7の34 悪魔化の治し方



 マセッタ様とイナリちゃんがバルバレスカの部屋に入ると「のわ゙ー!」とか「にぎゃー!」とか言葉にならない叫び声が聞こえたかと思ったら、ほどなくして二人がヤレヤレ顔で退出してきた。


「おい姫、アレは無理なのじゃ」


「ナナセ様、バルバレスカ様の目は血走り、呼吸は荒く、縄の拘束を解けば誰彼構わず襲いかかるような状態だと思います」


「そっかぁ、どっかで少し落ち着いたって聞いた気がするけど、全然そんな感じじゃなさそうですねぇ。困ったな、どうしよっか」


「少し見ただけじゃが、ありゃ光魔法の回路を開けるような資質は持っておらぬのじゃ。姫たちのように、内側から闇と光のバランスを取るのはまず無理なのじゃ」


「前さ、アイシャ姫が完全に悪魔化しちゃった時にさ、ペリコが七色に輝いて特攻したことがあったんだよね。たぶんそれで深い闇を相殺してさ、一時的だったんだと思うけど正気を取り戻したんだよね」


「じゃったら姫が同じように強大な光をぶつけてみるのじゃ」


「やってみるしかないかぁ・・・いいですか?マセッタ様」


「今は他に選択肢などないと思います」


 私は剣に目一杯の光子を集めながら扉に近づくと、イナリちゃんも軽く補助してくれた。マセッタ様が息を合わせて扉を開けてくれるので、その瞬間に目一杯の光をバルバレスカにぶつけてみようと思う。それで一時的でもいいから、会話が成立してくれたらいいんだけど・・・


「ナナセ様、開けます、さん、にい、いち、今っ!」


「うりゃああああーーーっ!!!」「のじゃーーーっ!!!」


 イナリちゃんと息を合わせて目一杯の光を集めた剣を振り回すと、何かよくわからないすごいかたまりがバルバレスカに向かって螺旋状に絡み合いながらすっ飛んでいった。周囲が見えなくなるほどに輝くその光の玉が、竹製の猿ぐつわで声を発せずムグムグ言ってるバルバレスカに激しくぶつかり四散し、私たちは床にへたり込んだ。


 しばらくは空気がキラキラと輝き、まるでスターダストようでとても綺麗だったけど、だんだんと部屋の景色が晴れてきた。


「姫の魔法はあいかわらず無茶苦茶なのじゃ・・・」


「すごいわね・・・これはもはや天変地異のレベルだわ・・・」


「ふう、だいぶフラフラするや。でもこれで少しは話せるかな?」


 キラキラが晴れた?部屋の中には、気絶してしまったバルバレスカがグッタリと床に倒れていた。あまり気が乗らないけど、猿ぐつわだけ外してから暖かい光で包んでみる。


「はっ、アタクシは、アタクシは・・・」


「目が覚めましたか?」


 バルバレスカの姿は見るも無残だった。長く美しかった髪は乱れ、肌はガサガサに荒れ、首や頬はこけ、手足も服の上からわかるほどにガリガリに痩せていた。


「ナナセ・・・でして?アタクシを殺しに来たのかしら?」


「いいえ、救いに来ました。でもお話をできるような状態ではありませんね、もしかしてあれから何も食べていないのですか?」


「アタクシ、記憶が混乱していてよ・・・」


 バルバレスカは「うっ、頭が」みたいな感じで自分の頭を抱えながらうずくまってしまった。話し方こそ以前と変わらず高飛車な感じだったが、その声はか細くかすれていた。


「とりあえずこれ飲んで目を覚まして下さい」


 私は腰にぶらさげているひょうたんの水筒をそのまま渡す。中には最高級の紅茶が入っているので、ひとまずは喉を潤してもらう。


「ちびっ、ちび・・・ごくっ、ごきゅっ・・・ああ、とても美味しいわね、感謝しましてよ、げほっごほっ」


「とりあえず、私たちに敵意や害意はありませんから、バルバレスカ様も怒ったりしないで下さい。また記憶が無くなっちゃいますよ」


 しばらく無言で様子を見ていたが、その衰弱っぷりからして本当に何も食べてなかったっぽい。ずっと猿ぐつわをされていたみたいだし、水すら飲んでいなかったのだろうか?よく生きてるよね。


「ふむ、これは推測なのじゃが、悪魔族は魔子や重力子で最低限の生命活動を維持できると思うのじゃ。人族としての肉体は衰えても、脳や心の臓を優先的に守っておったのじゃな」


「あー、そういえばピステロ様もあんまり食べなくても生きていけるようなこと言ってたなぁ。私も推測だけど、吸血鬼の自己修復機能みたいなのが大切な部分にだけ働き続けるのかな?」


「わらわに詳しいことはわからぬのじゃ」


 しばらくするとバルバレスカがようやく落ち着き口を開いた。


「・・・サッシカイオはどうなりまして?」


「一番気になるのはサッシカイオなんですね。逃げたままですよ」


「そう・・・レオナルドはどうかしら?」


「それはレオゴメスのことですよね?アデレちゃんとベルおばあちゃんに説得されて、国王陛下にすべて自供したそうです。バルバレスカ様と同様に、ガリッガリに痩せて死にかけていたそうですけど、アデレちゃんの励ましで生きて牢屋から出ようと頑張ってるみたいです」


「アデ、アデアデ、アデデデデデ、アデルぇーっ・・・ぐぬぬぬ」


「どうしちゃったのかな?」


「あんな小娘など・・・あれをあの人の娘などとは認めんんんんぬっ!!ぐぬああああああ!」


「あーあ、やっぱ駄目かぁ。少し、頭冷やそうか・・・えいっ!」


── ビリビリっ!あばばば、ぶくぶく・・・ガクッ ──


「姫は雷も容赦ないのじゃ。さしずめ光る悪魔なのじゃ」


「なにその二つ名かっこいい!ねえねえ、雷光の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性悪魔なんてどうかなっ!?」


「なんなのじゃその長いのは。姫の好きに名乗ればいいのじゃ」


 そういえば逮捕した時もアデレちゃん認めないみたいなこと言って怒ってたっけ。悪魔化しそうだったので気絶させちゃったけど、とりあえず少しくらいなら会話できることがわかった。でも渾身の巨大な光をぶつけても正気を取り戻させるのが精一杯だったことに落胆する。


「ナナセ様、ひとまず戻りましょう、このまま同じことを繰り返しても、痩せこけたバルバレスカ様の体力をいたずらに奪うだけだわ」


「そうですね、とりあえず飲み物は自分で飲めるみたいだし、滋養のある苦い薬でも無理やり飲んでもらうようにしましょうか。これはマセッタ様にお願いしてもいいですか?普通の侍女だと危険です」


「わかったわ、その役割は私が仰せつかります」


 私たち三人はてくてくと来た螺旋階段を降りながら作戦を考える。


「私の光魔法じゃ駄目だったねぇ・・・でもさ、なんかすごい威力が増してたよ。これはイナリちゃんに回路を開いてもらったおかげかな?」


「そうじゃな、脳の回路を最大限に使っておったのじゃ。悪魔化した人族を正気に戻すなど、この世界で姫とペリコにしかできぬのじゃ」


「なんかね、ピステロ様に重力波動弾みたいなの教わったんだ。重力子と魔子をギュッと圧縮して、それを打ち出すのに魔子を操作するとかって言われて・・・それを光子でやってみたようなイメージかな」


「ほほう、なるほどなのじゃ、それは姫の必殺技なのじゃ!」


「あ!さっきアリアちゃんと光の戦士ごっこしといて良かった!光の玉は実はあそこからもヒントもらってたんだよね!褒めて褒めて!」


「姫は色々と工夫して魔法を使うのじゃ。たまには褒めてやるのじゃ!さすが姫なのじゃ!すごいのじゃ!」


「あはは、ありがとっ!これで私も光の戦士に入れるねっ!」


「は?何を言っておるのじゃ。姫とかアイシャールは闇の側面があるから駄目なのじゃ。光の四戦士には入れてあげないのじゃ!」


「ええー!ずるいー!いじわるー!」


 光の戦士はダークサイドお断りのようだ。こうして私はイナリちゃんたちに対抗すべく、ピステロ様、ルナ君、アイシャ姫、私の四人で『闇の四戦士』を結成することを心に誓ったのだ。


 その日の私は強大な魔法を使って疲れていたようで、頭からっぽにしてアルテ様にしがみついてすぐに眠ってしまった。



「…‥・・・というわけで、悪魔化を打ち消すところまではできたんですけど、また怒ると悪魔化しちゃうみたいで話ができませんでした」


「アイシャールにやったように姫の暖かい光で地道に改心させるしかないのじゃ。なんじゃけど、バルバレスカとやらは魔子や光子との親和性が非常に低いから、そうそう簡単には行かないと思うのじゃ・・・」


「そう、困ったわね、わたくしとナナセとイナリ様の三人がかりの光で包んで差し上げるのはどうかしら?」


「アルテミス様が行かれるのであれば私もお連れ下さい、お三方の光には及びませんが、神殿に勤める者としての責務でございますから」


「おかあさまがいくなら、あたしもいくー!」


「あたくしはめっぽう恨まれているようなので、お留守番しますの」


「アデレちゃんはその方が良さそうだねぇ。アリアちゃんは一緒に来てもいいけど、危ないからマセッタ様と一緒に外の階段で待っててね」


「わかったー」


 みんなでゾロゾロと囚われの姫の部屋まで来ると、バルバレスカに目隠しをしたまま無言で暖かい光をかけることにした。しかし全員がバルバレスカに対して心のどこかに引っかかりがあったのだろう、イマイチな感じの暖かい光しか出せなかった。イナリちゃんにいたってはあからさまに嫌悪感があるようで、「無理なのじゃ」とあっさり脱落した。


 私たちは部屋の外へ戻って階段のところで再び作戦会議をする。


「ナナセ、わたくしたちの光は感情に任せているから、気が乗らない相手には効果がとても薄いようだわ」


「そのようですね・・・困っちゃいました。どっかにバルバレスカのこと好きで好きで、なおかつ光魔法が使える人はいないですかねぇ・・・」


 すると、光の四戦士の一人が重要な使命を帯びたと感じたのか、ちょこんと腰を掛けていた階段から颯爽と立ち上がり、人差し指を目一杯光らせて囚われの姫部屋へテケテケと突入した!


「おばあちゃま!おばあちゃまっ!【スーパー・ノヴァっ!】えいっ!」

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