思いながら物欲しそうな目でアルテ様にむぎゅっと埋まる。


「あらまあ、また甘えん坊さんになってしまったわ」


「アルテ様ぁ、創造神に私を男に転生させろって言って下さいよぉ。アルテ様が他の誰かの子を産むかもしれないなんて嫌ですよぉ」


「ナナセが男性になってしまったら、この星には隠し子だらけになってしまいそうだわ」


「そんなセバスさんみたいなややこしくなることはしませんっ!」


「うふふ、ナナセったら。わたくしにはナナセより大切な人なんて絶対に現れないわ、ずっとずっと一緒よ」


「むぅー・・・約束ですよぉー」


 そんなグズグズ話をしていると、部屋の窓から白いかたまりと黒いかたまりが飛び込んで来た。私とアルテ様はベッドの上でいちゃいちゃベタベタしていたので、それはもう盛大にビクぅ!となってしまった。


「かぁー!」「きょわー!」


「びっくりしたぁ、これ心臓に悪いね。サギリとレイヴおかえりっ、今この部屋の中で見たことはどうか忘れて下さいお願いします。」


 アルテ様がさっそく治癒魔法をかけてあげている。どうやらサギリの首から下げられた小さな袋の中に、小さく折りたたまれたお手紙が入っているようだ。そのお手紙を開いてみると、アンドレおじさんから「タル、マス、マルセイ港ニテ確保、帰還ニ海路デ十日」という、まるで軍の暗号文のようなシンプルな内容だった。


「やった!やったよアンドレさん!さっそく国王陛下に報告に行かなくちゃっ!サギリとレイヴはアデレちゃんたち探してきて!」


「かぁーっ」「きょわーっ」


 なんだか事態が急展開してきたね。





あとがき

異世界共通言語、いいですね。

2021年も残すところあと数時間。

2022年は、みなさまにとって飛躍の年でありますように。



※このお話は現実世界の12月31日に更新したので、演奏曲が第九になっています。季節感がおかしくてすみません。

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